倖せの青い鳥は鋼を纏う鳥

考えたい

倖せの青い鳥は鋼を纏う鳥

「お見合いでありますか?」「んだんだ。」

 司令執務室で向かい合う二人の自衛官の間には静かに、だが確かに簡単には切れぬ細い蜘蛛の糸の如き緊張が張ってある。

 だがそれを簡単にぶち破ってしまうアラサーおっさんが一匹居たのだった。

「やだ。」

 余りにも幼稚すぎる返答に一瞬面食らう白髪のジジイは唯でさえ出目金と揶揄される目をこれでもかとひん剥いてアラサーおっさんを見る、のではなく、はーっと長い溜息をついてアラサーおっさんを諦めの混じった諭しを入れる。

「なあ柳田二尉、いい加減お前も所帯を持ったらどうだと言ってんだべ。別に罰なんざ当たらんべ。」

「だからやですって。自分から弱くなるなんざ。いざって時の死に甲斐の踏ん切りがつかねえじゃねえか。妻子なんぞもってしくしくなんざア、自分はご免です。」

「いつおっ死んじまうか分からない自衛官だからこそ、所帯持って子供を可愛がるみたいな日本男児らしい倖せを願ったてええじゃげな?」

「それが世界標準では?」

「まあ、それはどうでもええ。とにかく儂の顔を立てると思って出てくれんげな?」

「………司令官のご命令ならば。」

 それを聞き、白髪のジジイは満足げにこっくりこっくり頷いた。


 (明朝お見合いかあ…)みたいなことを深夜の搭乗員待合室で考えながらソファーでふんぞり返っている26歳のアラサーおっさんこそ柳田清吉二等空尉。当直の間はここに詰めなくてはならないが、できるものなら今すぐ自室の布団の中でエビ反りになりたいほど後悔していた。

(畜生、お見合いのせいで明日発売のスニーカーを遠出してアニメイトに買いに行けねえじゃねえか。嗚呼、限定4Pリーフレット残ってるかな。)

 そう考えながらラノベをペラペラ捲っていると、


ジリジリジリジリ


とまあ喧しい金属音を叩きあげながらスクランブル出撃の命令が放送で流れる。

『北緯41°6′15″東経135°9′14″にて国籍不明機を捕捉、日本領空到達まで7分、当直員は直ちにスクランブル発進せよ。繰り返す…』

 走って愛機のF-35JAに乗り込み直ぐにエンジンをかけヘルメットをかぶり、表示情報を確認する。ALL GREENだ。

『TWR, JIMY-1,we have an emergency sally. We need a emergency permission to cleared for take-off.』

『JIMY-1,TWR,cleared fo take-off Runway-06 Wind 23 and 2knt.』

『Cleared for Runway-06,JIMY1.』

『Good Luck』

 隊長機が管制官と交信している間にはもう、柳田二尉の頭の中にはお見合いの話は残っていない。彼はやはり生粋の武人であろう。


 隊長機に合わせて離陸して三分後、広域管制官から国籍不明機は進路を間違えた韓国籍の民間旅客機であり、レーダーサイトからの連絡に応答し変針したという報告を受け、直ちに帰投する。

