俺の世界が、低年齢向け少女漫画になってしまった
けろけろ
第1話 俺の世界が、低年齢向け少女漫画になってしまった
俺は夢を見ていた。大仏に乗った恵比寿から『遊んでくれ~』と言われる夢だ。どうせ夢だし無視していたら『お前を低年齢層向け少女漫画の刑に処す』と怒られた。
そして、目が覚めると。
俺の周囲には花と細かい点々、きらきらした何かが舞っていた。
「なんなの、これ……!?」
俺は心の中で「はぁ!?」と思う。先ほどの台詞だが、「何なんだ、これは……!?」と言ったつもりだったのだ。それがまるで、女が発するような言葉になっている。
おかしい。絶対におかしい。
そこに現実世界の恋人、健斗がやってきた。
「やぁ、僕は幼馴染で隣に住んでる坂木健斗だよ! 君と同じ高校に通学中なんだ!」
内容は正しいが、恋人だという事が省かれている。もしや健斗も、俺と同じような目に遭っているのだろうか。だから、やけに説明くさい台詞で登場したのかもしれない。
「おはよう、僕の眠り姫」
この台詞には鳥肌が立った。こいつにも花やら点々やらキラキラが舞っている。しかも健斗の周囲だけ空間が広くなり、足元まで目立つようになっていた。
いや、それよりも。
特筆すべきは目の大きさだろう。なんだこのサイズは。健斗の顔の三分の一くらいが目じゃないか。
そこで俺はハッとした。恐ろしくなって鏡を見ると、顔の三分の二程度が目になっている。
「こ、これ大き過ぎない!?」
ああ、気持ち悪い。また俺の台詞が女言葉になっている。
そこに健斗が近づいてきた。
「まったく……僕が起こしてあげないと、君は毎日遅刻だね!」
それと同時に、きらきら~っと周囲が光る。俺の胸の辺りから『トクン……』などという音がするのも心外だ。
「さ、この手を取って、お姫様?」
健斗が気持ち悪い台詞で手を差し伸べてくる。でも、今日は色々とおかしいので、この部屋から一歩も出ない事にした。ベッドから起きない俺を、健斗が不思議がっている。
だから俺はベッドの中から叫んだ。
「きょ、今日は熱があるから休むね!」
「だめだよ、どうせ仮病なんでしょ?」
「違うの! 本当に熱があるの!」
健斗がばさっと俺の上掛けを剥ぎ、あろうことか額をくっつけてくる。「ええい止めろ近づくな! あと花は勝手に咲くな! 心臓はドキドキするのを自重しろ!」と言うつもりが。
――健斗くんがそんなに近づいたら、私の心臓が破裂しちゃう!!
などというモノローグに変化してしまった。そうそう簡単に心臓が破裂してたまるか。うんざりする。
その間に健斗は検温を終えたようだ。
「……ほんとだ、ちょっと熱いね。待ってて、おばさんに伝えてくる」
そう言って健斗が消えたのは僥倖だ。しかし、俺からはクソみたいなモノローグが聞こえてきた。
――馬鹿っ! 健斗くんの馬鹿馬鹿! あんなに健斗くんが近くなって、熱くならないわけがないよ……っ!
何だこれは。ああ、いっそ死んでしまいたい。この地獄の責め苦はいつまで続くのだろうか。
しばらくすると健斗が戻って来た。手にはぺろんと一枚の紙を下げている。どうやら俺の母親が急に出かけ、留守らしい。
その辺りで、また健斗がキラキラしてきた。何か言うつもりだ。
「じゃあ今日は僕も学校を休んで看病しようかな」
「そ、そんなのダメだよぉ! 健斗くんはちゃんと学校に行って!」
「実は今日、持久走だから面倒だと思ってたんだ」
健斗は長距離走で全国トップクラスの成績を持っていて、陸上部のエースなのだ。その健斗が持久走を面倒だなんて言うわけないだろう。もうちょっとマシな言い訳を考えて欲しい。
俺は心の中で、はぁぁ~と溜息をつく。
その瞬間、俺の周囲がいきなり広くなった。しかも今までで一番大きな花と派手なきらきらが舞っている。
そこで勝手に俺の台詞が始まった。
「嬉しいっ! 本当は私を心配してくれて嬉しいの! いつも素直になれなくて……ごめんね」
「そうだったんだ……」
健斗の顔が再び近づいてくる。そして俺たちはキスをした。俺と健斗は、この世界に来る前から恋人同士、しかも肉体関係なので、正直何の感慨もない。
だがこちらの心はトゥンクトゥンクうるさいし、大きな目からは涙まで流していた。いい雰囲気と思ったのか、健斗は俺の胸に手を伸ばす。
そこでピピーッと検閲が入った。
低年齢層向け少女漫画はキスまでがせいぜいで、それ以上は許されないのだ。健斗は気まずそうに手を引っ込め、「朝ごはんまだだよね? 待ってて」などと言いながら部屋の扉を抜けていった。どうせ特製のおじやでも作っているのだ。そして、ふーふー冷ましてもらった挙句に俺は舌を火傷して、「見せてごらん?」とか言われるのであろう。
俺は一刻も早くこの悪夢が終わるよう、懸命に瞼を閉じた。
俺の世界が、低年齢向け少女漫画になってしまった けろけろ @suwakichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます