3 王家side
王妃マルグリッドは激怒していた。
学園時代から憧れていたロザンナに似た娘のレインティアを手に入れ自分の好みに教育して息子との結婚でようやく完全に自分の手中に出来ると楽しみにしていたのに目前で破棄され、二度と王家に取り込めなくなった。
ロザンナは前国王が当時の王太子ドレイクに嫁がせたいと望んでいた娘だった。
家柄も才覚も容姿も申し分なく誰からも愛されるような人柄で常に幸せそうで輝いていた。
マルグリットは家格は侯爵と悪くない出ではあったが才覚が足りないと婚約者候補の中で最下位の位置付けをされていた。
だがロザンナの実家アースフィア公爵家はわざわざ苦労させる気はないと王家に打診される前にロザンナとジョシュア・サンダーホーク公爵家嫡男との婚約を早々にまとめてしまった。
王太子は婚姻について熱意がなかったらしく婚約者候補に上がった数人と交流を持っていずれその中から婚約者を選ぶだろうと言われていた。
自分には関係がないことだとマルグリットは友人たちと気ままに過ごしていたがある時いきなり王家の茶会に呼ばれた。
それまで王太子と交流を持っていた令嬢たちがあまりにもわがままでよく衝突をしていたので王太子が物静かな相手を望むと彼女たちを候補から外したことで、マルグリットにも話が回ってきた。
王家と大臣方はあまり大人しすぎるのも学園の成績が振るわないのも王妃となるには厳しいのではないかと王太子に進言したが、うるさいのも賢しいのも面倒だと、仕事が出来ぬなら出来ぬででしゃばらないなら良いと言った。
数人の令嬢と交流を持ったのち、王太子は他の令嬢にライバル心を持たず、王太子に世間話と言いながら自分の話を誇張して話さなかったマルグリットを婚約者に選んだ。
マルグリット本人はロザンナ以外の令嬢に興味がなく、他の令嬢たちに割って入るほどの話術を持っていなかっただけだったのだが、内定した時に侯爵家の家族が喜びで領地のためにもいいことだと言われ、婚約に同意した。
決まってしまえばすぐに王宮に住むことになった。
学園の成績が悪く、すでに15才で社交も得意ではなさそうだからと教育に力を入れるための措置だったがかなり厳しく集中したカリキュラムが組まれた。
それがマルグリットには王家の教育だと刷り込まれたため、のちのレインティアの教育も同じように組まれたのだった。
マルグリットにとっては苦痛の三年間で辛かったが王妃が開く茶会にはロザンナも参加していて、王太子と結婚して王太子妃となれば自分も好きなようにロザンナを招けると思い至って必死に学んだ。
時がたち、王太子妃となり子供が生まれた。王子フリードリヒはマルグリットそっくりな子供だった。
その頃、ロザンナは長男リチャードとともにサンダーホークの領地に引きこもり、夫のジョシュアが茶会も夜会も全て断っていたのでロザンナと会うことが出来ない日々が続いていた。
しばらくしてサンダーホーク公爵家に長女が誕生したと知らせを受けた。
夫に必死に強請って王子の婚約者にと頼んだが早すぎると一笑に伏された。
そのまま10年、王太子は王となり、自分は王妃となり。ロザンナには式典の折に挨拶を受けた時に会えた程度だった。その時もロザンナは夫のジョシュアと二人の子供たちとで輝かんばかりに幸せそうで美しかった。
マルグリットは長く二人目を授からずにいたので王は側妃ナターシャを迎え、第二王子が誕生した。王に良く似た綺麗な子供だった。
長男のフリードリヒはすでに出来が悪いと評されて、マルグリットはたまに回される仕事も上手くこなせずにいた事で、第二王子に期待する声が高くなってきた。
サンダーホーク家の長男リチャードが神童だと騒がれ始め、その妹のレインティアもロザンナによく似て才能豊かで人心を集めているとの評判が王宮にも流れてきた。
マルグリットはやっぱりロザンナは素晴らしい。自分の息子の嫁にしたら私もロザンナのように幸せで輝いた日々を手に入れられる!と王にまた強請った。
さすがに息子の出来が悪いことで王太子の座を任せることに不安を感じていた王はついにサンダーホーク家に打診した。
「うちはこれ以上権力も名誉もいらない、余計な波風が立つのはよろしくない」と素気無く断られる日々だったが、大臣たちもサンダーホーク家に日参するくらいに王子の未来は暗かった。
マルグリットにとってフリードリヒは可愛いけどおバカな子。おバカだけど可愛い子。
でも一度だけ見たあのロザンナに似た娘が並んだらもっと可愛くなると妄執に取り憑かれてしまっていた。
念願叶ってやっとレインティアが王宮に上がった時はこれでロザンナを手に入れることが出来ると思った。
レインティアも15歳、自分がしてもらったように教育して自分に近い存在にしたい。
もう片時も離したくない。
