ファンファーレ ①

 ようやく見えた一筋の光明も、それほど強大なものではなかった。

 見えていない範囲の水は操れないという条件だったらかなり強固だったのだが、世の中そううまくはいかないのだろう。

 水色さんの能力の制限をもっと知らなければならない。

 そうしないと、余りにも強大過ぎて検証している暇などなくなってしまう。

 能力の持ち主が水色さんで本当に良かったと何度も思う。

 歌手になる――その一心以外が少しでもある人であれば、どう転んでも悪用してしまうであろう能力だ。

 人格形成にも問題が出るに違いない。

 いつか水色さんのご両親にも五体投地をして謝罪且つ敬服の意を示したいと思っている。

 とにもかくにも時間が惜しい。

本当に惜しいと思いながら、五日目を迎えてしまっている。

 僕の低俗な頭でもあと最低二つは検証しなければならないのだが、今日は喜美が検証をする番だ。

水色さんの能力の制限をみつけるのではなく歌手デビューへの橋掛かりとしての能力の使い方を検証する日だ。これが本当に水色さんのためになっているかどうか、今でも僕はわからない。

 何か起こってからでは遅いんだ。

 そもそもリスクの観点でいえば――僕と喜美が水色さんの能力を知って検証をしている時点で生じている。

「どうすれば良い……」

 授業中でも頭の中は水色さんでいっぱいだった。

 悩みながらも勉強はしっかり取り組まねばならないので先生の言うことは一言一句逃さず聞いているものの、ノートのとり方は上手くいかず不満が残る。

 むしゃくしゃして頭をかきながら授業終了のチャイムが鳴った。

 午前の授業は全て終わったため、次は昼休みだ。

 今日は弁当を母親から持たされていないためどうしようかと思ったところで――声をかけられた。

「九郎君、一緒に昼ごはん食べない?」

 青山だった。

 いつもなら野球部の面々と昼食を共にしている筈の男だ。何の冗談かと初めは思ったのだが、このうえないほど真剣な表情をしている。

かくいう僕も普段は喜美と食べているため喜美狙いかと一瞬思ったのだが、すかさず青山から「できれば九郎君とサシで食べたいんだけどどうかな」という提案があった。

一体全体何が起こっているかわからない。

喜美の方をチラリとみてみると、両腕で大きく丸を作っていた。片耳を向けながら喜美も何かを察したのだろう、青山の意向を尊重する形をとってくれるようだった。

「喜美の了解も得たから良いぞ。どこで食べる?」

「できれば、校舎裏が良い」

 そんな場所で昼食をとる人物など誰も居ないと思う。

 青山は本当に僕とだけ話したい何かがあるのだろう。

 そこまで言われて断るわけにはいかない。

青山と共に購買でパンを買い、校舎裏へとついた。

木々と校舎に挟まれるところで衛生環境が良いとは言えないが、ここでしかできない話とやらは確かにあるだろう。

「それで、何を話したいんだ」

 青山が俯いて話し辛そうにしているので口火を切ったのは僕の方だった。

 それを聞いて顔を上げてくれる。見るも無残なほど暗い表情だった。

「……ごめん」

「何がだ?」

「見ちゃったんだ」

「……何をだ」

「ペットボトルの水が、浮かんでいるところ」

 一気に血の気が引いた。

 水色さんの能力、見られてしまっていたのか。

 いや、まだ挽回できるかも知れない。

 ここで焦って質問を間違えてはいけない。冷汗が留まるところを知らない中、冷静になることをつとめて言葉を選んだ。

「いつ、どこでだ」

「昨日、倉庫で」

「……倉庫って何のことだ」

「しらばっくれても無駄だよ。水が入ったペットボトルが人知れず動いた倉庫に、九郎君たち三人が入っていくのを見てしまったんだ。ペットボトルを確認してすぐに去って行ったけど、一体何をしていたのさ」

