絶叫セレナーデ ①
「君川さんと喧嘩したんだって?」
翌日の放課後、いつも通りに職員室で質問をしに行ったら、白野先生から第一声としてこの言葉が紡がれた。
「……誰から聞いたんですか」
「あり難いことに僕の元には相談にくる生徒が多いからね。それこそ九郎君の青山君なんかは代表例だよ」
「青山め……余計なことを……」
明日問い詰めてやらないといけないなと思いつつ、白野先生の視線を受ける。
「それで、何があったのさ。先生で良ければ話を聞くよ」
白野先生は朗らかな笑顔を僕に向けてくれている。
ただ純粋に、先生として――
大人として――耳を傾けてくれている、そんな気がした。
――昨日、僕と喜美は方針の違いでいがみ合った。
水色さんが間に入ってくれたおかげで事なきを得たが、根本的解決にはなっておらず、今日一日僕は喜美とあまり話が出来ないでいた。
唯一行った会話は、喜美から話しかけられたことから始まったこの一幕だけだ。
――「今日の生物の章末問題難しかったよね。白野先生に質問しに行った方が良いよ。私、先にお姉様と倉庫に行くから」
その言葉は、僕に遅れて合流しろと暗に言っているようなものだった。
確かに昨日は僕と水色さんが二人っきりの時間を過ごしたんだ。
フェアに行くのであればその提案をのむべきだろうと思い、詮索はせずに「ああ」とだけ呟いた次第た。
本当に生物の質問だけしてテキトーに時間をつぶして倉庫に向かうつもりだったのだが、白野先生に相談するのは確かに一つの手かもしれない。
水色さんの能力には一切触れずに、相談をすることにしよう。
「十余年一緒に過ごしている喜美と、何と言うか、方針が真っ向から対立することがありまして」
「何の方針だい?」
「そうですね……。リスクをとらないと成功しないことに対して、挑戦するかしないか、といったところでしょうか」
「うーむ、随分抽象的だねえ」
「曖昧な相談ですみません」
「いーや、大丈夫だよ。言葉にしがたい悩みでも解決に少しでも力を注ぐのが教師の役目ってものさ」
爽やかな表情でさらっとこういうことを言ってのけるから、白野先生はどの生徒からも人気なんだろうなと改めて思った。
少しだけ考えた後、白野先生は言葉を紡ぐ。
「先生の見立てだと、挑戦する派が君川さんで、挑戦しない派が九郎君かなと思うんだけれど、合っているかな」
「合っています」
「なるほど。そして二人のことだ……そのリスクっていうのは、君達二人以外の誰かが抱えなければならないものなんじゃないかな」
「……その通りです」
僕の説明で抜けている箇所を全て想像で補ってみせた。
たまらず「何でそこまでわかるんですか」と聞くと、白野先生は「先生だからね」と一言だけ返してくれた。
「それにしても、確かに難しい案件だねえ。君川さん的にはリスクを背負ってでもリターンを得られる見込みがあるし、彼女のことだ――そのリスクが結果として失敗にならないような算段もついているんだろう」
「そうなんです。ただ、いくら喜美が考えてもリスクが間違いなくゼロ%にならない以上は、挑戦すべきではないと思うんです」
「うん、それも一理あるね。九郎君の良い面が出ている考えと言える」
白野先生は両腕を組みながら満足げに頷いている。
「双方の意見が分かれた場合の着地点としては三つくらいしかない」
「三つ、ですか」
「そうだね。九郎君、わかるかい?」
「折衷案を導くか、どちらかの意見にもう一方が同意するか――」
「一つ目と二つ目は九郎君の言うとおりだ」
「三つ目は何ですか」
「折衷案とも全く違う、別方向からの解決策が提示されること」
「ああ、いわれてみると確かに……」
僕の浅はかな考えでは二つ目までしか考えられなかっただろう。
なるほど。
確かに、全く違う角度からの解決策もあるのかもしれないのか。
この考え方を教えてもらっただけでも白野先生に相談した甲斐があるというものだった。
「となったときに、君達二人が目指す方針を決めなければならない。九郎君と君川さん、そして先生が知らない第三者の全てが合意する方針だ」
「……難しいですね」
昨日の喜美とのやり取りを思い出す。
いつも尊敬していた喜美に真っ向から対立されたのは初めてだった。
あれほどまでに本気の喜美を納得させられる提案を僕は果たして出来るのだろうか。
「しかし、こう考えてみると面白いよね」
「何がですか?」
「九郎君と君川さんは確かに努力家という意味では似ているけれど、本質的な考え方は全くと言っていいほど違うんだよね。それでいて二人は十何年間も仲良く幼馴染で居続けることが出来ている。……多分、これまでは九郎君が君川さんの考えに寄り添ってきたんじゃないかなと思うんだけど、どうだろうか」
「……そうなのかも、しれないですね」
「真面目に堅実にコツコツ積み上げていくのが九郎君の良いところだ。そんな良いところをもつ九郎君は、リスクを背負って数段飛び越えていってしまう君川さんとどうして一緒にいるんだい?」
言われてみて確かに、僕と喜美の生き方は違うと改めて思った。
それでも僕らは、幼馴染としてずっと傍にいた。
それは家が隣通しだからでも幼馴染だからでもない――
「喜美が好きなように色々なことに挑戦していく姿が、輝かしいと思っていたから……」
ポロっと出たこの一言が、僕の本心なのだろうか。
「それが九郎君の本心だね」
白野先生は心を読んでいるのかと言わんばかりに先回りしてそう言った。
よくわからないけれど、白野先生もそう言うのならば、そういうことなのだろうか。
「なるほどねー。多分君川さん、かなり怒っていたんじゃない。もしくは動揺していたか」
「どちらかというと、怒っていました」
「それはそうだろうね。自分と全く違う生き方をしている九郎君がこれまでは自分についてきてくれていた。それは君川さんにとって自分の行動を肯定できるファクターだったはずだ」
「僕なんか、そんな大層なものではないですよ」
「いーや、これはあながち間違っていないと思うよ。そうじゃなきゃ、君川さんという才能の塊が、ずっと一緒に時間を過ごしてくれる筈がないじゃないか」
「……そう、なんでしょうか」
「間違いないよ。君達は、お互いがお互いを支え合って生きてきたんだ」
――ああ、やはり、白野先生に相談をして良かった。
正直なところ昨日の喧騒に対しての解決策はまだ出ていない。
それでも、解決につながりそうな――僕自身では気付けなかった部分を認識することが出来た。
「白野先生、ありがとうございます」
「解決しそうかい?」
「いえ、まだ全然」
「正直だね!」
「でも、解決に導くために――三人で話し合ってみようと思います」
白野先生は僕の発言を聞いて、「事後報告、楽しみにしているよ」とだけ告げた。
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