ファンファーレ ②
「本当にごめんね」
放課後、校門前で喜美から電話を通して言われた一言だった。
青山が一度野球部に断りを入れてくるということで、水色さんと喜美は先に倉庫へと歩いている最中になる。
「気を付けていたつもりだったんだけど、まさかあの映像から倉庫までたどり着く人が居るなんて……」
「それは、そうだな、青山が悪い」
勿論この要素もあるだろう。
けれども、僕は確かにこの時――喜美に対して怒りの感情を抱いていた。
幼馴染として十数年一緒に生きてきた中で最も激しいものかもしれない。
「何で、僕に言ってくれなかったんだ?」
「…………」
喜美は一度黙ってしまった。僕がいつものトーンで冷静に何とか言い切ろうとしていることを雰囲気で見抜いているのだろう。
――検証だけではなく動画も撮影していることを、一言、言ってほしかった。
――倉庫から若干離れている場所ではあるけれど撮影をしても良いかどうか相談して欲しかった。
とても小さなことなのだろう。僕だってこんなことを表に出して言いたくない。しかし僕と喜美は、今、水色さんの能力の方針に関して協議中という状態だ。そんな中にも関わらず、僕に何も言わずに行動に移すということは、卑怯なんじゃないかと思った。
僕は、喜美が居ない場で行った水色さんの能力検証の結果を全て話している。
包み隠さず言うことが誠意を伝えることだと思っているからだ。
だからこそ、喜美の行動が許せなかった。
体感時間がこれまでの人生で最も遅いのではと思えるくらいの緊張感が走った後、喜美はぼそっと、こう言った。
「九郎はさ、お姉様の幸せは何だと思ってるの?」
「……どういうことだ」
唐突な角度からの質問に動揺を隠せない。
そんな僕の様子など意に介さず、喜美は続ける。
「水色さんの能力の検証、確かに大事だよ。それを世間から隠すことも大事だと思う。でもさ、お姉様が一番やりたいことって何かわかる?」
喜美は、先ほどの僕と同じくらい怒っていた。
何故こんなこともわからないのかと言わんばかりの圧だった。
ここまで言われて、喜美が何を言いたいのか大体わかってしまった。
わかってしまったからこそ二の句が継げなくなる。
そんな様子すらも喜美は見抜いていたのだろう――僕からの返答を待たずに、言葉を紡いだ。
「歌手になるために、頑張ることだよ」
「…………」
「能力の検証も確かに大事だよ。お姉様の今後の人生に関わることだから勿論大事。でもね、お姉様は、能力で何かをしたいんじゃなくて、お姉様の歌で誰かを幸せにしたいんだよ。だから私は、能力検証もしながら、歌手になるための活動も応援したいの」
「……確かに」
「ねえ九郎。お姉様のこと、好きなんでしょ」
「いや、それは、なんというか」
「だったら! 何で、お姉様の動画くらい、観てないの!」
一瞬、何も考えることが出来なくなった。
電話先から聞こえる怒号は水色さんにも聞こえているのであろうことを思うと、情けなくて仕方が無かった。
喜美の言う通り、水色さんの動画は最初だけは観たものの、その後追いかけはしていない。元々、喜美の動画チャンネルを定期的に観てはいないという背景はあるものの、それでも、水色さんを喜美がプロデュースしている今は動画チャンネルをチェックしておくべきだった。
喜美が水色さんの夢を応援し、僕は水色さんの能力検証に尽力する。
そんな割り振りを、勝手に自分でしてしまっていた。
水色さんの幸せを一番に考えるのであれば、能力検証をしながらも水色さんの動画を確認する意思を持つべきだった。
「……大声出してごめん」
何も言い出せない雰囲気から僕の心境を察したのだろう。喜美は後悔が混じった声色で言葉を紡ぐ。
「電話、切るね。本当にごめんだけど、青山君の対応よろしく。それと……今日も路上ライブやってもらうから、よかったら来て」
「ああ……わかった、ありがとう……」
電話を切ろうとする前に、喜美が電話を切っていた。
校門にもたれながらスマホを引き続きいじる。動画投稿サイトのアプリを開き、唯一お気に入り登録をしている動画チャンネルへと入った。
そこには無名の高校生シンガーソングライターのインタビューが掲載されている。ほとんど見覚えが無い草むらの上に段ボールが置かれ、そこに座りながら答えている女性は、とても綺麗に映っていた。
「……どこなんだ、ここは」
この映像からどのように倉庫の場所を当てたのかどころか、この草むらが近くのどこにあるのかすらわからない。この場所を特定するってどれほどの執念なんだと思いながら、ふと、こんなことを思った。
青山ほどの執念も、喜美ほどの執念も、僕は持ち合わせていないのではないか――
全力で物事に取り組んでいるつもりだったけど、僕が今行っている能力検証は、誰のためにもなっていないのではないか――
「やるせないな……」
抱いた感情をそのまま口に出すくらいしか対抗策が思い浮かばなかった自分が情けなかった。スマホの電源を切り、校舎にそのまま持たれながら空を見上げる。雲一つ無い快晴で、今だけは水色さんの能力で曇り空にしてほしいと思うばかりだった。
「九郎君、何をぼーっとしてるの?」
青山がいつの間にか校門前に来ていた。
ため息を大きく吐き、「何でもない」とだけ呟いて目的地へと歩き出す。
目的地は、町が誇る大きな図書館だった。田舎にしてはかなりの蔵書数を誇り、古書のコーナーに行けばこの町の歴史を本から調べることが出来る。水を操る能力の伝承に関して、ネットでも調べてはみたもののほとんど情報が無く、それなら本で調べようと青山に提案された次第だ。
「何とかして見つけ出したいね。そして喜美さんに特集を組んでもらいたいもんだよ」
図書館の二階の古書コーナーで青山が意気揚々と読む本を選んでいる。古い本の匂いがこのコーナーだけ充満していて、悪い気分ではなかった。中央に二人分の長机と椅子が置かれているのも良い点だと思う。
「ああ、そうだな」
空返事をしつつ、正直こんなことをしている場合ではないと思いながら――青山の提案に感謝をしていた。
今日、喜美と会いたくない。
もっと言うと、水色さんにも顔を見せたくない。
自分があまりにも情けなく、逃げる場所が欲しかった。自分が水色さんのために何かをすることが出来ていると少しでも実感できる場所が青山から提示されて本当に良かったと思う。
まあでも、能力検証よりも水色さんがやってほしいことは、喜美が今も尚やっているのだろうけれど。
「あ、九郎君、この本なんて良いんじゃないかな」
青山がページを開きながら古書を僕の手元に持ってくる。
そこには超能力の伝承に関して内容がまとめられていた。数百年に一度伝承が行われ、その能力の持ち主は町の危機を何度も救う英雄だったということまで書かれている。町を救う場面には、巨大なイノシシにむけて手から大量の水・炎・雷等を出して撃退する巫女の姿が描かれている。能力伝承は例外なく女性に起こり、その女性は一生その能力を何の制約もなく使うことが出来たらしい。
てっきり白野先生と青山が知っていたのはただの噂話と高を括っていたのだが、水色さんの能力に関してまさかここまで裏付けが取れると思っていなかった。これはもしかしたら本当の本当に町の言い伝えとやらが水色さんの能力に関係しているのかもしれない。
そのページを見ていると、気になる項目にたどり着いた。
『能力検証結果』――
そこにはこう書かれていた。
「……これだ」
どんぴしゃ過ぎて笑いすらこみ上げてきそうだった。
昔も、僕と同じように能力の詳細を解明しようとした人物がいたのだろう。
しかも水・炎・雷という三回分の伝承結果が掲載されていた。
水の検証結果のページにたどり着き、一心不乱に読みふける。
