PA!


 バタン


 車のドアを閉め、ボンネットに手を置いて、自分の愛車越しにのもう一人のわたしのクルマを見つめる。


 エンジンはかかったまま。


 窓も開かない。ドアも開かない。クルマから出る気はないようだ。


 チャリーん


 ぱしっ


 車のキーを一度上に投げて、キャッチ。


 パーキングエリアの売店の建物へ。


 お手洗いを済ませて、自動販売機へ。


 春とは言え、まだ夜は冷える。


 ピッ


 ガラガラ、ガシャン


「あちっ」


 ギンギンに温まってるわ、これ。


 ホットコーヒー、微糖。


 カシュっ


 プルトップを開けて、ずずっとすする。


 建物の柱にもたれ、コーヒーを啜りながら、クルマを見る。


 一台はランプも全て消えて、眠っている様子。わたしの車だ。


 もう一台は、エンジンのアイドリングと、フロントのパーキングライト。


 メインのヘッドライトは閉じて、眠そうだけど、眠ってはいない。


「出てくる気、無いのかな……」


 ずずっ


 熱いコーヒーを少しづつ飲みつつ。


 車体のカラーリング。


 二台とも同じカラー。トップスは、白。ボトムスが、黒。


 ファッション的には、なんだそれ? 的な。


 ある意味、警察のパトカーの配色にも近いけど、ボンネットは真っ白なので、見間違う事はない。


 ボンネットのど真ん中に若葉マーク……


「初心者マークも付けてるしね~」


 さらに、識別と言うか、ワンポイント的に、左目のまぶたに小さな『桜』の花のマークを付けている。


「はっ?」


 桜って、警察のマークでもあるよね……


「まあ、色が違うから、大丈夫っか」


 お隣さんも、車体の配色は同じ。


 ここからはよく見えないけど、わたしと同じように、左目のまぶたに小さく何かマーキングがしてあるみたい。


「花……何の花だろう?」


 ぱっと見た感じ、花だとはわかるけど、何の花なのかは調べてみないとわからないなぁ。


「花って、そんなに詳しくないなぁ……」



 そんな事を考えつつ。



 ドっ、ドっ、ドっ、ドっ……


 アイドリングの音が、鼓動のように聞こえている。


「さっきの走り……」


 わたしに、ぴたりと追従する腕前。


 制限速度に焦れて、先に行ってしまいそうなところ、煽る訳でもなく、ただ着いて来る。


「一体、どんなヤツなんだろう?」


 わたしが女だと気付いて、何かしようとしてる?


 危険!?


 いや、だったら、このタイミングで出て来ないのはおかしいよね。


 ナンパなんだったら、絶好の機会だよね、ここって。


 人は少ないし、薄暗いし。


 ぶるぶる。


 そう考えたら、ちょっと怖くなってきたかも。


 ずずずっ


 量が減って、少し冷めた缶コーヒーを一気に飲み干す。


 ピカっ、ピカっ、ヴォン! ヴォン!


「ちょ!?」


 もう一台の子が、ヘッドライトをパッシングして、エンジンを空ぶかしする。


 『早くしろ!』って、言ってるのかな?


「ふっ……いいわよ、乗ってあげる!」


 カン、カラ、カン


 空き缶を空き缶入れへ投げ捨て、ポケットからキーを取り出して、また一度上に放り投げてキャッチ。


 チャリん


 愛車のドアに手をかけて、もう一台のクルマに睨みをきかせてから乗り込む。


 カチャっ


 シートベルトをロックして、イグニッションを回す。


 キュルルルル、ドっ、ドっ、ドっ


 カチっ


 サイドブレーキを降ろして、クラッチを踏み込む。


「さあ、もうひと走り!」


 わたしは、ギアを一速ではなく、『後退』に入れる。


「今度はねぇ……」


 クラッチを繋いでアクセルを少し。


 重力加速が逆向きにかかって、車体がバックする。


 後方をチェック。


 後ろには車も人も居ない。


 少し加速して、一度、例のクルマより少し後ろに出たところで、ギアを一速に戻しつつ、パッシング。


 ピカっ、ピカっ、ヴォン! ヴォン!


「さあ、さあ!」


 アクセルを空ぶかしして煽る。


「これで、バックされたらヤバイけどなぁ……」


「そこまで非常識じゃないよね?」


 一瞬、焦ったけど、なら、解ってくれるかな?


 ヴォォォン


「ほっ……よしよし」


 前進して出発するのクルマ。


 わたしもそれを追従する。


 クルマは駐車場の外周を進んで、本車線への合流レーンへ。


「へぇ、えらいじゃん」


 時速三十キロ。ちゃんと制限速度を守ってる。


 エンジン音のワリに速度が出ていないと、なんとなく間抜けな感じもしなくはないけど。


「そこはご愛敬!」


 合流レーンに入って、加速。


 ウィンカー、右。


 右後方、サイドミラー確認。目視確認、ヨシ。


 先行するもう一台も、同じように本車線に合流して、走行レーンへ。


 わたしも追従する。


「さて、何処まで行くつもりか……」


 重力加速が、心地よい。


 そして、ドキドキが、ワクワクに変わる。


「行けるトコまで、行ってやろーじゃないのっ!」





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