ペルソナ・プロムナード ①
異性の幼馴染が居ると普通はどうなるだろうか。
二人とも高校一年生で同じクラスで――自分が学年成績二位で幼馴染が一位で――いつも一緒に居ていつも競い合っていつも高め合っている――そんな幼馴染が居たらどうなるのか。
普通なら、好き合って付き合うのが自然の摂理なのだろう。
けれども、僕と君川喜(きみかわき)美(み)に関してはそんなことはない。
「ねえねえ九郎(くろう)。帰りに寄り道しても良い?」
喜美は六時間目が終わるたびに僕に話しかけてくる。
今日も例外ではなかった。笑顔を振りまいて楽しそうに勢いよく僕の机に近寄ってくる。身長百五十センチという小柄な体格で、セミロングの茶髪が印象的な女子だ。いつも楽しそうにしていて、特に誰かと話すときに明るさが増すのだから誰しも彼女のことを好きになってしまう。そこらのアイドルグループのセンターよりも余程可愛らしく、仲良くなりたいと誰もが思うことだろう。
そんな彼女は、掃除の時間が始まる直前に、今日の下校中に何をしたいのかを毎日言ってくる。
一方僕はというと、身長百六十三センチで角刈り、丸渕メガネをかけている。
平均身長よりも低く、お世辞にも見てくれが良いとはいえない。
そんな彼女が僕に話しかけてくる様子を――怪訝に思う人物はこのクラスに誰一人としていなかった。
この光景が高校入学から三ヵ月程度毎日続いたら、誰だってそうなるだろう。
「ちょっと待ってもらっても良いか。 職員室行って先生に質問したい」
「えー、また白野(しろの)先生? 生物なら私も得意教科だから教えてあげるのにー」
「勉強以外のことも色々質問したいんだよ」
「え、なになに。まさか恋バナ!」
「それはない」
「だよねー」
さもありなんと言わんばかりに頷き、「正門前で待ってるから」と言うと、指定されている掃除の場所へと赴いた。家も近く席も近い僕と喜美だが、流石に掃除場所までは近くない。喜美が教室の外へ出た一方で、教室に残った僕は机を教室の前へと持っていく。
「九郎君。本当に君川さんと付き合ってないの?」
友人の青山(あおやま)が机を持ち上げながら僕に質問をしてきた。
身長百八十センチで野球部のエース、しかも学年三位の成績を誇る爽やかな男だ。
こまで好条件がそろっているのにも関わらず喜美に一途で全ての告白を断っているという男だった。
ちなみに青山からの問いかけもほぼ毎日行われており、僕からの返答も毎日同じ文言になってしまっていた。
「付き合ってない」
「本当! よっしゃぁあ!」
毎回毎回本当に嬉しそうな表情をするのだが、青山と喜美の関係性も毎日毎日変わっていない。
以前喜美に青山の印象を試しに聞いたところ、「カッコいいよねー。世にも奇妙な物語にずっと出てる有名人くらいカッコいい」という謎の返答をされた。その返答を今度は青山に伝えると「出演してくる!」というこちらも謎の返答をされた。彼がその後どういう動きをとったのかは怖くて聞くことが出来ていない。
「ちなみに寄り道ってどこに行くの?」青山が箒をはきながら質問をしてくる。
「毎回違うから何とも言えないな」
「毎回違うの良いね! 最近はどこにいったの?」
「最近は巷で話題のクレープ屋に行ったな。動画も撮影していたから青山なら観たんじゃないのか」
「観た観た、投稿されてた!」
――喜美は動画サイトに動画を公開して収入を得ている。
喜美曰く、「何でもやりたいことやれてお金稼げるって凄いよね」とのことだった。動画投稿者として収入を得るのは生半可なことではないと思うが、喜美の外見と性格が相成って、どの動画も見応えのあるものになっている。クレープ屋で撮影を担当したのが僕であることは青山には伏せておこう。
「だけどさ、あんなに可愛い幼馴染が居て好きにならないって気が動転してると思うんだよね」
「いきなり言葉の棘が凄まじいな」
「九郎君の言動全てを信じられない」
「全否定されてるのかこれは!」
「だってそうでしょう。ボクが九郎君の立場だったら間違いなく告白しまくってるよ」
