第16話 王子妃シャロンと少年王
ロイの記憶の中に入ったヒラクは、窓辺にたたずみ、外の湖を眺めていた。
夕暮れから夜にかけての灰紫に煙る時間、鏡のような湖面の向こうに影絵のような黒い森が広がっている。
『シャロン様、陛下がお呼びです』
背後で声がして、ヒラクは振り返った。
そこには、質素だが仕立てのいいドレスを着た侍女らしい若い女がかしこまった様子で立っていた。
『今、参ります』
ヒラクの口から出た声は、女らしくしとやかなものだった。今のロイとちがうことは明らかだ。
(これはいつのことなんだろう……)
考えながらも、ヒラクはもう一つのことが気になっていた。
シャロンと呼ばれた女性が緊張に包まれていることだ。
(私がやらなければ……)
シャロンの強い決意がヒラクの中に流れ込んでくる。
汗ばんだ手はマントの下に忍ばせたものをしっかりと握りしめている。
シャロンは侍女に付き従われながら部屋を出て、大広間に向かった。
そして、広間とつながる側塔の螺旋階段を下り、一階の長い廊下を歩くと、金具で装飾された扉の前で足を止めた。
そこは玉座の間の入り口だ。
シャロンの鼓動の高鳴りがヒラクに伝わる。
シャロンの殺意が扉の向こうに向けられる。
扉がゆっくりと開いた。
その向こうにあるものが何なのか、ヒラクは息を呑んだ。
黄金の玉座にはまだ幼い少年が座っていた。
十代前半のヒラクと同じぐらいの年に見える。
ヒラクは拍子抜けしたが、それはシャロンの感情でもあった。
殺意がみるみる薄れていく。
シャロンは玉座の前の大理石の階段の下でドレスのすそを広げてひざを折り顔を伏せた。
『おまえが先の王子妃シャロンか』
頭上で子どもの声がする。まだ声変わりもしていない少年の声だ。
『はい、陛下……』
シャロンの声がかすかに震えた。
ヒラクは、自分が負けや失敗を認めたくないときに味わう気持ちと同じものを感じた。
屈辱感というものだ。
『王子妃から王妃になるだけだ。これまでと変わりあるまい。これからは余に仕えよ』
その言葉で、シャロンの怒りが電流のようにヒラクの中に走った。
シャロンは顔を上げて玉座の少年をにらみつけた。
きょとんとした顔で目を合わせた少年王は、まだ物の道理もわきまえない子どものようで、年よりもさらに幼く見えた。
その顔を見ていると、まるであきらめにも似た気持ちで、シャロンの怒りが引いていく。
『はい、陛下。御世に幸多かれ……』
うわべだけの言葉をしぼりだして、シャロンは少年王の前を辞した。
付き従う侍女を振り切って、駆け込むように自室に戻ると、シャロンは暗がりの中のベッドの上でつっぷした。
自問自答するシャロンの言葉がそのままヒラクの中で響く。
(できなかった……殺せなかった……。まさか新しい王があんなに幼い方だったなんて……)
ヒラクは身を震わせながら、シャロンの言葉を頭の中で聞いていた。
(いいえ、それでもあの方が原因で多くの月の女神の信仰者たちが殺されたのは事実だわ)
シャロンはベッドから身を起こし、マントの下でずっと握りしめていた懐剣をじっと見た。
小さな宝石を散りばめた美しい銀細工の鞘から抜き出した小刀を見て、ヒラクは初めてシャロンが何をしようとしていたのかを知った。
『敵を討てなかった以上、おめおめと私一人が生きていくわけにはいかない……』
自分に言い聞かせるようにつぶやく言葉にヒラクはぎょっとした。
切っ先が白いのどもとに触れる。
目を閉じた状態でいるヒラクは、のどをつらぬく痛みにかまえた。
だが、予想に反して、シャロンは突然ベッドから立ち上がった。
寝室に続く部屋の大きな格子窓から月の光が差し込んでいる。
シャロンはふらふらと窓辺に近づき、月明かりに身をさらした。
『女神様、せめてこの身をあなたに……』