僕と喜美が行った検証結果に関しては大体掲載されていたのは整合性がとれて良かったのだが、気になるのは二点だった。
・何もないところから水を生み出すのは不可能。
これはまだ検証していない部分だった。確かにこれまでとんでもない水量を手軽に操作していたものの、自ら水を出して操作はしていなかった。いかなる能力でも無から有を生み出すことは出来ないということがわかり安心することが出来た。
そして――もう一点。
・能力者は必ず不遇な最期を遂げる。
「…………」
その文が掲載されているページ下部にとあるシーンが描かれている。
先ほどイノシシを撃退していた巫女が、より大きなイノシシに背後から攻撃を受けているというものだった。
炎と雷の検証結果をまとめているページを見てもこの一文が必ず掲載されている。能力をもってして様々な行動をしてきた結果、何かに恨まれたり何かに巻き込まれたりしてこの結末を迎えてしまうらしい。
水色さんの場合も、そうなのだろうか。
現代日本において大きなイノシシみたくこんなにわかりやすい脅威というものは存在しないだろう。現に水色さんは高校二年生になるまで能力がばれることなく平和な日常を送っていた。そうであるならば何かの脅威に立ち向かうために能力を使うなんてことがあるはずがない――
と、そこまで思ったときにふと思い出したのは、青山が以前話していた噂話だった。
「青山。先週くらいに、音の出ない銃とかなんとか言っていたよな。あの噂の出どころはどこだ」
「いきなり何だい」
「いいから、教えてくれ」
「そうだねえ、まあ隠すほどのことでもないし」
青山は本棚から僕に視線を移した後、何の気なしにこう言った。
「白野先生が言っていたんだ」
「白野先生?」
予想だにしなかった名前で驚いてしまった。てっきりクラスの女子か誰かがテキトーに話していた事柄だと思っていたのだが、白野先生がその話題を提供したのか。
戸惑いを隠せない僕を見ながら、青山が話を続ける。
「白野先生、『ここだけの話だから』って言いながら楽しそうに話してくれるのが面白いんだよね。野球部のことも含めてしょっちゅう相談しに行ってるから、他の先生に比べて色々話聞いてるかもしれないね」
「そう、なのか」
僕にはそんな話をしてこないなと若干思いながらもそれほど大したことではないためスルーすることが出来た。白野先生が水色さんに据え置かれてしまったら嫉妬で夜も眠れないだろうけれども。
ひとまず白野先生には明日の放課後絶対に質問をしに行かないとなと思いつつ、青山に「その詳細、教えてくれるか?」と切り出してみた。
「そうだねえ。世間話程度でしか聞いてないからなんとも言えないけど、この町の伝承も含めて一気に教えてもらったよ。白野先生、楽しそうだったなあ」
「そうなのか」
「超能力の伝承……そんなおとぎ話が自分の身に降りかかったら、間違いなく幸せなんだろうね」
青山は哀愁を漂わせながらそう言い切る。その様子が、喜美を追いかけている普段の様子とは違って気になってしまった。
「どういうことだ?」
「ボクが野球部でがんばっている理由、わかる?」
「いや……」
「喜美さんに一目置かれたいからだよ」
全く迷いが無い目でそう言われた。
その確固たる意志を前に、思わず息を呑んでしまった。
「いつも近くにいる九郎君じゃわからないだろうけど、喜美さんは本当に特殊な人物でなければ興味すらもたないんだ。誰彼構わず親し気に微笑んでくれるから、皆、喜美さんのことは大好きだよ。でも、それ以上の感情は――普通の人じゃ、向けられない」
「…………」
「入学時に喜美さんに一目ぼれしてからボクは必死になったよ。彼女の気を惹けるのであれば何でもしようと決意していた。だからこそ、この伝承が真実で、誰かがこの伝承を身に着けているのであれば――何をしてでも喜美さんの前に差し出す」
青山の意思を前に思い浮かべてしまったのは――大きなイノシシに殺される巫女の姿だった。