「……まあ、わからないでもない」
実際喜美は身内びいき関係なしに可愛い部類だと思う。
それでも何故か、喜美は僕にとって仲の良い幼馴染で、それ以上の関係性になろうとは思わなかった。
恐らく喜美の方も同様なのだろう。
恋仲になる未来がまるで見えない。
見ようともしていないというところが、表現としては正しいのかもしれない。
正直なところ、それどころではない。
「ボクとしては本当にあり難いけどね。今のところ君川さんと一番仲が良いのは九郎君だから」
「そんなことは無いだろう」
「校内にいる間は四六時中君川さんのことを観察してる僕が言うんだから間違いはないよ!」
「ほぼストーカーじゃないか」
「いや、違うね。僕が君川さんを視姦……ごめん違う、注意深く見ているのは校内だけだ。校舎の外では視姦してない!」
「前半で取り繕った意味がまるで無いな!」
青山は真顔でこういうことを言い切るから責めようにも責め切れなかった。そして今回のように指摘をしたとしても「いやーあははー」と純真無垢な感じで照れるだけなのでそれ以上突っ込もうとも思えない。
自他共に認めるナチュラルボーン喜美狂いである。
「校内は僕が見守る。だから、校舎の外は頼んだよ」
「頼んだよって、危ないことなんてこんな田舎には何も無いだろう」
「いやいやいやいや、世の中色々危ないことだらけだからね」
「まあ確かに、危ないことの代表例が言うと説得力が違うな」
「失敬な! ボクは純粋に心配しているんだよ」
心外と言わんばかりに腕を組みながら青山は話を続ける。
「ボクらが住んでいる場所は辺鄙な田舎だけど、嫌な噂もよく聞くんだよ。校内では君川さん限定で、校舎の外では君川さんを守るために君川さん以外のことを調べているからわかるんだ」
「どういうことだ?」喜美に関する言及は全て無視をする。
「単なる噂だけどね。例えば、無音のピストルやライフルを売り買いする集団が存在しているとか――この土地に古くから伝わる伝承の年度替わりがちょうど今年だったりとか――校舎内に超ド級の変態が居るとか」
「三つ目の正体が目の前にいるから信憑性が俄然高くなるな」
「いやボクは変態じゃないって、君川さんをただ単純に好きなだけだって!」
青山は最終的に憤慨しながら「とにかく、気を付けてね!」と叫び去って行った。
「順調じゃないか。この調子で勉強頑張ろう」
放課後、職員室にて白鳥先生からこう言われた。
白鳥先生は先述の通り生物の先生だ。身長百八十センチで二十代後半の爽やかな顔を持ち合わせている。当然のごとくクラスの女子からの評価は抜群だ。ここまで描写をしたら男子からの評判はそれほど良くないのではないかという展開になるだろうが、意外と話は面白くとんでもないところも持ち合わせているため、男子からの評判も良い。以前フライドチキンの骨を大量に用意して家でつなぎ合わせ――鳥の骨格標本を作ったという話を楽しそうにしていたことが印象的だった。そんな変人的要素も持ち合わせているからこそ、白鳥先生には質問も気軽にしやすい。
中間テストでどうしてもわからないところがあり質問をしにきたのだが、想像以上にとてもわかりやすく教えてくれた。
「先生の趣味的問題なんだけど、こうして質問しに来てくれるのは嬉しいよ」
「高校一年生のこの時期に染色体の特定って難しすぎますよ本当に」
「先生的には九郎君みたいな熱心な生徒がわかるからどんどん出していきたいんだけどね」
白野先生は楽しそうに話している。
「ちなみにこの問題、解けたのは学年で一人だけなんだよ」
「どうせ喜美ですよね」
「正解。いやー、君達二人は本当に良い関係性だよね。先生が学生時代の時にそんな関係性の女性が居たら間違いなく猛アタックをしていたところだよ」
「白野先生は彼女いないんですか」
「いないねえ。今は彼女より、君達生徒とのやり取りを増やしたいところだよ」
そう言いながら、白野先生は数多くの女子高生から猛アタックを受けているようだった。恋愛沙汰にまるで興味のない僕でさえ、渡り廊下でふと女子生徒が白野先生に告白をしている様子を見てしまうくらいだ。