王はレインティアが来たことでマルグリットが静かになったと喜んだ。息子の未来もサンダーホーク家を後ろ盾に出来たし、レインティアに任せれば安泰だと肩の荷を下ろした。
フリードリヒは初めて見たレインティアを愛らしいと思った。
でも母がべったりと付き纏って、だんだん母に似た衣装を着るようになって、笑いもせず、化粧も濃くなっていったのを見て気持ち悪いと思うようになった。
学園では王子である事でチヤホヤされるし、何より笑顔を向けてもらえる。
気が楽で過ごしやすい。
爺やがそろそろ・・・と閨教育に連れてきたのはまだ年若い未亡人だった。
おそらく望んできたわけでは無かったのだろうが仕事だと割り切って丁寧に優しく〈女性〉を教えてくれた。
女性の熱を知ってしまうとその後の夜が寂しくなった。
爺やに頼めば、少し年嵩の未亡人や愛人家業の女が連れてこられた。
皆それぞれに溺れさせてくれた。
次第に夜会や何かで向こうから声をかけてくれるようになった。
だがやはり手垢が付いてない女に興味を持ってしまう。婚約者なのだから良いだろうとレインティアに手を伸ばせば、塵を見るような目で拒絶された。
「王家の婚姻に純潔は絶対ですのよ」
そんなことは知っている、だがその婚姻相手なら問題はないだろう?と思ったのだが馬鹿にしたような目で睨まれた。
相手をしなかった方が悪いとその後学園で自分から寄ってきた令嬢に手をつけた。
初めてだと言うくせに東屋で簡単に自分を受け入れる女、やりたかったくせに少し萎えた。
だがやはり熟れた女たちとは違う反応をされれば楽しい。
幾人か手をつけたが、皆自分には婚約者がいるからバレる前にレインティアと別れ、自分と正式に婚約するかと迫ってきたので別れた。
学園最後の年に男爵家の庶子という令嬢が編入してきた。学年は違いクラスは一番下だったがその愛らしさ、天真爛漫さで学園中の話題になっていた。
ある日庭で泣いていた彼女、ルルアンナ・ピーチ知り合った。それから毎日彼女は自分の前に現れて満面の笑顔で話しかけてきた。
実家が貧乏でパーティに行けないのと目を潤ませられればドレスでも宝石でもつい贈ってしまう。
有名なカフェに行ってみたいけどお友達がいないのと涙ぐまれればつい連れていってしまう。
つまらない灰色の日々が桃色に塗り替えられた。
だが今は突然の嵐が襲っている。
部屋に戻され、ルルアンナと共に母の扇でひたすら打たれている。
「なんでこんなこと!!!どれほど苦労してレインティアを王家に呼んだと思ってるの!!!」
鬼のような形相で涙を流しながら殴ってくる。
「やっとやっと手に入れられるところだったのに!!」
ルルアンナは背を丸めて顔に当たらないようにしているがフリードリヒはすでに頬も鼻も打たれて鼻血が出ている。
「ルルアンナだったわね!どうせできないでしょうけど、王子の婚約者を名乗るなら私たちが受けた教育を受けてもらいますからね!お前たち!!二人を地下の貴族牢に軟禁しなさい。教師たちもみんな呼んでちょうだい!!」
気を昂らせたまま、後ろに控えていたメイドと騎士たちに命じて出ていった。
「いやっぁーーっん!なんなのぉあのオバさん頭おかしぃー」
あれだけされながらその感想なのかと真面目な騎士は脱力した。
王はため息が止まらなかった。
フリードリヒがダメなことはわかっていたがレインティアがいれば安泰だった。
レインティア自身もサンダーホーク家一同も優秀で人気が高い。
少しばかり頭が足りない息子でもお飾りの王になって次代に繋ぐことはできるはずだと。
だがこうなればもう王太子にはしておけない。
自分の妻が少しばかりよろしくないことは気がついていたが、自分が女に対してめんどくさいと流してきたばかりにこんなことになるとは。
側妃を迎えることにも文句を言わず、逆に気が楽になると喜ぶ、自分にとっては良い女だった。
フリードリヒが婚約破棄を言い出してレインティアが王宮を出たことを告げれば、いきなり王を突き飛ばし、
「役立たず!!!私の唯一の願いを叶えてくれないなんて!!!」
と泣きながら部屋を飛び出し、その足で王子の元に行ったと言う。
そして王子とルルアンナを張り倒し、罵倒して地下牢に行かせたと報告を受け、あの王妃にそんな激情があった事に驚いた。
「・・・私に興味がなかっただけなのだな」
王も王妃もお互いに興味がなかった。ただ役割を果たしただけ。
「ジオルドを王太子とする。フリードリヒはジオルドが婚姻し第一子が産まれるまでは王宮で軟禁だ」
王はまだ若い。ジオルドが成人後もまだ頑張れるはずだと側近たちはこの決断を支持した。
数日後、フリードリヒ王子の婚約破棄と廃太子、ジオルド王子の立太子が発表された。
国民はフリードリヒ王子の行状を噂で知っていたので発表を喜び、まだ8歳だが聡明と評判のジオルド王子の立太子を歓迎した。
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