能力者は必ず不遇な最期を遂げる。
それをもたらすのは何なのかわからない。
「九郎君には悪いけど、ボクは本気だ。同じく噂話の音が出ないピストルみたいなものも、目的達成のためなら全力で手に入れる」
だけど、否が応でも、目の前の人物は不遇な最期を遂げさせるイノシシにしか見えなかった。
僕は――認めたくなかった。
確かに行き過ぎたところはあるだろう。
友達になった期間は半年にも満たない。
だが、喜美を心の底から好きになるやつに――悪い奴はいないはずなんだ。
「青山、何でそこまで……」
「……幸せになりたいんだ」
「青山が、それを、言うのか」
爽やかイケメン。
野球部のエース。
学年三位の頭脳。
これほどまでに全てを兼ね備えている男が、これ以上何を望むというんだ。
そんなことを言い始めたら、僕は一体――
「……超能力の持ち主は幸せなんだろうね」
ぼそりと、青山は呟く。
「これ一つあれば、まず間違いなく君川さんは振り向くよ。食いつくと言っても過言ではないかもしれない。ボクが欲しいものを、伝承なんていう意味不明なもので全てを兼ね備えているんだ……」
脳裏に水色さんの姿が思い浮かんだ。
初めて会ったとき、確かに水色さんは水を操る能力を使って楽しそうにしていて、僕も喜美も問答無用にその姿に惹かれた。
しかし、今、喜美は水色さんの超能力よりも、歌唱力に焦点をあてている。
魅力というものは十人十色だろう。
色んな人が色んな魅力を持っていて、必ずしもその魅力がその人の人生を――幸せを――全て決める訳ではない。
「青山、今すぐここを出よう」
「へ? どういうこと」
「いいから」
向かうべくは、最寄り駅。
今図書館を出れば、まだ間に合う。
本棚から出していた古書を全て元の位置に戻し、全速力で目的地へと向かう。まあとは言っても本の虫と野球部のエースの全速力はどう考えても差分があるため、青山は僕に合わせて小走りという感じだった。
そんなこんなで最寄り駅にたどり着いた僕らの視界に入ったのは――圧倒的な人込みだった。
遠目でかろうじて水色さんが見えるレベルだ。
「いつの間にこんな……」
「九郎君、本当に動画観てないんだね。二回目の路上ライブ動画の時にはもうこんな感じだったよ」
青山が誇らしげに群集を見つめる。
この中に、喜美がカメラを持ちながら居るのだろうか。
見事に溶け込んでいて見つけることが出来ない。
ふと思い立ち青山と同じ方向を見ると、やはり喜美がそこに居た。
水色さんの真正面に――喜美の背中が見える。
背中越しでも、真剣な趣で動画撮影している雰囲気が伝わった。
「皆、今日も集まってくれてありがとう。本当に嬉しいです」
水色さんが若干照れながら堂々と話し出す。
「数日前まではただ歌うだけで満足していたけれど、こんなにも多くの人に聴いていただけると思うと身が引き締まる思いです。皆さんのお時間、少しだけ頂きます。その代わり何よりも満足してもらえるよう、精一杯歌いますので、よろしくお願いします!」
そうして水色さんは、口を開いた。
――その後の時間は、ほとんど覚えていない。
ただひたすら、心地よい時間が流れたという感覚しかなかった。
贔屓目ではなく、僕以外の誰もが間違いなくそうだろう。
歌唱力という魅力をもつ素晴らしい人物が、観客のために全力で歌を届けてくれる時間。
こんなもの、幸せ以外の何物でもなかった。
ライブが終わった後、僕はすぐにその場から去った。
青山にも喜美にも水色さんにも見えないところで――水色さんに一方を送った。
『ライブ、最高でした。もしよければこの後、一対一で感想を述べさせてください』
水色さんからは即座に――『こちらこそだよ』と一言返答をいただいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます