Lovers ①

「私の名前は柳水色(やなぎみずいろ)だ。先ほど見られた通り、水を自由に操ることが出来る」

 そう言いながら彼女――水色さんは、カフェにて出されたコーヒーにぐるぐると渦巻きを作っていた。人差し指をコーヒーの上でくるくると回すだけでコーヒーに渦巻きが出来る。その光景も衝撃的ではあるが、渦巻きを見る水色さんが笑顔だったことがより印象的だった。

「可愛すぎるよね?」

喜美が真顔で呟く。

「可愛いと綺麗が同居している」

僕も真顔だった。

「いや、二人とも……コーヒーが渦巻いているんだぞ……私の顔なんて見ずにこっちを見た方が余程建設的だろうに……」

 水色さんは引きつった笑顔を浮かべながらも若干顔を赤らめていた。

 僕と喜美の声が滞りなく届いていたのだろう。

 恐らく水色さんは自身の容姿を褒められ慣れていないんだ。

 そんなところもたまらなく魅力的で、僕と喜美は「「ぐぅっ!」」とうめいた。

「何なんだその反応は!」

「水色さんが可愛すぎてですね」

「尊いというしかないんですよ本当に」

「自分で言うのもあれなんだが、水を操ることに注意してほしいものだな」

 一般人が水を操っていたらそうなのだろうが、いかんせん水色さんだから仕方のないことだと思う。

喜美はというと「謙遜するお姉様も可愛すぎますー」とピンク色の声を漏れ出している。青山君辺りがこんな喜美の姿を見たら発狂してしまうんだろうなと思うと同時に、お姉様って本当に言う人がいるんだなと逆に感心した。

