絶叫セレナーデ ②

 善は急げだ。

 倉庫に行ってひとまず話をしよう。

 昨日みたく喧嘩のような感じにならないとは言えないけれど、水色さんを交えればいくらかマシになるはずだ。

そもそも僕と喜美が水色さんとの話し合いで苛立ちを表面に出すことはほぼないだろう。それならば何も問題は起きないはずだと思い全力疾走をした。

 徒歩二十分のところを十五分程度で倉庫に到着した僕の目に映ったのは――

 倉庫の中で虹がいくつもかかっている様子だった。

「あ、九郎君。走ってきたのかい? お疲れ様」

 水色さんが僕を笑顔で迎えてくれた。

能力を発生させているにも関わらず、相変わらず体力の衰えは無い様だった。

 一方喜美は、申し訳なさそうに俯いていた。

「水色さん、これは……」

「喜美ちゃんの提案でね、綺麗な風景を出せないか色々試していたんだ。今は虹を出しているが、先ほどはシャボン玉ほどの大きさの水を沢山浮かしていたよ」

「なるほど」

 間違いなく、歌手としての魅力を上げるための能力活用だった。

 路上ライブ含めて、こんな綺麗な舞台演出のもとで歌えばそれこそ映えるといったところだろう。

 これは確かに間違いない。

「喜美。確かに綺麗だな」

「…………私も、そう思う」

 喜美はためらいながらも返答してくれた。

 話し合う余地はありそうだった。

「けれどもやはり、能力バレの可能性が少しでもあるのならば、僕は賛成できない」

「九郎は、そうだよね……ごめんね、抜け駆けするみたいな形をとっちゃって……」

「良いんだ。喜美がやりたいことも一理ある」

「でも……」

「僕と喜美だけで話し合っても仕方ない。能力の持ち主である、水色さんの意向も聞いて、検証を続けたい」

 水色さんの方を向くと、両腕を組んで真面目な表情をしていた。

「昨日も言った通り、双方の意見は正しいと思うんだ。だから、すぐにこれと決めることは出来ないよ」

「…………」

「だから、一日交替で検証してはどうだろうか。今日は喜美ちゃんがしたい検証、明日は九郎君がしたい検証、明後日は喜美ちゃん……というようにしていけば、まだ答えが出ないながらも歩みを進めることが出来る」

 その提案は願ったり叶ったりといっても過言ではなかった。

 現時点で既に昨日は僕、今日は喜美という流れで検証を行っている。

 この流れをそのまま続ければ、僕と喜美の意見の対立も一旦は置いた状態で進めることが出来る。

「それでいきたいです!」真っ先に喜美が手を挙げた。

「僕も同意です」

「であるならば、今日は喜美ちゃんのターンだ。よろしく頼む」

「はいっ!」

 こうして水色さんの能力検証は、ようやく軌道に乗り始めた。


●三日目、検証結果

 水を活用した舞台演出を検証した。

 一面の虹に囲まれる水色さんは、確かに人気が出そうだった。



 翌日は僕のターンだった。

 かねてより行いたかった検証をするため、僕たちは電車とバスを乗り継ぎ、海岸へとたどり着いた。

まだギリギリ明るく、夕暮にも差し掛かっていない。

バスの降りたところでは人通りがわずかながらあったため、更に十分くらい歩き、人通りが全くない場所へと移動する。

「今日検証したいのは、水色さんの操作限界量です」

 辺り一面に海水が存在している。

 船が一隻も見えないため、このあたりの海水は全て操っても大丈夫ということになる。

「まず手始めに聞きたいのですが、どれくらい操れそうですか」

「そうだな……」

 水色さんは考えながら右の手のひらを海に向ける。

 数刻待ったところで、水色さんはこう言ってのけた。

「視界に入っている範囲は全て操れるね」

 そういうと水色さんは試しに海から四角いブロックを取り出して見せた。

大体五十メートルプール程の大きさのブロックが一瞬上がった。

ブロックが切り取られた箇所はそのままで固定化されているところを見ると、ブロックと海全体の両方を同時に操っているのだろう。

これだけでも尋常ではないのだが僕と喜美は正直この程度では驚かなくなってしまっていた。慣れというものは怖い。

 その後、ゆっくりとブロックが海へと戻っていき、何もなかったかのように先ほどまでの海の様子が戻っていた。

「…………そうですか」

 想像していた中で――二番目に強力な答えだった。

 一番目が該当しているかどうかを、今から確定しにかかる。

「では――視界に入っていない範囲はどうですか?」

「というと?」

「例えば、逆側――日本海の水を、ここから操ることは可能ですか?」

「……ちょっと待ってくれ」

 水色さんは後ろを向いた。

僕と喜美には閑散とした街並みが遠くに見えるだけだ。

 けれどもその先に、日本海の水が確かに存在している。

 そこに向けて、水色さんは右の掌を向けた。

 僕と喜美には何がおこっているかなどわからない。

水色さんが動かしたと言えばそうなるし動かせないと言えばそうなる。

確かめる手段はないが、これまで水色さんは動かす前に可不可を判断していた。

そうであるならば、水色さんの結果報告はそのまま言質が取れたと思っても過言ではないだろう。

 そしてそれから僕らは水色さんの次の動きをずっと待っていた。

額から汗が出てきている。

これまでの検証で水色さんのこんな姿は見たことがなかった。総計五分程度待ったところで――水色さんは一つため息をつき、こう述べた。

「九郎君」

「どうでしたか」

「――正解だ。出来なかった」

 僕と喜美はお互い見合ってハイタッチをした。

喜美は心底安堵した表情を浮かべている。

ここにきて初めて、水色さんの能力の底が見えた。

「目に見える範囲の水しか操作できない! これが、初めて見えた、水色さんの能力の条件ですね!」

 喜美が嬉しそうに叫ぶ。

僕も合わせて「なんかよかったです水色さん!」と叫びそうになっていた。

得体のしれない超強力な能力の条件が一つでも見つかって良かった。

何だか少し何かに近づいたような気がする中嬉しがっていると――心苦しそうな水色さんが視界に入った。

「水色さん、どうかしましたか?」

「いや、うん、二人が喜んでいる中申し訳ないんだが……」

 悪い予感しかしない前ふりだった。

 それでも僕らは黙って聞くしかない。

 波の音と息を呑む音を聞いた後、水色さんは恐る恐るこう言った。

「倉庫にあるペットボトルの水は、動かせたんだ」

「「…………」」

 再び喜美と顔を見合わせた。

 喜美は悲し気な表情になってしまっていた……。

 恐らく僕も同じようなことになってしまっているだろう……。








●四日目 検証結果

 日本海の水は操れなかったが、倉庫の水は動かせた。

 その後も、例えば水色さんの家のお茶を操るということも出来たため――一度見たことがある水は遠隔でも操れるということが証明されてしまった。

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