 帰投した時点で既に日付は変わっており、それは翌日に控えていたお見合いがいつの間にか今日の予定に化していることを改めて実感させられた。


 で、翌日である。そう、お見合い当日である。

「ファアァァァー」「これ、欠伸なんぞせんとしっかりしておれ。お相手は名家の深窓のご令嬢だぞ。そんなんじゃあ航空自衛隊の名折れだ。」

 こう司令は言うが、実際結婚する気がさらさら無いので、お見合いそのものをぶち壊してやろうかと思っているほどである。

「ところで、お見合い写真は見たのか?」「いいえ、楽しみにとってあります。」

 すると司令は柳田二尉の腰を思いっきり蹴った。

「これから嫁になる御方のお顔すら把握せぬとはとんだ戯け者がぁっ!でも、まあ見ない方がよかったかもしれんのは本当の話かもな。」

「一体どういうことで?」

 そう言っているうちに約束の料亭に着いてしまった。どうやらあちら方はもう到着しているようだ。靴を脱いで廊下を案内され件の部屋に通された。

「失礼いたします。航空自衛隊渕上守空将補が参りました。」といって司令は先に挨拶する。

「そしてこちらは件の殿方、柳田清吉二等空尉であります。」というや否や、勢いよく障子をシュッとあける。

「お初にお目にかかります、柳田清吉二等空尉で御座います。」

 眼前には優しそうな雰囲気を携えながらも只ならぬ眼光を宿す壮年の漢がいる。どうやら見合い相手の父らしい。

「こちらこそ初めまして、朱雀藤吉と申します。今、娘の未玖は準備に手間取っておりますゆえ、少々お待ちを。」

 ひょとしたらこのおっさんも初音ミクのオタクなのだろうか、何て馬鹿なことを思っているとすぐに時間が経ちお見合い相手が姿を現すようである。

「準備できました。」

 そう言って入ってきた女性に清吉はこう思った。

(おいおいおいおいおい、こりゃあたまげた!何じゃこの二次元から出てきた美少女感は⁈奇麗系かと思いきやちゃんと可愛いも共存している!あとは………もう女神、尊死。語彙力は死んだ。)

 オタク脳が完全活性化した状態であるが一応ここは公の場、顔に出さないように気を付けてお辞儀をする。一瞬彼女の口元がへの字に曲がったのは気のせいではないはずだ。

「お初にお目にかかります、私航空自衛隊第六航空団第三〇六飛行隊所属二等空尉柳田清吉であります。」

「こちらが私の娘の未玖であります。これ未玖、自己紹介を。」

「どうも初めまして、朱雀未玖と申します。高校二年生です。以後、お見知りおきを。」

 未玖の所作は極めて丁寧で、元来ガサツな性分の清吉の防大入学以来で身に着けた急造の礼儀とは一線を画する美があると確信させるだけのものであった。


…………………ん?


「では後は若いもん二人で、って事で藤吉さんや、向こうで例のブツでも楽しみましょうか?」「オイコラ待てジジイ。」「では即応精強で頼むよ。」「それ海自のモットーじゃないかいっ、じゃなくて、あっ、この野郎待て!」

 気が付くと朱雀の旦那も居なくなってしまった。あとに残された二人は気まずいことこの上なし。

 参ったな、と思いながら畳の上に胡坐をかく。左腕で後頭部をボリボリ搔きながらそのまま横になり「お嬢ちゃん、失礼すぎるが昨日も深夜まで当直で緊急発進したせいで睡眠不足だから、今からひと眠りさせてもらうわ。んじゃお休み。」と思考停止した阿保の極みの行動をする。

「あのっ、」と未玖が口を開く。

「何じゃ?」

 ところが未玖は眼を泳がせながらえっと、やその、とブツクサ言いながらでしどろもどろする。

 清吉はのっそりと起き上がり、未玖の言葉の続きを待つ。

「清吉さんは彼女とかいるんですか?」


 カノジョイルンデスカ?


「……へ?」


 またしばらく沈黙。


「いるかいないかじゃなくて、要らない。」

「じゃあ何でお見合いに来ているんですか?」

 そう質問を間髪入れずに投げられても困る。

「決まってるだろ、あの仙人ジジイの顔を立てるためだ。」

「仙人ジジイって、フフフ。」

 あらやだこの子怖い、笑いのツボが分からん。

「普段通りでいいっすよ。多分どうせ二度と会わんので。お見合いなんぞ真っ平ごめんだ、が本音なんで。」

「そうですか。私も高校生でいきなりお見合いとかキツ過ぎるって思います。」

「でしょうね。こっちはお見合い写真を見ずに来たのでまさか高校生相手とは全く想定していなかった。嫌でしょう、こんなアラサーオッサンがお見合い相手だなんて。」

 へらへら左手を振りながら右手で煙草を取り出し「失礼しても?」と尋ねる。

「お兄さんヤニカスなんですね。」言葉の容赦がないな。

「まあな、先輩の影響だがな。職業柄いつ何時あの世に行くか分からないのでな。」

 硝子戸を開け乍らそう返事する。

「ところで君はどうしてお見合いの席にいるのかね。高校生なら自由恋愛でもしてパーッとすりゃいいんだ。」

 まあ尤もな疑問をぶつけてみる。

「私の家は昔からお公家さんだったようでして、未だに政略結婚が残っているんです。今までにももう三、四人とお見合いしてますけど正直生理的に無理な人しかいなくて。」

 あの朱雀の旦那の相手選びのセンスが疑われる。

「すまんな、またハズレくじで、って俺が謝るのも変な話だが。」

 すると未玖は足を崩してだらんと家にいる様な様子を見せた。

「お兄さんがフランクな様子なんで、私もそうする。」

「そうしてくれると有難い。元々礼儀正しいのは苦手だ。オマケに先祖代々水呑百姓だ。」

 また未玖が笑った。やっぱり笑いのツボが分からん。

「何か俺、馬鹿にされたか?」

「いえ、(くすくす)珍しいお方だなと思って。何か雰囲気が他の人と違うな、と。」

「嗚呼、枯れてるからな。」

 またニコチン臭い息を出す。

「まあ、これからこんな嫌なお見合いなんかせんと真面目に同世代の男と恋愛したらええし、嫌なら親にハッキリ嫌と言えよ。でないと俺みたいなロクデナシばかりと関わってしまう羽目になるぞ。」

 煙草が随分と短くなったので灰皿に押し付ける。

「ところで何でお兄さんは今のお兄さんですか?」

 質問範囲が広すぎるぞ。

「まあ、ご想像にお任せしますよ。」

 そう言った時、料理が運ばれてきた。美味い料理に舌鼓を打つのも役得だ、折角なんで堪能せねば。

「いただきます。」と手を合わせて食べ始める。といってもそんなに量が無くて直ぐに完食してしまいそうだ。

「食べるの早いですね。」「そうですか?これでも部隊じゃあ食べるのが遅い方なんですが。」

 無論、年頃の娘が気に入るような話題なんぞお生憎様持ち合わせていないもんだから沈黙が流れる。

 遠くからボカロが聞こえてくる。ははん、やっぱりあのくそジジイと朱雀の旦那は電波趣味を持ってらっしゃる。

 次に口火を切ったのは、未玖だった。

「優しいですね。」

「ん?」

「何か、お兄さんの雰囲気が。」

 どこがやねん。中高生のころ無茶苦茶学校の連中に恐れられていて友達ゼロだったんで、そう突っ込みたくなるのが当然だろう。

「お世辞は好きじゃねえな。」

「はむぅっ。」

 ええ…、俺なんかした?

「お兄さん、やっぱ覚えてないかあ。」

 ………………………………………は?

「誘拐事件。」

 そう未玖さんが呟いて、自分の中の封印された記憶が一挙に大放出された。

「君は………………………。そうかそうか、無事でよかった。」

「あの時お兄さんが刺されたのを見た時、死んじゃうと思ってギャン泣きしてたのに。」

 辛い記憶を茶化せるとは、笑えるとは、強いな。

「さっきのあの質問だが、そういう意味か。」

「うん。」

 その質問の答えとはズバリ、死にたいからに尽きる。あの記憶は本当の意味で弱すぎる自分が抱え込める限界の何倍を優に超えるものである。そう辛く思っているから、自分で自分を殺めることもできず、生きるのが辛いという考えに繋がり、死に近い職を選ぶようになってしまった。

 不可抗力で殺されたい、という己の生と死が矛盾した歪な死生観に蝕まれた結果、今の柳田清吉が形作られた。

 やっと清吉は自分の感情を言葉にできたような気がして、少々の中二臭に内心口元をへの字に曲げたが、それ以上に少々の安堵を感じたことに驚いていた、あの時以来感じることの無かった気持ちに。

「ありがとう。」

 そう言って清吉は未玖に土下座した。

「えっ、ちょ、待って。」

 そう慌てる未玖を横目にすっと立ち上がり、敬礼をして座敷から退散した。

 結局アニメイトでは限定リーフレットは配布終了になっていた。


 翌日、くそジジイ、いや失敬、司令が俺を呼び出した。

「柳田二尉、昨日のお見合いだが、「はいはい、多分破談でしょう。」正式に婚約の申し出が出たぞい。」

 …………………What?

