ライラ ②
「天候を操ることが出来る!」
倉庫にて合流した喜美にありのままを伝えたら鼻と鼻がぶつかりそうな位置まで近づいてきた。流石の喜美でも信じられない所業なのだろう。目を見開き驚愕を露わにしている。
「だからいきなり晴れたのね……どこぞの映画みたい……」
「晴れさせるだけじゃなくて雲を作り出すことも出来るから、あの映画の主人公よりもすさまじい能力だ」
「それで? お姉様の体調に変化はない? 水を操作するだけならまだしも天候を操作したんだから少しは体に影響が出てるんじゃ」
「一切合切変化なし」
「…………」
ここで喜美は、考え込む体勢に入った。右手の人差し指を折り曲げて、側面を唇に付けている。動画のネタに関して何かを思いついて考えをまとめる際には毎回このポーズをする。ルーティーンに近いのだろう。
数刻待った後、喜美は水色さんに一気に近づいて、両手をとった。
「お姉様! 能力使って、世間にアピールしましょう!」
「「へ?」」
奇しくも僕と水色さんの声が重なった。
水色さんと視線が合ったがやはり戸惑っているように見えた。
それもその筈だ。
能力はばれたくない。
その大前提の元で僕らは昨日今日と超能力の検証をしてきた。
始まって二日目の軌道転換はいくらなんでも早すぎる。
「喜美ちゃん、私の能力を悪用しないっていう約束していたよね」
「していました!」
「その約束を早速反故にするのは、いささかどうかと思うのだが」
「あ、お姉様、もしかして何か勘違いをされていませんか?」
「勘違い?」
「私は、私のためにお姉様の能力を使ってほしいんじゃないんです。お姉様の夢を叶えるために使ってほしいんです!」
喜美は満面の笑みで水色さんにそう告げる。
「ただ単純に水を操る程度の能力であれば、使ったら世間にばれてしまうから使ってほしくなかったんです。でも天候を操れるとなったら話は別です。お姉様は、世間にばれることなく超能力を活用できるし、超能力でお姉様に付加価値を与えることが出来ます」
「例えば何だ?」
僕は二人の会話に無理矢理入り込んだ。
僕らの関係性が根本から揺らいでしまう重要な局面だと思った。
喜美はニコリと笑いながら僕に近づき、こう言う。
「例えば、こんなキャッチフレーズはどう? 『彼女の歌はいつでも晴れにするほど魅力的だ!』」
「安直だ。それにばれるだろう」
「ばれないよー。晴れ女として祭り上げられることはあるにせよ、お姉様に超能力があるなんて世迷言、誰も信じない」
「そんな小細工しなくても、水色さんの歌声と外見があれば人気に火が付くのは明白だろう」
「小細工どころか大細工でしょう」
喜美は盛大に言ってのける。
「この大細工をもってして、お姉様の人気をより確実にするの。いわば個性よ! 単に歌が上手いだけじゃなくて、晴れ女という個性があれば話題にしやすいでしょう! そうすればきっとお姉さまの魅力が全世界に伝わ――」
「僕は反対だ」
喜美の言葉を断ち切る勢いで言い切った。
視界の端に映る水色さんが不安げな表情で僕と喜美のやり取りを見ている。
水色さんに心配をさせないためにも今すぐ答えを出さないと。
「少しでも……ほんの一パーセントでも能力バレの危険性が高まるのならば、使わない方が良い。水色さんは水色さん自身の魅力で勝負してほしいっていう気持ちもある」
「超能力もお姉様の魅力だよね?」
喜美は最早笑っていなかった。
これは、完全に、僕と敵対する気だ。
こんな喜美の表情、今まで見たことが無い。
「歌手として有名になる。これがお姉様の夢なの。この夢が一秒でも早く――一秒でも長く叶うのならば、私は何だってするし何だってしたい。そのための一提案に過ぎないけれど、この提案は譲れない」
「でも、能力がばれたらどうなるか……」
「ばれないように今検証しているんでしょう?」
「そうだが、万が一ということもある。万が一が少しでも多く発生する危険性が高まるのならば、了承できない」
「あー、もう、昔っからそうだよねー、九郎ってさ」
大きなため息をついて喜美は呆れてしまっている。
「大きなことに挑戦はしないで真面目に堅実に生きる。危ない橋は文字通り危ないから渡らない。そんな生活、楽しいの」
「良いんだよ、僕はこれで」
「……確かに、昔色々あったのは知ってるよ。理解も出来る。でも、少しは挑戦しないとさ、何にも成功しないよ」
「挑戦したらリスクが生じるだろう!」
