イコール ③

 言っている意味がわからなかった。  

 水色さんが発現する内容であればよくわかる。

「喜美がそれを言うのは、違うだろう」

 動画投稿者として奇抜なアイデアをどんどん生み出して形にしてきたのは喜美の方だ。

 そんな喜美よりも、僕の方が何かを思いつくなんてあり得ない。

 僕の気持ちを察したのだろうか——喜美は辛そうながらも笑ってみせた。

「私ね、真面目で勉強熱心な九郎が大好き。一緒に居ると楽しいし、何よりも——私では思いつかない方向性で指摘してくれたり発案してくれたりするから、動画撮影の時もどんな時も一緒に行動したいと思っていたの」

「……こっちのセリフでしかない」

 初めて聞く話だった。

 そしてそれは全て僕が常に喜美に思っていることでしかなかった。

僕はいつも喜美のことを凄いと思って生きてきた。

何事にもチャレンジして取り組んでいく生き方は僕には出来ないと思っていた。

だからこそやりたいことを沢山思いついて、思うがままに生きていく様子を羨ましいとさえ

思っていた。

 対して喜美は——笑いながらこう言った。

「何言ってるのー。水色さんの能力検証を始めようって言い出したのも、能力検証の案も、全部九郎が思いついたアイデアじゃん」

 そう言った後、体の震えを押し殺しながらゆっくり喜美は立ち上がり、握りこぶしを僕の胸に押し当てた。

「今日は検証の日だよ。私も今必死に頭回してるけど、これぞっていうのがまだ無くてね……。だから一緒に考えよう。九郎が思いつかないと、何も始まらないよ」

 衝撃が迸った。

 電流が全身を流れるような、そんな感覚が僕を襲う。

 喜美の信頼に絶対答えなければならない。

 幼いころよりずっと凄いと思っていた人物から——ここまでの思いを受け取ってしまったんだ。

 今日この時、打開策を思いつくのが僕の生まれた意味に相違ない。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 喜美の笑顔を受けながら、体と視線の向きを白野先生の方に移す。

 もうこの後の人生で何一つ上手くいかなくても良い。

 とにかく、今——この瞬間を乗り切り、喜美と水色さんを救う。

 何が何でもだ。

 何を投げ捨てても思いつくしかない。

 どこにヒントがある?

 白野先生は数百年前に行われた検証の内容を全て把握し、絶対に届かない場所から狙撃を繰り出そうとしている。

 白野先生を何とか出来たとしても今度は青山が危険だ。

 青山が今どこに居てどのような状態なのかはわからないが、青山のスマートフォンから電話をかけてきている時点で拉致をしたという点には間違いが無いのだろう。

 情報の差が著しい。

 向こうはこちらの何もかもを把握した上で万全な体制をとって事に及んでいる。

 こちら側が上回っている点は、何だろうか。

 ほんの数日、水色さんと能力検証をしただけだ。

 まだまだ時間を重ねれば能力のことに関して色々わかったかもしれないのに——

 と、思ったところで、ピンときた。

「そうか、これから思いつけば良いのか」

 これまでの検証結果も用いながら、新しい検証を今から行えば良い。

 この状況を打破できそうな何かを、今、思いつく。

「へえ。ここから逆転できるのかい? 九郎君よりもずっと前から能力に関して調べて考え続けた私が用意したこの局面をどうにかできるっていうのかい! 良いね、面白いね!」

 白野先生が僕の呟きを聞いて声を荒げている。

「やれるものならやってみてくれ! 一言だけ、発言を許可しよう。その後私は容赦なく引き金を引く。正真正銘、最後のチャンスだ! 血湧き肉躍る、これ以上の快楽は無い!」

 この言葉に嘘偽りはないのだろう。

 僕が次に何かを発した後、白野先生は躊躇なく麻酔弾を発砲する。

 さあ、考えろ。

 こちら側にあって先生側に無い情報は何か。

 先生は数百年前の書物を元に情報をかき集めた。

 僕と喜美は、直近の数日間で情報をかき集めた。

 先生は過去の情報を、僕と喜美は今の情報を。

 先生の元にないのは——現代の情報、だけなのだろうか。

 これまで僕と喜美が考えられなかった——今と未来をつなぐ提案はないだろうか。

 思いつきでしかない。

 荒唐無稽な、単なる思いつきだ。

 でも、何でも提案して良いのであれば、一つ、検証したいことがある。

 数百年前にはなくて、現代にはある未来的なものを利用した能力検証。

 それを今から、実践する。

 ——唐突に、検証に関して喜美と意見が衝突した日を思い出す。

 あの日、天候操作という凄まじい能力が判明し、僕と喜美は尋常じゃないくらいに驚いた。

 しかし、超強力な能力に隠れて、一つ、検証結果を得ていた。

 水色さんと初めて二人でゆっくり喋ることが出来た思い出の時間——

 今日の検証は、あの日の検証結果を利用する。

 息を大きく吸い込み——白野先生が居るであろう方向に人差し指を向けながら、こう言った。

 僕と先生を今繋いで——

 未来に繋げる一本の線は——

 一つしか、無い!