そうつぶやくと、新たな決意を胸にシャロンはランプを手にして部屋を出た。
足は今いる城館の一角にある塔に向かう。
塔の地下は小さな礼拝堂になっていた。
前面に神語で「月の女神よ永遠に」と彫りこまれた石の台がある。
石の台の上にある両開きの祭壇の真ん中には小さな大理石の女神像が安置されていた。
シャロンが台の上の銀の燭台のろうそくに火を灯すと、大理石の女神像は濡れたように輝いた。
白くなめらかな女神像の前で、シャロンはひざをつき、胸の前で手を合わせる。
言葉も何もない祈りがヒラクを包む。
シャロンはひたすら女神の慈悲を求めていた。
しばらく祈りを捧げた後、シャロンは立ち上がり、祭壇の後方に回った。
壁との間は人一人やっと通れるほどのもので、そこには外へ出るための通路が隠されていた。
シャロンは細い地下通路を抜けて、階段を上り、外に出た。
辺りには木々が生い茂っている。
木々の隙間を縫って歩くと、やがて湖岸に行き着き、眼前に湖が広がった。
やや欠けたところのある月の光が皓皓と水面に降り注ぐ。
『かつてここからどれほどの信仰者たちがあなたのもとに旅立ったのか……』
シャロンの頬を涙が伝う。
足はふらふらと湖の中へと向かう。
ヒラクの脳裏に湖で溺れ死んだ女たちの水面に咲く花のような色とりどりのドレスが浮かぶ。
夜の冷気に包まれながら、つまさきから全身にしみ広がる水のつめたさを思うとヒラクはすぐにもこの体から抜け出したい思いだった。
そしていよいよシャロンの体が水の中へひたされていく。
そのとき、ふいに声がした。
『月の女神のもとへ行くなら余も連れて行ってはくれぬか』
シャロンが驚いて振り返ると、そこには先ほどの少年王が立っていた。
『陛下……いつからそちらに……』
『この城を陥落したときに、城内はくまなく調べつくしておる。玉座の間に描かれている絵と似ておるな。父上が月の女神を地上で迎えたのはこの場所か?』
『いいえ、あれは、森の中のできごとであるとされております』
『そうか……。では、ここでは女神には会えぬのだな』
少年王はさびしそうにつぶやいた。
シャロンの中に彼への憎しみはすでになく、ただ不思議な気持ちでいっぱいだった。
『黄金王のお世継ぎであるあなた様がなぜ月の女神のもとへ行くなどとおっしゃるのですか? 私たち、月の女神の信仰者を異端者として虐殺した太陽神の御子であるあなたが……』
少し言い過ぎたという思いで、シャロンは途中で口をつぐんだ。
『おまえがそう言うのは無理もない』
少年王はさほど気にした様子もなく言葉を返す。
そしてそばに近づいてきた。
向かい合って立つと、シャロンとはずいぶん目の高さがちがう。
少年王はシャロンを見上げて尋ねた。
『余を憎く思うか?』
シャロンの胸の奥が跳ねるように脈打った。
『先のルミネスキの王子に代わり、この国の王となった余を憎く思うのであろう。余がこの地に来なければ、多くの月の女神の信仰者たちは命を落とすこともなかったであろう』
その言葉通りの事実はシャロンを憎しみであふれさせるものだったが、少年王のさびしそうな口調には、哀れみを感じさせるものがある。
『余はこの国にずっと憧れを抱いていた。我が国オロブリーラは黄金郷とも呼ばれるほど贅を尽くした豊かな国だ。だが、そこに余の居場所などありはせぬ。父上は王位継承者など必要としてはおらぬ。栄華を極めた己の国を余に明け渡すことなど望んではおられなかった。余はルミネスキに厄介払いされたのだ』
『そんな……それだけの理由で、ルミネスキの継承者争いが勃発し、多くの犠牲者が出たというのですか』
シャロンはまた口から出た言葉を後悔した。
少年王に対する憎しみと哀れみがせめぎあう。