告白を受けた白野先生は、笑いながら「もっと良い人が居るから探してみて」と言って断っていた。
「九郎君はちなみにどんな女性が好きなんだい?」
「そういうのはわからないです」
図らずも喜美が言っていた通りの話の展開になってしまい癪に障るところもあったが、白野先生とならこんな話をしても良いかなと思っていた。
「勿体ないねえ。九郎君を好きな女性は沢山いるだろうに」
「そんなことないですよ。生まれてこの方告白されたことないです」
「女性からの告白なんてそうそうないよ。自分からいかないと」
「先生は無茶苦茶告白されてるじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ」
「何がそれで何がこれなんですか」
「九郎君が決めて良いよ」
屈託のない笑顔で平然とそう言ってのける白野先生だったが嫌味に感じないのが凄いと思う。
僕は何も付け加えずに「教えていただきありがとうございました」と言って職員室を去ろうとした。
この後は喜美と一緒に動画撮影を行う予定だったが――ふと、青山が話していた校舎の外の不穏な噂を思い出した。
唯一何でも話せる大人が目の前に居るんだ。
僕だって喜美に危ない目に逢ってほしくない。
こういう時に相談しないと損というものだろう。
「白野先生は生まれてからずっとこの町に住んでいるんですよね」
「大学時代は一度県外に移ったけど、それ以外はずっとこの町に住んでいるよ」
「この町に住んでいて妙な噂って聞いたことありますか?」
「噂? 噂ねぇ……」
生徒からの突然の質問にも親身に考えてくれるところが人気の秘訣なのだろう。
ひとしきりうなったところで、「ああ、あれかな」と白野先生は何かを思いついたようだった。
「先生が密かに楽しみにしているんだけど、どうやらこの町には言い伝えがあるらしいんだ」
「……何ですかそれ」
いきなりきな臭くなってしまう怪訝な表情になってしまう。
そんな僕など意に介さず、白野先生は楽しそうな表情で話を続ける。
「言い伝え曰く、超能力の伝承らしい。数百年ごとに超能力が移り変わるらしいんだ。その年によって能力の詳細が違くてね、ある年は炎を操り、ある年は光を操ったらしい。本当か嘘かわからないけれど、もし本当に超能力が使える人が居るのなら、是非とも話を聞きたいものだよ」
「白野先生本人は、超能力を欲しくないんですか?」
「要らない要らない。それよりも、超能力を得た人間がどういう身体の構造になるのかが気になるね。ほら、生物の先生的にはさ、そっちの方が気になっちゃう性質なんだよ」
こういう『もしも』の話をするときは大抵超能力が使えるようになったらという話をするのが王道だと思っていた。白野先生は、自分の好きなことに対して真摯に向き合っている気がして、より好感を持てた。身体の構造がどうなるのかという発言はなかなか怖いような気もするけれど。
「ちなみに九郎君は、超能力、欲しいかい?」
白野先生は軽やかに聞いてくる。
質問を受けて一巡した後、素直にこう言った。
「超能力よりも、勉強する時間の方が欲しいです」
「時間を超越できる能力なら、九郎君に合っているかもだね」
「そうですね」
ここまで話したところで、白野先生に感謝の意を伝えて職員室を去った。
雑談やら不穏な話はあったものの、自分の知らない知識を身に付けることが出来て本当に良かったと思う。
超能力なんて、心底どうでも良い。
真っ当な方法で大成したい。
勉強は好きだし、しなければならないものとして認識している。
やったらやっただけ返ってくるものではないが、やらないと間違いなく何も返ってこない。
そんなはっきりとしたところが好きだった。
――一方で、こんなことも思う。
超能力を実際に得た人がもし居るのならば、その後の人生において超能力をどう活用していくのだろうか。
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