イコール ②
河原に、僕と喜美と水色さんが居る。
喜美を誘ったのは単純に青山相手であれば間違いなくプラスになると思ったからだ。説得にも応じてくれるかもしれない。
そして水色さんを連れていくかどうか二人で散々悩んだ挙句、そもそも青山が水色さんのことを把握しているか不明なため、ひとまずは隠して二人で河原に向かうと――何故かそこに水色さんが居た。
「何で水色さんが居るんですか!」
「いやはや、昨日九郎君と話して感極まってしまってね。初心に戻ってここで歌おうと思った次第だよ」
「え、何よ九郎、昨日話して感極まったってどういうこと!」
「喜美待ってくれ、今の本題はそこじゃない!」
「安心してくれ喜美ちゃん、この後のライブに向けてしっかりウォーミングアップするさ」
「そういう話ではないんです水色さん!」
最悪としか言いようが無かった。
この場に水色さんが居るのも最悪だし、テンパりすぎてこの場から水色さんを離れさせる方法も思いつかない。
このままだと青山に見つかる――
水色さんが能力の持ち主だとばれてしまう――
これまで水色さんと過ごした日々が無に帰してしまう―
ふと、ここまで思ったところで――ある考えが思いついた。
これまで通りで良いんだ。
であるならば、僕が言うべき言葉は一つしかない。
「水色さん、今日は能力検証の日です。一緒に倉庫に行きましょう」
――時既に遅し。
後悔しても、もう遅い。
この一言で良かった。
水色さんが河原に来る前に、この一言さえ先に発せていれば良かった。
そしたら、何もかもが上手くいって、これまで通りの平和な時間が過ごせた筈だった。
けれども、もう、駄目だ。
全ての準備が整い――最悪が始まる。
唐突に、僕のスマホに着信が入った。
青山からだった。
バイブ音がやけに大きく河原に響き耳障りでしかない。
しかし、着信が入った以上、画面を見ない訳にはいかない。
嫌な予感しかしなかった。
全てが悪い方向に転んでしまいそうな、未来予知にも近い感覚。
運命に沿って動くかのようにスマホを手に持ち――電話に出た。
「青山君を拉致した」
漢字にしてたった八文字のセリフだった。
だが、何を言っているのか全く理解できない。
絶対に青山からの電話だと思ったのに、声の主は青山ではない。
それどころか、青山を――拉致したと言っている。
電話越しで聞こえる声の主を、僕は知っている。
嫌と言うほど知っている。
頭ではこの人でしかないと思いながら、体が完全に拒絶している。
信じたくなかった。
水色さんを狙う人物が――この人ではないと信じたかった。
でも、もう、確定してしまっている。
僕は泣きそうになりながら、震えた声でこう言った。
「――白野先生、ですか」
「ご名答。流石九郎君だね」
職員室での優しい声そのままで、電話の声の主――白野先生は淡々と述べる。
「何で、白野先生が」
「言っただろう? 先生はね、生物の先生なんだ。能力者の体の構造、気にならないなんて嘘でしかない」
優し気に話すいつもの口調だった。
いつも通りの白野先生にも関わらず、言っていることが理解できない。
「…………」
「どうしたんだい九郎君、いつも通りに質問をすれば良いじゃないか」
「何が、何だか、わからないんです」
困ったときはいつも真っ先に相談をする先生だった。
それは恐らく僕だけではない。
ほとんどの生徒が――それこそ青山だって、白野先生に相談をしていたはずだ。本人も以前そう言っていた――
ここまで考えて、全てが繋がってしまった気がした。
白野先生の元には、この町で住む高校生の相談――情報が全て集約される。
「青山から、全てを聞いたんですか」
「ああ、そうだね。ちょうど今日、全てを『相談』してくれたよ」
フフッと――軽く鼻で笑うようなそんな反応をして、白野先生は話を続ける。
「気軽に相談がしやすい先生。これほどまでに都合が良い立ち位置はないだろうね。こちらから何もしなくてもあらゆる話が入ってくる上に、少し転がしただけで情報が独り歩きする」
「この町の、噂話」
「そう! それも全て、先生が流した! この町の伝承の話なんて放っておいても君達学生が調べてくれるはずがない。だが少しネタを放り込んでやれば、勝手に話は進んでいく!」
全てのきっかけは青山からだと思っていた。能力の伝承の噂話は青山起源で聞いたし、青山が倉庫にて操られた水を見たからこそ僕は図書館に行って伝承の詳細を調べることになった。
けれども、そうではない。
白野先生が伝承の話を青山に噂しなければ、例え操られた水を見たとしても何かに繋がることはなかった。
歯ぎしりをする僕の服の袖が誰かに引っ張られる。
「九郎、どうしたの」
喜美が心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「九郎君、電話の先には誰がいる。何が起こっている」
水色さんが冷汗を一筋流しながら真剣な表情を僕に向けてくれている。
大丈夫だ。
この二人が居てくれること以上に心強いことはない。
「青山が、白野先生に拉致されたそうです」
「え?」
声に出して反応出来たのは喜美だけだった。水色さんは青山のことも――もしかしたら担当学年が違う白野先生のことも知らないかもしれない。喜美と水色さんの困惑した表情を見ながら、スマホのスピーカーをオンにして耳から離す。
「白野先生。青山は今、どこにいるんですか」
「君達三人が――というより、そこにいる能力者が知らない場所と言っておこうか。これまで能力検証をしてきた九郎君ならば、この意味がわかるよね?」
水色さんにわからない場所――
そして青山のことも白野先生のこともわからない――
その場合、検証で唯一知り得た水色さんの能力の限界が適用されてしまう。
「認識している水ではないと、操ることが出来ない――!」
「ハッハッハ、ご名答! よくぞそこまで調べてくれたもんだ。おかげで説明を大幅に省けるよ」
白野先生は楽しそうに笑い続けている。その笑い声が河原に響くたびに僕ら三人に憤りがおさまらなくなってくる。電話先の人物をもうこれまで相談をしていた先生とは到底思えない。
青山を拉致し――水色さんに危害を加えようとしているこの人物を、早急に何とかしないといけない。
しかし、実際のところどうすれば良いのだろうか。
電話先の人物の場所もわからなければ、青山が拉致されている場所もわからない。
そもそも青山が本当に拉致されているのかどうかすらわからないという状況だ。
この場で唯一青山の連絡先を知っている喜美に視線を向けると、スマホを開こうとしていた。僕と同じ考えを僕よりも早く持ってくれたのだろう。
有りがたいと思いながらその動きを見ていると――パシュっという音と共に――喜美の足元に小さな穴が開いた。
「……は?」
何だ、これは。
いつどのようにしてこの穴が出現したのかわからない。
だが、一つだけわかるのは、その穴から一筋の煙が立ち上がっている様子だった。
刹那――青山から聞いた『噂話』が蘇る。
「音が出ない、ライフル」
「察しが良いね! 流石学年第二位だよ、九郎君!」
尚も楽しそうな声がスマートフォンから拡散されてしまう。
事態を把握した喜美はしりもちをついてしまっていた。
水色さんがその背中を支えながら、喜美の前方をみる。
ライフルの後が喜美の足元に出来るのならば、その前方に必ず狙撃手はいる筈。
水色さんの視線の意図を理解し僕も倣って前方を見ると――そこには絶望が広がっていた。
遥か遠くに、うっすらと、山が見える。
この町が田舎であることが最悪な形で作用されてしまっている。
同じく狙撃手がこちらに居るのであれば、穴の角度から狙撃された位置を大体わりだせるのかもしれない。
しかしこちらには――単なる学生二人と、単なる能力者しかいなかった。
「これでも教師という職業に就いている身だ。君達学生に、現状を整理して教えてあげよう」
スマートフォンから声が聞こえる。
それは心の底から楽しそうな声で、悍ましい声だった。
「今、先生は君達をライフルの照準の中に入れている。先ほど君川さんには体験してもらった通り――脅しという意味で足元を狙った通り――この距離でも百発百中を名言しておこう。不穏な動きがあれば、今度こそ能力者以外の二人を狙う。また、君川さんが確認するまでもなく、青山君はここから遠く離れたところで先生のお友達が拉致監禁している。九郎君と君川君がどうなっても良いと捨て身になったとしても、次は青山君の身を保証しない。そして――これが一番大きいね――先生と青山君は、能力者に認識されていない」
――白野先生は、一貫して水色さんを『能力者』としか言わない。
それは間違いなく白野先生にとって水色さんは能力者という位置づけの対象でしかなく、全てにおいて最優先すべき人物として認識しているということに相違ない。