『もちろん父上の意図は他にもある。父はオロブリーラを建国し、太陽神の妃神である月の女神にルミネスキを預けた。だが、父の不在の間にこの国での女神の存在は大きくなりすぎたのだ』
『ですが、この地はもともと月の女神のものなのです』
シャロンは反発するように言った。
『そのように信仰者たちの信仰心が高まったことが問題なのだ』
年下とは思えない冷静さで淡々と語る少年王を前にシャロンは恥じ入っている。
ヒラクはそのいたたまれないような気まずさを不思議に思った。ヒラクには理解できない感情だからだ。
少年王はさらに話を続ける。
『ルミネスキの王として求められるのは、太陽神の御子であるという立場だ。だが、先の王子はあくまでも女神に仕える者だった。だからこそ、この国での太陽神信仰は次第に薄れていったのだろう』
『先の王子様は太陽神を敬い、神儀の務めは果たしておられました』
『表向きのことを言っておるのではないのだ』
少年王の言葉にシャロンは黙り込む。
交わされる会話の内容の意味はまるでわからないが、少年王の言葉の方が事実を物語っているようにヒラクには感じられた。
その証拠に、シャロンから伝わる感情には、動揺と混乱の入り混じる居たたまれなさのようなものがある。
沈黙が二人を包む。
『ところで、そなたには月の女神の姿が見えておるのか?』
ふいに少年王に尋ねられ、ヒラクは驚いた。
シャロンの戸惑いが伝わってくる。
『いいえ、残念ながら、この目で確かめたことはございません』
『そうか』
シャロンの答えに少年王はがっかりした様子だった。
『余は幼少の頃から、何度か同じ夢を見た。それは決まって月の夜。黒髪の女が出てくるのだ。余は、その女こそ月の女神であると確信した。その姿は、どこかなつかしさを感じさせる……』
『なぜあなたが黒髪の女神の姿をご存知なのですか』
シャロンの言葉と同時に自分の言葉が出たような気がしてヒラクは驚いた。
(なぜ黒髪の女神がここに出てくるんだ?)
その疑問への答えを待つ前に、すべては暗闇に落ち、シャロンの記憶は途絶えた。
●
次の場面では、少年王は立派な青年王となってヒラクの前に立っていた。
城の中の一室のようだ。
金の装飾に縁取られた壁に囲まれた部屋の中には、細かな浮き彫り装飾を施した調度類や刺繍の入った絹地をあてた椅子が並んでいた。
青年王のかたわらの画架の上には布をかぶせられた絵が立てかけられている。
王はうれしそうにヒラクの前で布を取り去った。
その絵に描かれていたのは、黒髪の月の女神の姿だ。
(ロイと一緒に見た絵だ!)
『どうだ、シャロン。この十年でやっと余の気に入る絵が完成したぞ。これこそ夢の中の女神の姿そのものだ』
ヒラクははらはらした気持ちだった。シャロンが不安がっている。
『陛下、このような絵が人目については……』
『案ずることはない。これが女神の姿であると知るのはそなたと余のみ』
『ですが、女神が黒髪であることは信仰者の間では知れたこと……』
『ならばこの絵は誰にも見せねばよい。余はそなたにさえ見せることができたならそれで満足だ。これは、宝物庫に保管しておこう。この国の継承者にこの絵を託すこととしよう』
そのとき、部屋の扉の向こうから声がした。
『陛下、失礼します』
シャロンはすばやく絵に布をかぶせた。
扉が開き、年老いた侍従が姿を現した。
『例の者が参りました』
『うむ、通せ』
青年王が言うと、シャロンはすばやくその場を辞した。
『では、わたくしはこれで……』
シャロンが部屋を出ると、入れ違いに中へ通された者がいた。
すれちがいざま、その姿を横目で確認したヒラクは、同じくこちらをちらりと見たその目を見て驚いた。
見るものを引き込む灰銀の瞳がヒラクをとらえる。
全身を黒い布で包み込んだ老マイラがそこにいた。
(なんでこんなところに!)