「……そうか」

 ここまで聞いたところで、情報を一旦整理すべきだと思った。

 水が動いているのを――人知れず――見たと表現していた。

 つまりは、水色さんが実際に水を操っている場面に出くわした訳ではないということになる。

 昨日が遠隔操作の検証で本当に良かった。その場で操作しているところに出くわされていたらその時点で詰んでいた。

 まだ挽回できる気がした。

 ここで最悪なのは、『水色さんの能力バレ』だ。

 それ以外の事象で言い訳出来るのであれば、何としてでも言いくるめなければならない。

 しかし、安易にオカルトめいた形で述べることは出来ない。

 ――青山はこの町の伝承を噂で知っている。

 この伝承に絡めて言い訳を考えないと青山を納得させることは出来ないだろう。大体伝承って一体全体何なんだ。まずこの伝承とやらをいち早く調べるべきだったのかもしれない。いざという時に言い訳が思いつかない。

「それで、どういうことなのさ」

 青山がしびれを切らした様子で詰め寄ってくる。

 もうこれ以上待たせられないだろう。

 大丈夫、何とかなる。

 という訳で、こんな風にまとめることにした。

「僕らがいない時に動いたのか! どこの誰が操っているんだ……」

「……どういうこと?」

 いきなりの展開に青山は怪訝な顔をする。

 思った通りの反応で好都合だ。このまま続けるとしよう。

「僕らも原因がわからないんだ。何度か入ってはいるんだが、発生条件もわからなければ発生している人物が誰なのかもわからない。まず間違いなく、青山が以前話してくれた伝承にまつわるものだとは思うんだが、どうにもこうにも検証が上手くいかないところだ」

「…………」

 青山は不満げな表情になった。

「九郎君含めたあの三人の誰かが動かしていたわけじゃないの?」

「そんな訳無いだろう」

「それなら、何であんな辺鄙な倉庫に三人で立ち寄っていたのさ」

「それを言うなら青山もだろう」

「僕は君川さんの撮影地巡りをしていただけだよ。水色さんのインタビュー動画が最近投稿されたんだけど、その撮影地に近いところを回っていたらあの倉庫にたどり着いたんだ」

 そんな動画を撮影していることさえ知らなかった。

 恐らく僕が遅れて参加した検証三日目に撮影し、その日中に投稿したのだろう。水色さんプロデュースとしては有りがたい上に倉庫の中で撮影しなかった配慮は正しいのだが、それならばもう少し気を付けてもらいたかった。

 リスクをとれば、失敗もついてまわる。

 青山に気付かれた事実を糧に喜美と話をするのは当然として――今はここをどう切り抜けるかを最優先にしなければ。

「そう、だな……」

口を開きながら頭をフル回転させて、良い感じの言い訳を思いついた。

「水色さんが歌手デビューを目指しているのは青山も知っているだろう」

「当然」

「路上ライブ動画の他に、誰も居ない場所での練習風景なんかも撮影しようとしていたんだ。そこであの誰も使っていない倉庫に白羽の矢が立ったのだが、何故かペットボトルが積まれていてな。水色さんが歌おうとした瞬間にペットボトルが浮き始めて驚いたという次第だ」

「……一応聞かせて。あの現象を喜美さんが撮影していないのは、伝承を受けた誰かを気遣っているっていう理由で間違いない? あの現象自体は無茶苦茶気になるし倉庫に頻繁に通ってしまうし、間違いなく再生数を稼げるけれど、伝承を受けた人が世間にさらされるのを防ぎかった――こんな感じかな」

「そうだ」

 何の曇りもない眼で僕はこたえた。

ここに関しての言い訳を考えていなかったので、青山が先回りして考えてくれたのは助かった。まああながち間違いではない推測ではあるのでこのまま通してしまおう。

「なるほど。それなら筋は通るね、ありがとう」

 数度頷いた後、青山がようやく笑顔を僕に向けてくれた。

 九死に一生を得るとは正にこのことなのだろう。

 ここで青山に全てがばれてしまったらどうしようかと思った次第だ。

 ――けれども、安心した束の間、青山は突然こんなことを言いだした。

「じゃあ、ボクにも手伝わせてよ」

「は?」

「早くこの案件に片をつけないと、君川さんの動画撮影に支障が出るでしょう。それは一視聴者として望ましいとは言えないな」

「いや、青山、部活は」

「数日くらいなら休めるよ。その間にケリをつけよう」

「……それは、どうだろうか」

「人手は多い方が良いよね。それじゃあ、早速今日から開始しよう!」

 こうして、断り切れないまま、検証グループに青山が追加された。

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