「水色さん——以下の動きを水に命じてください。僕のスマホの電波を伝い、電話先に水を移動させ、相手のスマートフォンにたどり着いたら——その所有者を自動で拘束してください」

「なっ」「わかった」

 白野先生と水色さんの反応が重なった。

 電話先で白野先生が焦ってライフルを構える音がした。

 けれども、もう、遅い。

 水色さんは河原に手を向け、手のひら大の水を一瞬にして僕の人差し指が差す方向へと飛ばし——白野先生を拘束した。

「ハッハッハ! 電話で生じる、電波! そうか、その発想があったか! 確かに昔の書物の検証結果にこんなものが残るはずがない!」

「今、どういう状況ですか」

「両腕両足を水に触れたと思った瞬間、水が凍ったよ。なるほどねえ、拘束しろという風に操ったらオートでこんな動きをするのか! たまげたよ、これだからこの町の伝承は素晴らしい!」

 実際にその場面が見えるわけではない。

 だが、ここまで楽しそうに話す白野先生の発言が嘘だとは到底思えないし、これが嘘だとしたら既に水色さんに麻酔弾が届いているだろう。

 電話の電波を伝ってオートで迎撃できることが、検証の結果判明した。

「でもねえ、私を拘束したところでこちら側の優位には変わりない! 何せこちらには人質が——」

「水色さん、次の検証です」

 間髪入れずに言葉を紡ぐ。

「再度電波を伝って水を動かした後——その近くの別の電波を伝って水を移動させてください。そしてその先に居る半径五メートルの人物全員を、同様に拘束してください。出来れば、既に拘束されている人物に関してはノータッチで」

「オーキードーキーだ」

 水色さんは僕の提案で全てを察してくれたのだろう。

 先ほどは片手の手のひら大の水を飛ばしていたが、今度は両の手のひらを河原に向けて、水の塊を二つ作ってくれた。

 ——まず間違いなく、白野先生の近くには青山のスマホ以外に何かしらの連絡手段があるはずだ。

 ——加えて、白野先生は拘束されており、その連絡手段を自力で止めることは出来ない。

「今すぐ電話を切れ!」

 僕の発言を受けて、絶叫に近いこの言葉を吐けるのは流石白野先生と言わざるを得ない。

 だが、もう、遅い。

 水色さんがオートで指令した水は——目にもとまらぬ速さで移動する。

 白野先生の言葉がよしんば届いたとしても、コンマ一秒レベルの時間差で、水がオートで届いたはずだ。

「駄目です! 動けません!」

 電話の先の先から声が届いた。

 これで、青山も無事だろう。

 既に拘束されている人物に関しては水で拘束しないように指示を出したものの、どんな状況をもってして『拘束されている』と判断するかは、それこそ検証していないからわからない。青山の両手両足が氷漬けにされていないことを祈るばかりだった。

「ハッハッハ! これは凄い。お見事としか言いようがないね。教え子が先生を超える瞬間をこういう形で体験できるとは思わなかった!」

 尚も電話先から不快な言葉が聞こえてくる。

 しかしもう大丈夫だろう。

 何も打つ手はないはずだ。

 全てをひっくり返せた——そう思っていた。

「でもね、九郎君。甘いよ。私に向けては拘束ではなく殺傷を命じるべきだった」

「拘束で問題ないでしょう」

「そうだねえ、拘束の詳細も指示するべきだったかもね。両手両足の拘束だけじゃだめだよ。口さえ動けば——引き金くらい余裕で引ける! 最後の悪あがきだ、受け取ってくれ——能力者!」

 スマートフォンから、発砲音が、鳴り響いた。

 気付いた時には時すでに遅し。

 もう麻酔弾は水色さんに向かって動いている。

 僕が何かを言う時間も無い。

 だからこそ——僕は水色さんを見た。

「九郎君、喜美ちゃん、ありがとう。私は二人に出会えて本当に幸せ者だ」

 これ以上ない笑顔を僕と喜美に向けてくれる。

 そんな水色さんはとても美しくて、とても愛おしくて——

 昨日の夜、水色さんの歌声を聴けて良かったと、今更ながらに思った。

 そう、昨日の夜——水色さんと話したことにより——

 現状を、既に打破できている。

 水色さんの胸部の前あたりに、水の塊が浮かんでいる。

 その中には——先端がとがった金属製の物質が入っている。

 これまでの人生で見たことが無いため何とも言えないが、まず間違いなく——麻酔弾であることを、自信を持って言えた。

「何故だ! 九郎君が何か言う前に撃ったのに、何故!」

 ライフルの照準越しに僕らを見ているのだろう。

 だからこそ、麻酔弾が不発に終わったことを白野先生はわかってしまっている。

 白野先生の発言は、もう為す術がないということを表していた。

「九郎君、頼む、説明してくれ。私は数十年能力を研究してきた。だが! こんな結末、予想だにしていなかった! 頼む、後生だ。全て説明してくれたら、私は君達に今後手出しをしないと約束する!」

「……わかりました。説明します」

 とはいうものの、ものの数秒で終わる。

 スマートフォンに口を近づけて、全てを終わらせる言葉を述べた。

「水色さんの能力で一番の強みはオートで動くことなんです。水色さんの認識外でもオートで指令をこなす——であるならば、予めオートで水色さんを守ってくれる指示を出しておけば良い」

 ——『自身を襲う敵意をオートで防御するように、水を操ってください』

 昨日の夜、水色さんに向けて放った一言だった。

 全てはこの一言で解決された。

 水色さんと喜美の笑顔は、この一言で守られた。

「九郎君、ありがとう」

「九郎、ありがとう」

 二人の魅力的な人物から、感謝の意を示される。

 こんな状況、幸せ以外の何物でもないだろう。

 これ以上ないほどの高揚感に包まれながら、二人に向けて笑いながら、全身全霊で——こう紡いだ。

「こちらこそ、ありがとうございました!」

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