Lovers ②

 ここまで話したところで、水色さんの能力を早速拝見したい僕の意見は二人の女性の意見によって断られた。

「今日の動画撮影終わってないから駄目」

 まず一人目は喜美だった。先ほどまで水色さんにメロメロになっていたとは思えないほど真剣な表情で断言してきた。

 それを聞いた水色さんはというと、いきなり真剣な流れになった喜美にかなり驚いたらしい。おろおろしながら僕の方に視線を向けてくる。その様子が非常に愛らしくずっと見ていたかったが――その気持ちは置いて、喜美へと向かい合った。

 まあ、普段の喜美を思い返すと納得しか出来ない。

「毎日投稿しなければいけないって毎日言ってるもんな」

「お姉様、九郎、ほんとごめんなさい。これだけは譲れないの」

「『毎日投稿しなければ視聴者が離れてしまう』――。何度も言われてきたから理解できているよ。元々動画投稿のネタ探しで同行していた訳だしな」

「九郎ほんとありがとう。お姉様、ごめんなさい、今日複数本の動画を撮影するので、明日からでも良いでしょうか」

「私は問題ないさ。元々君達にはお世話になる身だしね」

「ありがとうございます!」

 そう言って喜美は水色さんの左手をとって両手で握っていた。

その後感謝の言葉を繰り返しながらずっと水色さんの手を握っている。

ハアハアというどうみても興奮している息遣いすら喜美から漏れ出し始めている。おいやめろ。羨ましいけど水色さんの表情ひきつっているだろうが。

「水色さんはこの後お時間あるんですか?」

 喜美の手を無理矢理引きはがしながら世間話ついでに聞いてみる。

 すると、水色さんは、「あ、そういえば」と何かを思いだしたようだった。

「ごめん。私もこのあと時間無いんだった」

「お姉様もですか。奇遇ですね、私もです!」

「喜美、その奇遇が重なったとしても何も起きないと思うぞ」

「九郎、黙ってて」

 言葉だけでなく視線も含めて凄まじいほどの鋭さだった。

 先ほどまで支え合っていたにも関わらずこの態度である。

「まあまあ喜美ちゃん、落ち着いてくれ」

「はぁい」

 水色さんに何かを言われたらすぐに蕩ける喜美だった。

 阿修羅ばりの表情変化に言及をしたくて仕方が無かったが、ため息を一つ吐く程度にとどめて、水色さんに言葉をかける。

「何をされる予定だったんですか?」

「いやー、恥ずかしながら、この後最寄り駅で路上ライブをしようと思っていたんだよ」

「「路上ライブ!」」

 僕と喜美の言葉が重なってしまうくらいの衝撃だった。

 しかし言われてみれば納得だ。

 河原で歌っていたのは、路上ライブへのリハーサルみたいなものだったのだろう。

「確かに、歌声綺麗でしたもんね」

「そんな大したものじゃないよ。箸にも棒にも掛からない一般女子高生さ」

 水色さんは謙遜していたが、素人目でもかなり綺麗な歌声だったように思える。

それほど歌に詳しいわけではないが、僕みたいな素人を魅了するレベルであれば一般大衆にも受けが良いのではないだろうか。

 喜美にも意見を求めてみようと思い隣を見ると――いつの間にかバッグからノートを取り出していた。

 そのノートは喜美のネタ帳兼企画書集であり、何かを思いついたらすぐにそのノートにメモをすることが喜美の癖だった。

 そして、このタイミングでノートにメモをしはじめるということは、喜美も僕の意見に同意なのだろう。

 ――以前喜美が撮影したクレープ屋のことを思い出す。

 あのクレープ屋は立地が悪くそれほど人気ではなかったが、喜美が動画投稿した途端人気店に早変わりした。

 お世辞にも、僕らが住んでいるこの地域は都会とは言えない。県庁所在地の名を冠しては居るが、その名を同じく冠している駅に行くには電車で一時間かかるのに対し、隣の田舎の市に行くには徒歩五分で行ける。

 だからこそ、水色さんの魅力が広まらない。


「お姉様、一つ提案しても良いですか」


 企画がまとまったのだろう。

 喜美は改めて、水色さんに向かい合った。

「私にお姉様をプロデュースさせていただけませんか」

「え、なんだい急に。そんな気遣いしなくて良いよ」

「気遣いではありません。お姉様の歌声、もっと世間に知らしめるべきです」

「私の歌を撮影した動画なんて、誰も観ないよ」

「そんなことありません。少なくともここに二人、お姉様の歌に魅了されたファンが居ます」

 喜美が絶対の自信をもって断言するため、水色さんも徐々に喜美の言葉に耳を貸すようになっている。

「……夢をみても良いのかな」

「誰しもがその権利を持ち合わせて生まれてきます」

「……・私さ、恥ずかしながら、将来の夢っていうのがあるんだよ」

「何も恥ずかしいことなんてありません。私も九郎もあります」

「改めて言うけれど……プロの歌手になりたいんだよね」

 もじもじと話す水色さんに対して、喜美は体をぐっと乗り出した。

「水色さんなら絶対なれます」

「路上ライブしても誰も耳を傾けてくれないレベルだよ」

「現状のこの田舎の路上ライブでは効果が無いだけです。大丈夫です、観客を増やせば、絶対に水色さんの魅力に気付いてもらえます」

 喜美はスマホを取り出して、フォロワー数を見せた。

 その圧倒的な数をみて水色さんは目を見張っていた。

 喜美は得意げな表情を見せながら――こう続けた。

「私は複数本の動画を撮りたい。お姉様は歌手として有名になりたい。さあ、どうでしょう。私たち、WinWinな関係になれないでしょうか」

 水色さんは大きく頷き、僕らは最寄り駅へと向かった。

 観客はやはり僕ら二人だけだった。

水色さんはギターも何も持たずに、小型のスピーカーから流れるBGMにかぶせて歌う形だったため、目にあまりとまることはなかったんだろう。

 計三十分の路上ライブと、水色さんへのインタビューや動画の入りなど撮影し、その日はお開きとなった。動画を編集してその日に投稿したところ、十万の視聴回数をあっという間に突破していた。



 *



 水色さんの夢への一歩と喜美の動画本数不足解消が達成された翌日。

 やるべきことは、一つしかなかった。

「水色さんの能力検証、始めましょう」

 水色さんと喜美と僕が今居るのは、長らく所有者が居ない倉庫だった。

学校の体育館ほどの大きさを有している。

田舎の端に位置しているため誰も寄りつかず、何度かここで喜美と動画撮影を行ったが誰にも観られることなく完遂している。

 ここならば、水色さんが能力を使っても誰にもばれることはない。

念のため周囲に監視カメラも設置して、喜美のパソコン上で監視している状態だ。

そして、倉庫には――一リットルのペットボトルが五十本置かれている。

倉庫の天井からみたときに、縦五本、横十本で置いてみた。

「九郎君! こんなにいっぱい水を用意してくれてありがとう!」

「お安い御用です。喜美から提案された通り、コンビニで十本買うという、自転車で往復三十分かかる行為を五回繰り返しただけですから」

「想像以上に労力がかかっていたね! いつ準備してくれたんだい」

「昨日の夜に、少々です」

「……本当にありがとう、無駄にはしないよ」

 水色さんの慈愛に満ちた一言だけで、寝不足も疲れも、あっという間になくなるというものだった。

 充足感に浸りながら、言葉を紡ぐ。

「喜美、周囲には誰も居ないか?」

「大丈夫―」

「了解だ。それでは水色さん――ひとまず今日は、どれほどの量の水を、どれほど精密に動かせるかを検証しましょう」

「わかった」

 ――じゃあまずは十本から始めましょうか?

 ――ペットボトルから水を出した方が良いですか?

 僕はこの二つの問いをこの直後に水色さんへ伝えるつもりだった。

 けれども、僕が口を開きかけた刹那――水色さんの両手はペットボトルに向けられていた。

五十本のペットボトルは、縦五本横十本に並べられた状態のまま宙に浮いていた。

「…………マジデスカ」

 水色さんを見ると、汗一滴足りとも垂らさずに両手をペットボトルに向けている。

 一リットル×五十=五十リットル。

 つまりは五十キロ程度であれば、水色さんは余裕で持ち上げられるのか。

「九郎君、これはどこまで上げれば良いかな」

「ちなみにどこまで上げられそうですか」

「成層圏くらいはいけるが、天井があるからひとまずそこまでだな」

「……じゃ、じゃあ、五十本のペットボトルをどれだけ精密に動かせるかを見てみたいです」

「わかった」

 水色さんは一度頷くと、ペットボトルを倉庫の天井まで一瞬で上がり――縦五横十に並べられていた状態から一瞬で大きな『丸』を形作った。

その後『×』『□』『△』『☆』などなどすぐに思いつくような形を一通り作った後、唐突に思いついたのだろう――数字の『1』から『9』までを一秒ごとに作り出して見せた。ペットボトルの動きを目で追えない。いつの間にか数字が形作られている。

「九郎、これ……」

「ああ……」

 何事にも恐れることなく猪突猛進な喜美でさえ不安な表情をしている。

 水色さんの能力は、どこからどうみても最強の部類だった。

 能力バトル作品であれば間違いなく他を圧倒できる部類の強さだろう。

 例えば水が入ったペットボトルをこのスピードで敵の頭にぶつけるだけで勝利が確定する。

 操作の精密さと速度だけでも恐ろしいのに――操作できる量と範囲は今用意した条件以上というのだから恐ろしい。

「九郎君、次は何をすれば良い?」

「あ、いや、そうですね……」

 正直現時点で末恐ろしい能力だった。水色さんがあっけらかんとしているところも拍車をかけていた。これだけ操って全く負担が無いということになるからな。この規模の能力をノーリスクで出せるってどういうことなんだ本当に。

「水色さん、これまでで五十リットル以上の水を動かしたことはありますか?」

「ああ。河原で試していたからな」

「河原で試していた……って、どういうことですか?」

「河原の水、一度一気に上げたことがあるよ。すぐに戻したが」

 全身の汗腺から嫌な汁が吹き出し始めた。

 体の震えが止まらない。

 人差し指でメガネを抑えて落ち着こうとするがメガネも人差し指も震えているためままならなかった。

「そ、その時は、体に疲れを、感じられましたか」

「能力を使うと疲れを感じるものなのかい?」

 ここまできてノーリスクなのか、この能力!