 とは思いつつ、水色さんが折角時間を作ってくれているのに、相対する二人が二人とも首ったけでは話が進まない。

 ここは僕が進行役になるしかないと決意し、真っ先に聞きたいことを聞くことにした。

「ご趣味は何ですか?」

「ここまでの流れでそれを聞くのはおかしくないか!」

「あ、私も聞きたいーお姉様の趣味聞きたいー」

「誰も助け船を出してくれない空間!」

 水色さんは頭を抱えながら叫び続けるも、「歌うことかな! 歌手になりたいからね!」とすんなり答えてくれるところがこれまた素晴らしかった。

「というか、君たち二人が私の特技をばらさないかどうかがかなり重要なんだが、そのあたりは信用しても良いのかな」

「そこは大丈夫です」

 寸分の迷いもなく即答した。

 水色さんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに真面目な表情に戻り、僕の話を聞いてくれる。

「僕が水色さんの能力をばらしたら、水色さんは僕のことを嫌いになりますよね」

「嫌いになるというか、なんか人体実験をされまくって恐らく君達には二度と会えなくなるんじゃないかな」

「「絶対にばらしません」」

「……ハモるのか……無茶苦茶仲が良いな君たちは」

 ほっこりした笑顔で水色さんが僕と喜美に向けて言う。

 その笑顔に吸い込まれそうになるが、それはそれとして喜美との関係性を誤解してほしくはなかった。

 そしてそれは喜美も同じらしい。

「お姉様、何を言っているんですか。私が純粋に性的に仲良くなりたいのはお姉様だけです」

「今、性的にって言ったかい!」

「水色さん、何を言っているんですか。僕が純粋に……はい、そうですね、仲良く、はい、水色さんだけです」

「言いよどむのも微妙じゃないかなと思うんだよ私はね!」

 水色さんがやれやれという表情をしながらコーヒーを一口飲んでいる。

何をしても絵になる人だなと思いながら、このままでは本気で話が進まないと思ったため頑張って正気に戻ろうと思う。

傍らの幼馴染は「そのコーヒーと私のコーヒーを交換しませんか?」とのたうち回っているので、対比で水色さんに気に言って貰えるかもしれないし。

「水色さん、本題に入っても良いですか?」

「おお、ありがとう、その一言が聞きたかったんだよ」

 水色さんは嬉しそうに笑顔になる。またしても脱線しそうになる自分に戒めを込めた後、落ち着かせながら話を続ける。

「ごフゥッ、あの、何故水を操れるんですか?」

「いやいやいやいや大丈夫かい九郎君! 何故ボディーブローを自ら繰り出したんだ!」

「少し吐き気がするくらいなので大丈夫です」

「それは大丈夫なのか!」

 僕の腹部をちらちらと見て心配してくれながら、水色さんはこう述べた。

「私にもよくわからないんだ」

「わからないんですか? どうやって能力に気付いたんですか」

「本当に偶然だったんだ。小さい頃、魔法使いが主題のアニメが放送されていて色んなものを遠くから動かしていた。その番組が好きでねえ……倣って色々動かそうと空想していたら、水だけ本当に思い通りに動いてしまった次第だよ」

「成程……」

 小さい頃、僕もアニメを観て空想に浸ることはあった

妄想と言ってしまっても良いかもしれない。

物語の世界の住人に憧れて色々やってみるが現実世界からは逃れることは出来ない――こうして現実を知って成長していく流れがよくあるパターンだ。

――ここまで話したところで、ようやく青山と白野先生との会話を思い出した。

この町に伝わる伝承。

数百年に一度移り変わる超能力。

単なるうわさ話に過ぎないと思っていた。

けれども、実際に目の前で証明されてしまった。

噂は噂ではなく、事実だったのだと。

事実が露見する前に、知り合いの内二人に存在を知られてしまっているんだ。本当に誰にも公言出来ないなと確信に繋がった。

でも、ふと、こんなことを思う。

小さい頃――世界の不穏な噂とやらにも弄ばれることが無い時期に――自身に眠る超能力とやらを知ってしまったら、誰かに言いふらしたくならないだろうか。

この辺りの話をしたいと思った。

「沢山使って周りに言いふらしたいという気持ちにならなかったんですか」

「なったさ。見せびらかそうと思ってまず両親に披露したよ。そうしたら両親は目の色を変えてこう言ったんだ。『凄いけどこれは絶対に他の人に見せたら駄目』とな。その教えを忠実に守ってこの歳まで生きてきた訳なんだが……今日は、そうだな、不覚だった……」

