第21話 神王
一人目の勾玉主は黄金王、そして二人目の勾玉主が「神王」だということを、三人目の勾玉主ヒラクは知った。
「神王って?」
どこかで聞いた名前だと思ったが、誰のことなのかすぐには思い出せなかった。
「神帝ならよく知っているだろう? 神王の再来といわれている男のことさ」
「ああ、そうだった。ネコナータの民は神王の復活を信じてノルドに渡ってきたって話だったよね」
ヒラクはしどろもどろに言った。
マイラは話をつづける。
「東の国から侵攻してきた神王もまた、鏡に導かれた勾玉主だった。そして自分自身を神の中の神、王の中の王とした。神王は、小国を次々と支配し、神の統治国家をメーザ全体に築き上げた。
当時のルミネスキ王は神王を国教の神とすることで、なんとか国を守ろうとした。その考えに従わない者たちは、太陽神信仰者も月の女神信仰者も関係なく異端者として処罰された。
その時のルミネスキ王の子として生まれたのが、現女王である聖ブランカさ。
彼女がまだ幼いとき、月の女神信仰者だった母親は父王に処刑された。神王への忠誠を示すためになされたことだ。このときの父への恨みはそのまま前世の自分が父王を殺した殺意と結びついたんだ」
「そこでもまた前世にふりまわされるんだ……」
ヒラクはうんざりしたように言った。
「そう、そしてまた私は同じように彼女に鏡を取り戻すために働いてもらったのさ」
「え? なんで? 鏡はもとの湖に戻ったんでしょう?」
「鏡は神王に持ち去られたのさ。神王亡き後は、行方がわからなくなっている。それをみつけだせるのは勾玉主だけ。まずは勾玉主を探させるために、私は女王の魂の記憶を少しだけ刺激したんだ」
「今度は何を言ったの?」
ヒラクはマイラをじろっと見た。
マイラはさらりと言う。
「新しい太陽神を黄金の玉座にお迎えするためには勾玉主が必要だって言ったのさ」
神王亡き後、ルミネスキの太陽神信仰は復活するが、神王を国教の神としたルミネスキ王は、太陽神や月の女神への背信者とされ、国民の信頼をすっかり失っていた。
その王が突然死んだときも、信仰者たちは神の裁きがくだったものだと納得し、娘の聖ブランカを疑おうともしなかった。
父王亡き後は、聖ブランカが女王として即位するが、女であるブランカは、黄金王の血を引く太陽神の代理という地位は得られなかった。
ブランカは黄金の玉座に座ることはなく、祭祀は男の神官に任せ、自分は月の女神としての象徴の役割を果たすことにした。
ブランカが抱いた黄金の玉座の主への羨望は、過去世において自分が男であり、新しい太陽神として黄金の玉座に座った頃の記憶を呼び覚ました。
「過去の記憶は混ざり合い、今の自分に都合のいい筋書きができあがる。私はほんの少し脚色してやっただけさ。
私は女王に『勾玉主は月の女神の中に新しい太陽の光を宿す』と言ったんだ」
「それってどういうこと?」
ヒラクは首をひねる。
「まあ、簡単に言うと、女王が勾玉主の子を産めば、その子を新しい王として、黄金の玉座に迎えることができると言ったのさ」
「勾玉主っておれだよね……。おれの子を産むなんてできるわけないじゃないか」
ヒラクは真っ赤になってあわてふためいた。
「おまえが女だというのには驚いたけどね。まあ、今となってはそれもどうでもいいことさ。結果的に長きに渡って女王の関心は勾玉主に向けられたのだから。そしてノルドに神帝が現れた」
ヒラクは「神帝」の名を聞き、急にこれまでの話が自分の現実につながった気がして、表情をひきしめた。
「神帝は、神王の生まれ変わりなの?」
「さあ、それはわからない」
マイラは興味もなさそうに言う。
「神帝が神王であるかどうかより、私にとって大事なのは、神帝と名乗る者が勾玉主かどうかということさ。まあそれも遅かれ早かれ、わかるとは思っていたけどね」