 これは、駄目だ。

 ここまでの規模の能力だとは思わなかった。

精々水の玉を数個ゆっくり自在に操れる程度の優雅な能力だと思っていた。

 考えが甘かった。

能力の保持者が水色さんだから良かった。少しでも悪意を持っている人間がこの能力を持っていたら何が起こっていたかわからない。というか、何でこんなにぽんぽんと水を操れるんだ。僕でも動かせるのか。試しに両手を出してみたけれどやはり無理だったそれはそうだろうなぁアッハッハ。

「九郎君、喜美ちゃん、大丈夫かい。表情が優れないようだが」

 水色さんが心配してくれるのは天上の喜びではあったのだが、僕も喜美も素直に立ち直れるほど心が強くなかった。その結果、喜美は「なん、とか」――僕は「大丈夫で、す」と――答える他なかった。

「それで、私は次、どうすれば良い」

「水色さん、あなた、これ以上何か出来るんですか」

「言われれば、何でも」

 もうここまで調査を終わりたかった。喜美も泣きそうな表情で水色さんを眺めている。僕も心底そうしたかったが、提案したのは僕だった故、僕が次の会話を紡ぐしかないのだろう。

「そうですね……」

 とはいったものの、次に何を検証するのかと聞かれたら応用性の話になるのだろう。

 以前、粘性を付与した水の壁を作り出していた。

 ということは、水の性質をいじることが出来るという訳だ。

「流石にこの水を、氷にしたりは出来ないですよね?」

「わかった」

 何の躊躇も逡巡もなく、水色さんから簡素な返答が述べられる。

 瞬間――天井近くに『9』の形で浮いていたペットボトルが縦五横十の並びに戻った後、地面に置かれた。

「……へ?」「まさか」

「わかりづらくてすまない、氷にしたぞ」

 僕と喜美が一目散にペットボトルに駆け寄って触ってみる。

 冷たい。

 昨日の深夜にコンビニで買ってきた水は思えないほど冷たかった。

「け、形質変化まで、自由なんですね」

「そうだな。水蒸気にすることもできるぞ。――ペットボトルから手を離してくれ」

 水色さんの指示通りに僕と喜美がした瞬間だった。

 ペットボトルの中から、氷が消えた。

 水を飛び越えて、水蒸気にしたということなのか。

 そんなことが出来て良いのか。

「す、水蒸気から水にすることは?」

「わかった」

 ペットボトルに、水が、戻った。

 ペットボトルにと改めて触ったらほんのり熱さを感じた。

 氷で冷えてはいたものの水蒸気にした瞬間の熱さが残っていたということだろう。

 ――これを聞いてよいものなのかはわからない。

 ――それでも、聞いてみるしかないと思った。

「ペットボトルの水を自由に操れるなら、人体を巡る血液を操れるんですか」

「わかった」

 いつも返答は端的なんだ。

 それでも、結果は、尋常じゃないものになる。

 水色さんは手を何も動かすことなく、宙に浮いてみせた。

 不純物が混ざっている河原や、プラスチックの中に保存されている水を自由に操れる時点で問題なかったのだろう。

 人体の七割は水で出来ている。

 つまり、水色さんは人体の七割を自由に操れるということになる。

 これまで検証したとおりの動きを、人体でも行なえる。

 こんな検証結果、どう受け止めれば良いんだ。

 僕は思わず膝をついてしまった。

 何をどうすればこんな能力を相手にすれば良いのかわからない。

 最早何でもできるだろう。

「水色さんは、何故、この能力で何かをしようと思わなかったんですか」

 思ったことをそのまま聞いてしまった。

 冷汗が止まらない。

 この能力の持ち主である水色さんの真意が聞きたかった。

 水色さんは僕の意に反して、しれっと――こう言った。


「私の夢は歌手になることだからな。この能力、使い道無いだろう」


 二の句を継ぐことが出来なかった。

 夢実現に向けては使えない能力だから、使わない。

 そう言い返されたとき、ふと考えたのは、こんな問いかけだった。

 ――『僕が水色さんの能力を手に入れたらどうするのか』。

 僕の夢は、大好きな勉強を積み重ねて母親に楽をさせることだった。

 こんな能力で叶えるのではなく、勉強を経由しないと意味が無い夢だ。

 そう考えると、確かに水色さんの言うことには納得がいった。

 喜美の方を見ると、同じく僕を見ながら満足げにうなずいていた。

「……だから、君達と一緒に検証したいと思ったんだ」

 水色さんが、頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうにこう言った。

 その姿があまりにも愛おしくて、僕と喜美は勢いに任せて水色さんに抱き着いた。


 

●一日目、検証結果

 想像以上にとんでもない能力であることが判明した。

 だが、水色さんが能力の持ち主である限り、何の問題もないことも判明した。

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