 水色さんは頭をおさえている。

 確かに、僕と喜美が水色さんを見付けた河原は普段人通りが少ない場所だ。

まさかあんな場所のあんな時間帯にわざわざ近づいてくる人物など想定外だろう。

 それこそ、僕だって本来ならば近づく予定はなかった。

 僕を河原に誘った張本人――喜美はしゅんとしている。

「お姉様、ごめんなさい。私が河原に行かなければこんなことには……」

「喜美ちゃん、良いんだよ。油断していた私が悪いんだ」

「でも!」

「良いんだ。能力がばれたのが君達二人で良かった。会ったばかりではあるが、君達なら私の能力について公言しないと信頼できるよ」

「お姉様……」

「水色さん……!」

 感極まってしまっていた。

 僕はともかく、喜美の見立てが狂うことなどあり得ないと思っていたが、やはりというかなんというか、水色さんは気立ての良い優しい人だった。

 こんなの、ぞっこんラブにならざるを得ない。

 古臭い言い回しだと言われても構わない。

 水色さんへの愛情を表現できる言語であれば何だって使ってやる。

「では、水色さん。これだけ聞かせてください」

 咳払いを一つして、僕は意識を改めて定める。

 これからの行動を決める上で、大事な質問を、今からしよう――

「この能力で、何かしたいという欲求はありますか」

「……というと?」

 水色さんが怪訝な表情をしている様子を見ながら続ける。

「僕はですね、水色さんの能力がどんなことが出来るのかを知っておきたいと思うんです」 

「――私の能力を、何かに利用したいのか」

 一気に水色さんの視線に敵意が混じった。

 柔和だった狐目が鋭さしか持たない。

そんな表情も綺麗だなあと思いながら、僕は尚も水色さんに向かい合っている。

喜美はというと「何言ってんの九郎! お姉さまに謝って!」と震えているように見えるが、表情はというと恍惚の二文字でしか言い表せなかった。

口の端からよだれを垂れ流している。

僕の幼馴染はM気質まで持ち合わせているのかと若干引きながら、喜美を気にせず――水色さんの敵意も気にせず考えを述べる。

「勘違いしないでください。僕は水色さんの能力を悪用して何かを成し遂げようなんてこれっぽっちも思っていません」

「本当かい?」

「僕の夢は、良い大学に入って良い会社に入って母を楽させることなんです。そのために必死に勉強をしています。それが一番の近道且つ一番自分に合っていると信じています。水色さんの能力を悪用するなんて、絶対に嫌です」

「私の能力を利用すれば、お金なんて簡単に手に入るよ」

「間違いないです。でも、そんな生き方は、僕自身が許せません」

「…………わかった。信じよう」

 水色さんは敵意を解き、再び柔和な表情に戻った。先ほどの鋭い目つきも確かに綺麗ではあったが、やはり水色さんはこっちの方が魅力的だなと思う。

「九郎君のことは信じた。念のために聞くけど、喜美ちゃんは大丈夫だよね」

「大丈夫です! 私、動画投稿者として既に高校大学の学費くらいなら余裕で支払えるくらい稼いでいるので、お金に興味ありません!」

「動画投稿者ね。私の能力を撮影して投稿すれば、それこそ稼げるんじゃないかな」

「――お姉様、それは非常につまらない動画です」

 これまで恍惚に身を委ねていた喜美が、真剣な眼差しを水色さんに向けた。

「つまらない? 普通の人が観たら興味を惹く動画になると思うが」

「視聴者ではなく、私がつまらないんです。何故ならその動画はお姉様の能力の魅力しかなく、私の考えが一ミリも入る余地が無いからです。そんな、誰でも撮れるような動画を、私は一秒たりとも撮りたくないです! 私は! 私の企画で、全人類が面白いと思うものを作りたい!」

「……なるほど。やはり私の勘は当たっていたようだ」

 水色さんは、僕と喜美を完全に信用したようだった。

 その言葉を聞いて、僕と喜美は視線を合わせる。

 ――喜美とは昔から一緒に過ごしてきたのに、生き方も学校での立ち位置もかなり違うものになってしまった。

だが、考え方は一緒だったことに――水色さんだけでなく僕も安心していた。

どうやら喜美も同様で、僕の方を見て「えへへ、何か嬉しいね」とはにかんでいる。

僕は真顔のまま、「そうだな」と呟いた。

「では、聞かせてもらおうか」

 水色さんが姿勢を正して僕に向き合う。

「九郎君は、何をもってして、さっきのような質問をしたんだい」

 真剣なまなざしの中に、興味という感情も入っているように見える。

 水色さんの気持ちが痛いほどわかった。

これまでひた隠しにしてきた能力に関して、両親以外で初めて話せるんだ。

興味が出てきてもおかしくない。

 その期待に応えるべく、端的に話すことにした。

「結論から言います。僕は、水色さんの能力の危険性を、水色さん自身が把握しておいた方が良いと思うんです」

「危険性ってどういうことなんだい?」

「水色さんの能力は、もしかしたらこの町に古くからある伝承によるものかもしれません」

「な、なんだいそれ」

 良くも悪くも――水色さんだけが驚いていた。

 喜美は僕程度が知っているうわさ話などとうに知っていたのだろう。

喜美に視線をちらりと向けると真剣な表情で「一回動画で取り上げたことあるの」と言い僕の言葉を待っている。

頼りがいしかないなと思いながら――その動画は水色さんの能力バレに繋がるから削除してもらうようお願いしようと思いながら――青山と白野先生から教えてもらった事柄を水色さんに話した。