その証拠に、僕と喜美の検証結果程度のことは、既に把握済みとしか思えない。
「何故、水色さんの能力のことをそれほどまでに理解しているんですか。いつから僕らのことを認識していたんですか!」
「何だい九郎君、らしくないねえ。もっと冷静になりなよ。先生は九郎君をそんな風に指導した覚えはないよ?」
「御託は要らない! 黙って答えろ!」
「ハッハッハ! 矛盾した言葉が二つを並べたら駄目じゃあないか。焦っているねえ。まあそれも当然か、君達二人が数日かけてわかった能力を、先生は何もしなくても知っている訳だけだからね。それは不安になっても仕方が無い」
「御託は要らないと言っているだろう!」
冷静にならなければいけないことはわかっている。
だけど、単なる脅しであったとしても、喜美に対して銃口を向けたことが何よりも許せなかった。
今こうして、この世で最も下卑た声を発する人物に、喜美と水色さんが狙われているということが心底憤慨してしまっている。
「九郎君と君川さんが能力者と関わっていると知ったのは、青山君から昼休みに相談を受けてからだ。もっと言うと、そこにいる女性が能力者だと知ったのはついさっきだ。九郎君と君川さんがその女性と合流した時点で確信をもった。まさか本当に河原に集まるとはおもってもいなかったけどね」
「全部が全部、今日わかったことのはずがない。それなら何故、能力の検証結果を知っている!」
「九郎君も調べたんだろう――この町の伝承について綴られた本をさ。先生はね、あんなちんけな図書館で調べるよりももっと深い調査を続けてきたんだ。それこそ! 何日も、何カ月も、何年も、何十年も! 君達二人とは年季が違う、想いの深さが違う! 私こそが、その能力者について調査し、解剖し、全てを知る権利を持つ唯一無二の存在なんだ!」
本気でそう発言していることに、何の理解も示すことが出来なかった。
白野先生は、水色さんを殺そうとしていることに躊躇を示していない。
「水色さんがどうなっても良いっていうのか……!」
「九郎君、良い反応だねえ。照準越しだから表情が見えないのが勿体ないくらいだ。今すぐにでも会いに行きたいけれどそうしたら能力の適用範囲内に入ってしまうからね。いやー、本当に残念だ! 私の方から一方的に蹂躙するしかないなんて!」
打つ手が無い。
最強の能力である水色さんの能力をもってしても、その全てを理解している人物が相手となってしまうとどうしようもなくなってしまう。
「さあ、そろそろ終了のお知らせだ。まずは能力者に麻酔弾を撃ち込ませてもらう。生体反応も見たいからね。死体にするのはまだ惜しいんだよね。ああ、あぁあ、楽しみだ。ようやく能力者の隅々が私の手中に収まる。あぁああぁ、駄目だ、興奮が抑えきれない」
舌なめずりと共に、ライフルの弾丸を替える音がする。
確かに、水色さんの意識を失わせてしまえば能力が白野先生に牙をむくことはない。
眠らせている間に解剖をしてしまえば、もうおしまいだろう。
用意周到としか言えない。
白野先生は能力の全てを理解している。
僕と喜美が数日かけて検証したことは無駄だったのだろうか。
全て、昔の書物を読めば把握できてしまう程度の内容だったのだろうか。
たった数日しか検証できていないからというのもあるかもしれない。
――この数日間を否定されることが悔しかった。
何とかしなければと思う。
でも、どうすれば――
「九郎。ごめん、わがまま言って良い?」
喜美が、唐突に小さな声で話しかけてきた。
振り返ると今も座り込んでいる。震えがおさまらない体を水色さんに支えられている。
唇を強くかみしめながら、必死の形相を僕に向ける。
「こんな時に、何を」
「お願い。一つだけ聞いて」
喜美は恐怖に怯えながらも何かを言おうとしている。
その様子に触れ、水色さんも真剣な表情で僕に視線を向けている。
スマートフォンからは依然として恍惚に身をゆだねる声が聞こえてくる。
何を優先すべきかなんて、その時々で判断するしかない。
今は、喜美の声を聞くことを最優先とすべきなのだろう。
スマートフォンの先にいる男から意識を一旦外し――喜美の言葉を聞いた。
「現状打破のアイデア、思いついて」
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