「どうして?」
ヒラクが尋ねると、マイラは一呼吸置くようにためいきをついた。
「神王の記憶を持つものなら、再びメーザ侵略を試みようとするからさ」
「そんなのできっこないよ。だって神帝はノルドさえ思い通りにすることはできなかったんだ。神帝はプレーナと
「プレーナ? 狼神? それはノルドの神のことかい?」
マイラに聞かれてヒラクはあいまいにうなずいた。
「うん、でも……。それは偽りの神だった。そもそも狼神なんていなかったし、それに……、プレーナはおれが滅ぼした」
ヒラクはプレーナの聖地を崩壊させたこと、母とフミカのことを思い出し、つらそうに目を伏せた。
マイラはその様子を見て、それ以上は追及はしなかった。
「……まあ、大体のところは、おまえをここまで連れてきた希求兵たちから女王への報告もあったし、私も耳にしているさ。神帝がノルドを征服したということもね」
それを聞いて、ヒラクは胸を突き刺す痛みを覚えた。
神帝国に生まれ故郷のアノイの村を滅ぼされたことを思い出したのだ。
「そんなのまだわからないよ。大体、メーザだって神帝に侵略なんてされてないじゃないか」
ヒラクはむきになって言った。
「まあねぇ。神帝の目的はいまひとつわからない。神王の生まれ変わりかどうかもよくわからない。ただ勾玉主ではない可能性は高い」
「どうしてそう思うの?」
「女王は勾玉主こそ黄金の玉座に唯一無二の神である太陽神を迎える者だと思っている。そしてかつてルミネスキの信仰を壊した神王に報復する者だとも信じていた。ノルドに送られた希求兵たちには、勾玉主と共に神帝を打ち破るための訓練がなされていた。
だが、もしその勾玉主こそ神帝だったらどうなる?
兵士たちに混乱が生じるはずさ。勾玉主をみつけだすとともに神帝の動向を探る目的を持った希求兵たちが、気づかないなんてことはないはずだし、神帝は勾玉を持っていないと考えるのが妥当だろうねぇ」
「希求兵まであんたの都合がいいように動かされてきたっていうわけか……」
ヒラクはあきれたように言った。
マイラはそれを聞いてにやりと笑う。
「私はただ女王には『勾玉主には偽りの神を打ち払い、真実の神をみつけだす力がある』と言っただけだよ。それを女王は、真実の神は新しい太陽神、偽りの神は神帝と解釈した。ただそれだけのことさ」
「勾玉主には本当にそんな力があるの? 偽りの神を打ち払う……なんて」
ヒラクは自分の中の力を恐れるように尋ねた。
「私の本能的な恐れがそれを確信させるのさ。勾玉の光は鏡の中で増幅し、私の真の姿をそこに映し出そうとするかのようだった。だがそれと同時に光に呑まれ、この存在が消えていく恐怖も感じた。私は、真の神と偽りの神、そのどちらに近い存在であるのか……。勾玉の光がすべてを明らかにするのだろう」
それまで淡々と話していたマイラは重々しい口調で言った。
「でも、鏡がなければ意味ないんだよね」
ヒラクはマイラに聞いた。
「ああ、だからこそ、おまえにみつけだしてほしい。そしてその光で照らしておくれ。私が何者であるのかを……」
「いやだ」
ヒラクは即答した。
マイラは目を丸くする。
「鏡をみつけだすのがいやだというのかい?」
「鏡はみつける」
ヒラクはきっぱりと言った。
マイラは眉根を寄せる。
「私が何者であるのかを確かめる気はないと?」
「確かめるよ」
マイラは理解に苦しんだ。
「一体どういうことなのか……」
「鏡は探す。それだけさ。興味があるからあんたの正体も確かめる。だけどそのためだけに動くんじゃない」
ヒラクの目はきらきらと輝いていた。