「伝承……そんなものが……」

「あまり信じていなかったのですが、こうして目の当たりにしてしまうと信じざるを得ません」

 水色さんは両手をクロスしながら両肩に手を回していた。自分でも持て余していた能力の所以がはっきりしてしまったことで不安があおられてしまったのだろう。

 それでも、言うべきことは言わないといけない。

 意を決して、言葉を紡ぐ。

「直近で言うと、この伝承の存在自体は水色さんに影響を及ぼしません。それよりも何よりも、伝承という『噂』が残っているせいで、水色さんの能力を欲している者――利用しようとする者が出てくるかもしれないということが、大きな問題です」

「九郎、ちょっと、言い過ぎ」

 喜美が諌めてくれる。

 有り難いと思いながらも、言うべきことは言わなければならない。

「水色さんは自分の能力を使ったことはそれほどないんですよね。それこそ、言い方は悪いですが、河原で水遊びをする程度かと」

「そう、だな。使うとしたらあの河原で綺麗な風景を作り出すくらいだ」

 『綺麗な風景を作り出す』――

――良い表現を的確に繰り出してくるなあと身悶えしそうになるのを必死にこらえながら、水色さんに述べる。

「となるとですね、水色さんは今持っている能力がどんなものなのかがわからないんです。ナイフ程度なのか、銃程度なのか――はたまた、爆弾程度なのか」

「ば、爆弾って、そんな大げさな」

「『水を操る』。――能力とやらを一言でまとめてはいけません。例えば僕たちが住むこの県全体の住人の体内の水を操って殺傷できるのであれば、それは爆弾どころではなく――核爆弾規模の威力になり得ます」

「そ、そうか……そう言われると確かに、怖くなってきた……」

 水色さんは身を縮こませていた。ご両親は水色さんに「能力を隠すように」という話しかしたことがなかったのだろう。それはそれで正しいのだが、僕はそれだけではいけないと思う。

「水色さんの超能力を悪用しようとする輩を撃退するために――万が一捕まってしまった時のために―、どのように制御すれば誰にも悪影響を与えないように出来るのかを知るために――水色さんは、水色さんの能力の全容を知る必要が有ると思います」

 喜美を見ると、真剣な表情で頷いた後、水色さんに向かい合った。

「お姉様。私も九郎と同じ意見です。お姉様の能力が暴発しないとも言い切れないです。もし何かあったときに、どれくらいの規模の能力なのかを把握しておけば、対策がとりやすくなります」

「対策がとりやすく、か。対策がとれる、ではないんだね」

「防災ではなく減災です。お姉様の能力の規模によりますが、完全に防ぐことは難しいかと思います。それゆえの事前対策です。……これで合ってるよね、九郎」

「ああ、何の認識違いもない」

 喜美が幼馴染で良かったと改めて思った。

 頼もしい相棒に支えられながら、こう続ける。

「ナイフや銃は、人を傷つけるためにも人を助けるために使えると思います。水色さんは間違いなく前者の使い方はしない。そう思えるから、僕と喜美はこの提案をしています」

「…………君たちの気持ちはよく分かった」

 水色さんは深く頷いてくれた。

「私はこれまで、自分の能力はひた隠しにすれば良いと思っていた。しかし、そうだな、伝承……噂話……そして危険性か……考えたことも無かったよ。九郎君、喜美ちゃん、ありがとう。私は君達二人の提案に賛成だ」

 水色さんは――右手を僕に――左手を喜美に差し出した。

 紛れもない友好の証だ。

 僕と喜美は満面の笑みで見つめ合った後、水色さんから差し出された手に向けて握手をした。

「こちらこそありがとうございます。水色さんの能力、徹底解剖していきましょう」

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