「何をそう不思議な顔をしとるのだべな?あと人様にその顔を見せん方がよかよ。」

「いや、多分無理だと思っていたのですが…。向こうは高校生ですし、嫌な記憶も思い出させてしまったのに。」

「いやぁ、何にせよ向こう側のお嬢様ば熱烈に婚約を希望なさりなさったとて。」

「あの…、俺の意思は?」

「上官の命令は?」「陛下のご命令」

「おみゃー、そがんボケは絶対自衛官として外でやんな。」「イエスサー」

 まあ、おふざけはこれぐらいにして。

「上官命令だ、朱雀未玖との婚約に素直に従え!」「了!」

そして「言質は取ったべ。」とICレコーダーを片手にヒラヒラさせるくそジジイに反感が沸々と沸き起こる。くそ、自衛官の性を利用しやがって。

と額に青筋がピキピキ浮かび上がった。




「という性根の曲がった時期がお父さんにもあったのよ。」「止めてくれ、恥ずかしい。」

と今やアラフォーの39となった柳田清吉二等空佐は妻の未玖によって愛娘達に朝っぱらから絶賛恥ずかしい過去を暴露されている。

「へえー。他には他には?」と今年小六になる長女の紫、小五の次女の桜、小三の三女の春、年長の四女の響は他の話を未玖にせがむ。そして未玖の腕の中に抱かれている二歳児の五女の陽菜はきゃきゃきゃと笑う。本当によく思うのは、我が家は親戚もみんな男系の筈なのに何故か自分の子供には娘しか生まれない。本当に謎だ。

 これ以上黒歴史を曝されるところを見てたまるか、とリビングから退散しサッサと基地に出勤。

「あっ、飛行隊長。今日はもう勤務当番は終わったのじゃないのですか?」と部下が訊いてくるが、「家にいたら死ぬほど恥ずかしい。」と端的に言って隊舎の屋上に向かう。そして離陸する戦闘機を見ながらブラックの缶コーヒーを啜る。

 あのお見合いの時からの自分の変わりように死ぬほどびっくりし続けているのは言わずもがなである。

 その後、憂さ晴らしをするかの如く抜き打ちの空戦訓練を実施し、帰宅した時にはもう夜になっていた。

 深夜一人ベランダで黄昏て「平和だねえ。」なんて呟いたりする。すると眠れないのか紫がひょっこり出てきた。

「眠れないのか?」コクコクと頷き「抱っこ」と極めて幼い要求をする。娘たちは外見を見るとまるで未玖のクローンみたいだが、そういう性格的な部分は存外清吉の性格を受け継いでいたりする。

「よっこらせ。」といって紫を抱っこする。流石に小六になって父親に抱っこ要求するのは如何なものかと思うが、清吉も言うて親バカなので直ぐに乗る。

抱っこするやいなや「くかー」と紫が直ぐに爆睡した。半分くらい抱っこが睡眠導入剤化している…。

「あらあら。」と未玖がベランダに顔を出してきた。「流石に小六で抱っこ要請はまずいと思うが。」「でもしてるじゃない。」「ごもっとも。」

 はい、と未玖はホットミルクを縁に置く。

「それはそうと明日は非番だったわよね?」「そうだが。」「明日は日曜日だからこの子達をどこかに連れて行きましょう。」「おっ、了。」「そして私たちも今夜行きましょうか?」「何処に?…あっ。」

「パパ、ママ、紫は妹が欲しい。」「「紫⁉」」いつの間に起きてたんだ⁉

「やった、柳田姉妹帝国に新たな構成員が参入の見込み。」ちょっと紫さん…?てか柳田姉妹帝国って何、紫は一体何をやっているのだろうか、誰でもいいから解説求む!

「てか紫、バンザイするの止めなさい!」「バンザイバンザイ」

 自分の娘が怖くなってしまった清吉であった。

 三か月後、今度は紫だけでなく残りの娘たちや未玖まで万歳する羽目になるのを、この時はまだ知らなかった。

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