思わず語気を荒くしてしまった。
喜美が昔のことを引き合いに出してくるのは久しぶりだったので動揺してしまったというところもある。
けれども僕は、喜美を怯えさせるつもりはなかったんだ。
喜美はびくっと反応した後、「言い過ぎた。ごめん」と言ってきた。それに対して僕も「ごめん」と呟き、一度クールダウンする。
喧嘩に近いテンションでやり取りしてしまった。
お互いにうつむいたまま次の言葉を紡ぐことが出来ない。何を話せばよいかわからないところで――突然、良い匂いと柔らかい体に包まれた。
水色さんが、僕と喜美に一緒に抱き着いていた。
「君達二人が、私のことを真摯に考えてくれるのは、先輩冥利に尽きるよ。本当にありがとう」
「「…………ッ!」」
幸せの絶頂でしかなかった。
左隣に喜美がいなければもっと良かったと思うけれども、そんなことはどうでも良くなるほどの甘美な瞬間だった。
こんな幸せ、あって良いのか。
「み、みみみみ水色さん、そんな、良いですよ、僕と喜美がいがみ合っていたのが悪かったんですから」
「私のことを思ってくれてのことだろう? それに対して感謝の意を示さないでどうする」
「でも……」
「後生だ。私に君達を抱きしめさせてくれ」
ああ。
ズルい。
ズルすぎる。
先ほどまでのいざこざが嘘のようだ。
あれほどまで激しい言い合いをしたのは長い付き合いの中で初めてくらいのものだったのに、全てを上書きしてしまった。
与えられたのは、やはり僕は水色さんのために頑張りたいという一心だった。
「……おね……おねえさ……お、おね」
先ほどまで全力で喧嘩をしていた相方はたった五文字も言えずに快楽に浸ってしまっている。これ以上この時間が続くと幼馴染の見たくない姿が露わになってしまいそうで嫌だった。
「しかしどうしよう。君達二人の言うことはそれぞれ一理ある。私はどちらを選択するべきだろうか」
僕と喜美を抱きしめながら唐突に水色さんは真面目なモードに入る。
このままの状態で普通に話すのはやめてほしい。
いやだって、ほら、吐息が耳とか首元にかかって何と言うか何とも言えない状態に入ってしまっている。
「……ッ……ッ!」
喜美はもう一言も発せない体になってしまった。
恐るべし、水色さん。
もうここは僕が反応するしかないのだろう。
喜美と同じく余裕は全くないのだが、ほんの少しだけ残っている正気を振り絞って話を進めることにする。
「ぼ、僕も喜美も、水色さんの意向に沿います。水色さんが決めきれないのであれば、この問題は一旦保留にして、検証を続けましょう。いつか答えを出していただきましたら、僕ら二人はそれに従います」
「そんなに尽くしてもらって良いのかい。私は何も返せないよ」
「何を言ってるんですか。今この瞬間も返してもらっていますよ」
「……こうか?」
水色さんは少しだけ力を入れて僕らを抱きしめた。
その微妙な力加減が僕らを思ってくれているとわかり、より激しく興奮のるつぼに入ってしまう。
何故かわからないが鳥肌が全身を伝ってしまう。
駄目だ、これ以上は僕でも駄目だ。
今すぐにでも水色さんから離れないと取り返しのつかないことになる。
「水色さん、ありがとうございます! 今後とも何卒よろしくお願いいたします!」
「ああ。よろしく頼むよ」
サラリーマンの一日にありそうなセリフのやり取りをして、ようやく僕と喜美は水色さんから解放された。
抱きしめられている間は一刻も早く離れないといけないと思っていた。
しかしいざこうして離れてしまうと――もう一度求めてしまいそうになるのが悲しいかな人間の醜い性というものなのだろう。
左から、バタリと倒れこむ音が聞こえた。
「喜美ちゃん大丈夫かい!」水色さんが血相を変えて飛びつくのも申し訳ない。
「大丈夫ですよ」
「いやだって、気絶して」
「大丈夫です」
確かに君は気絶していたが、表情は最早快楽の極みを感じているものになっており、痙攣も時々発生していた。
口元からは「おね、おねえ、おね」と単語に一向に結びつかない声が発せられる。
ただ単に気持ちよくなっているだけだった。
●二日目、検証結果
オートで雨水をはじくことが出来る。
その延長で、天候を自由に操れる規模であることが発覚した。
そして、僕と喜美の意見が初めて対立した。
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