「おれは見たいんだ。勾玉の光の中に黄金王が何を見たのかを。その鏡が本当の神さまをみつけだす手がかりになるというのなら、おれはそれを手に入れて、そこに映し出されるものをこの目で見て確かめるんだ」
そのとき突然ヒラクの手の中で勾玉が強い光を放ち、壁の一点を貫くような一筋の光線となった。
「南を示しているね」
マイラは光線が放たれる方角を見た。
ヒラクは嬉々として言う。
「南に行けば鏡の手がかりがつかめるってこと?」
「おそらくは……」
マイラは神妙な面持ちで言った。
「じゃ、おれ、南の方に行ってくる。今日はもう遅いから、明日、朝にでもここを出て行くよ」
ヒラクは眠そうにあくびをすると、すっきりとした顔で部屋を出て行こうとした。
「お待ち」
マイラはヒラクを引き止めた。
「何? もう話も終わったし、次にやることもわかったし、他にまだ何かあるの?」
ヒラクは不思議そうな顔をする。
マイラはあきれたようにためいきをついた。
「まったく、聞き分けがいいのか悪いのか……。怒って非難してくるかと思えば、うれしそうに声をはずませたり……。よくわからない子だよ」
「あんたは色々ごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。鏡を手に入れたいなら手にいれりゃいいし、映りたいなら映りゃいいのに」
ヒラクはさっぱりとした顔で言った。
「なるほどね。勾玉がおまえを選んだのがなんとなくわかる気がするよ。真実は、案外、単純なものかもしれないねぇ」
マイラは小さくつぶやいた。
「お行き。おまえのお仲間たちが待ってるよ。おまえの体をここまで運ばせた後、そのまま部屋で待っているように言ったままだ。さぞや、やきもきしているだろうよ」
マイラにそう言われ、ヒラクがまっさきに頭に浮かんだのは、ジークでもハンスでもなくユピだった。
「うん、じゃあ、おやすみ」
あわてて出て行こうとするヒラクにマイラは言う。
「明日、女王に謁見する機会を与えるから、くれぐれも勝手に出て行くようなことはするんじゃないよ」
「うん、わかったよ」
ヒラクはうわのそらで答えた。
「なんにせよ、女王の許可なくここを出て行くのは不可能だ。まず私がうまく言うから、それまではおとなしくしてるんだよ」
マイラは念をおして言うが、ヒラクは適当に返事して、女王の部屋を出ていった。
○
ヒラクが控えの間となっている小部屋を通り抜けると、大広間に続く部屋にいたロイが待ちかまえていたかのように近づいてきた。
「聖ブランカ様はお目覚めになりましたか?」
心配そうなロイの顔をヒラクは無言でじっと見た。
まったく面影はないのに、その表情はなんとなく、ロイの過去世であるシャロンに似ているように感じられる。
「ねえ、ロイは女王が好きなの?」
ヒラクは何の気なしに尋ねるが、ロイはひどく動揺した。
「何をおっしゃるのですか。軽々しくそのようなことを口にするものではありません」
ヒラクはロイの様子を不思議そうに見ながら、心に感じたままをそのまま口にする。
「女王が女王じゃなくっても、たとえ男でも乞食でも、ロイは今と同じ気持ちで、やっぱり好きになるのかな……」
「ですから私は……」
「もういい。寝る。ユピたちのいる部屋まで案内してよ」
考えるのも面倒になってヒラクは言った。
モリーからロイへ、ロイから女王へ、さらにはその前世の記憶へと、意識を同化させながら、ヒラクは多くのことを知った。
その情報量の多に頭の処理が追い付かない。
どっと疲れたヒラクは、今すぐにもユピの腕の中で眠りにつきたかった。
そこが一番自分にとって安全な場所だとヒラクは信じて疑わない。
ユピの中にある闇がヒラクを飲み込もうとしても……。
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