イコール ①

「調べてくれてありがとうー」

 翌日の昼休み。

 僕と喜美はいつも通り、教室で昼食をとっていた。

 運が良いと言って良いのかはわからないが、青山は急に野球部を休むことになったことに対しての説明のために監督に呼ばれてしまったとのことだった。

 そのため、喜美と二人で水色さんの能力に関して話すことが出来る。

「いや、それはこっちのセリフだ」

「んー、どういう意味?」

「昨日のライブ、観た」

「え、そうなの! どうだった!」

 身を乗り出して聞いてくる喜美の表情はこれでもかと言わんばかりに明るかった。

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで一気にきて一瞬うろたえてしまうが、喜美の目を見てしっかりと感想を述べる。

「本当に良かった」

「でしょう! やっぱりお姉様が素晴らしすぎるのよねー」

 喜美は誇らしげに腕を組んで何度も頷いている。

喜美が楽しそうな様子を見るのは随分久しぶりのような気がした。その様子を見て、僕も心底嬉しくなっていた。

「もっと早くライブ観れば良かったよ」

「何言ってんのー。九郎は水色さんのために能力のこと調べるのを優先してくれていたんでしょ?」

「そ、そうだが……」

「昨日は強く言っちゃってごめんね。いつもありがとう」

 一転してしんみりとした声色になりながら頭を下げてきた。

昨日電話で話した時とは打って変わった様子になっていて、逆にこちらが戸惑ってしまう。

「僕も、ごめん」

「ううん。九郎が色々調べてくれたおかげで伝承についても詳しく分かったし、水色さんにいざという時の防御策も講じることが出来たの。九郎は九郎で、間違いなく水色さんのことを思って色々行動してくれていた。本当にありがとう」

「こっちのセリフだ。喜美が水色さんのためを思ってプロデュースに尽力していたのがようやくわかった。本当にありがとう」

「こちらこそだよー。私の方が九郎に感謝してるから」

「いや、僕の方が感謝している」

「私の方だから」

「僕の方だ」

堂々巡りなやり取りを何往復かした後、お互いに笑いあった。

昨日の夜、水色さんに背中を後押ししてもらったからこそ、喜美の言葉を真正面から受け入れることが出来た。

我ながらネガティブだったなと思う。

けれども、今は違う。

僕のやることも水色さんの役に立っていると胸を張って言えることが何よりも嬉しかった。

「ちなみに、お姉様には伝承の末路の話、したの?」

「まだしていない。不用意に言って不安にするのも良くないと思った」

「私も同意見ー。理想はお姉様が知らない内に全部解決してる状態だね!」

「そうだな……」

 数百年前の伝承とやらが本当の話なのかも正直確証は無いし、鵜呑みにするのもどうかとは思う。

 だが、水色さんの能力が実在している以上、警戒しないわけにはいかなかった。

「お姉様の前の方はどんな結末になったんだっけ」

「大きなイノシシに襲われていたな」

「そこなんだよねー、現代社会でそんな展開ほとんどあり得ないし」

「いくら田舎とはいってもイノシシなんて現れる訳が無いしな」

「現代に即したイノシシレベルの危機ねぇ……何か思いつくところ、ある?」

「……思い当たる節は、少し」

「え、なになに!」

 僕はこの時――昨日のとある人物と話した内容を思い出してしまっていた。

――「喜美さんに一目置かれたいからだよ」

――「九郎君には悪いけど、ボクは本気だ。同じく噂話の音が出ないピストルみたいなものも、目的達成のためなら全力で手に入れる!」

物騒なことを言いつつ、その内容がやけに具体的だったところも引っかかった。

何より冗談めいて言っている様子ではなく、本心からそう言っているように見えてしまったことが怖かった。

彼が本当に何かをしでかすつもりなら、彼のためにも水色さんが能力の持ち主であることを隠し通さなければならない。

「大丈夫、何でもない」

単なる憶測で済むことを本気で祈りながら、喜美からの質問をはぐらかことしかできない。

思えば彼は僕の数少ない友人で、頼りになる男でもある。

喜美に対してストーカー気質なところはあるものの、学校内でとどめて学校外では一切その行為に及ばないという律儀なところもある。

ストーカー自体が律儀ではないという指摘はさておいて、喜美の迷惑にならないように一本線を引いているところが彼の良さだと思っている。

 だから、願わくば彼と対峙したくはない。

 水色さんと喜美の三人で行っている検証に、彼も平和に混ざってほしい。

 女性二男性一という比率はやりづらい部分もある。

そこに彼が加わってくれれば、案外良いバランスで楽しくやっていけるのではないだろうか。

水色さんと彼は会ったことすらないと思うので、その橋渡しは僕に是非ともやらせていただきたい。喜美の良さに心酔してくれる彼のことだ、水色さんのことも絶対に好きになってくれるだろう――

 ――でも、世の中そううまくはいかない。

 彼は昼休みが終わっても何故か教室に戻ってこなかった。

 早退ということで教室には伝わったが、同じクラスの野球部の面々も詳細を知らないらしい。そもそも今日は野球部の会合があり、監督もその場にいたが、そこに青山の姿は無かったとのことだった。

 嫌な予感しかない。

 そして――嫌な予感は大体当たる。

 授業終わりに、青山からメールが来た。

 メールの文面には、こう書かれていた。


『能力の持ち主、知り合いなんだよね。その人と一緒に河原に来てくれない? 一緒に来てくれないと、その人がどうなっても知らないよ』

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