そんなヒラクの驚きを無視して、シャロンは老婆に軽く会釈すると、振り向きもせずにその場を去った。
●
場面は一瞬で変わった。
やはりヒラクの目の前には青年王がいる。
青年王のすぐ後ろで、ヒラクは王同様にひざをつき、手を胸の前で組んでいた。
そこは、主塔の頂上部にある環状のバルコニーの上だった。
ルミネスキ城に到着した日、城門を入ってすぐにヒラクは目の前にそそり立つ塔の高さと大きさに圧倒された。
今はその塔の上にいて、頭上から照りつける太陽の熱を感じながら、足下にたまる濃い影に目を落としている。
白のローブを身にまとう者たちが金色のハンドベルを鳴らしながら、塔の周りをゆっくりと歩き続けている。
青年王とヒラクは周回する者たちの輪の中にいて、目の前をゆき過ぎるベルの音を次から次へと聞いていた。
やがてその中の一人が王の前で立ち止まり、神語で黄金王を讃える言葉をとうとうと語り始めた。
一本調子で不思議な呪文のような言葉がヒラクの耳に届く。
他の者たちも唱和して、言葉の合間にベルを鳴らす。
やがて言葉が途絶えると、輪になって周回していた者たちは足を止め、金色のハンドベルをいっせいに鳴らした。
王の前にいるローブの男が両手で何かを掲げ持つ。
それは太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
男は両手を下げて、先端に赤や緑の宝石を埋め込ませた王杓を王の前に差し出した。
涼やかにベルの音が鳴り響く中、王は顔を上げ、片ひざをつきながら恭しく両手をのばし、王杓を受け取ろうとした。
そのときだった。
日が翳り、辺りの気温が下がっていった。
森の方から動物や鳥の声が入り混じり、折り重なる悲鳴のように聞こえる。
ローブ姿の者たちはベルを震わせながら、その場で右往左往する。
ヒラクは足元の自分の影が欠けていくのに驚きながら空を見上げた。
太陽が影に侵食されて欠けていく。
空は紫がかった異様な色になり、真昼の世界は、夜ともいえない異世界に変貌した。
黒い太陽からもやのような光が波打つように放出されている。
それはもはや太陽とはいえないものだった。
誰も何も言葉を発することができず、おびえたように空を見上げている。
『黄金王の栄華の終わりさ』
そう言ったのはマイラだった。
いつのまに塔の上まで上がってきたのか、呆然とする青年王の隣にマイラは立っていた。
太陽はすっかり影におおわれた。
空には星が輝き、地平線の近くには夜明けとも夕暮れともいえない細い帯のような赤紫の光が見える。
やがて太陽から細い光が差し込んだ。
マイラはローブの男が握りしめていた金の王杓を取り上げると、男に代わって王の前に差し出した。
『夜は光を体内に宿し、新たな太陽を吐き出した。月の女神は今ここに新たな王を生んだのだ』
太陽は完全に光を取り戻し、再び辺りをまぶしく照らした。
『新しき王よ。あなた様こそ太陽神と名乗るにふさわしい御方』
差し出された王杓を前に青年王は戸惑った。
『余が新しき王だと? だが、太陽神は唯一無二の神である。父上がいる以上……』
『月の女神はあなたを選ばれたのです。太陽神の証はあなたにこそふさわしい』
『太陽神の証……』
『さあ、受け取られよ。そして証を取り戻し、真の王となるのです』
青年王の顔に緊張が走る。
だが紅潮する頬と王杓を凝視する目の輝きに興奮の様子がうかがえる。
ヒラクは胸騒ぎを覚えた。
それがシャロンが感じている不安なのかどうかはわからない。
青年王は片ひざをつき、マイラの手から両手で王杓を受け取った。
そして空に向かってそれを掲げた。
その黄金の王杓はさきほどよりも一層まぶしく輝いて、ヒラクの目に飛び込んできた。
●
そしてまた辺りが暗くなった。
今度は太陽が沈んだ後の夜の森だ。
ヒラクの頬を涙が伝っていた。
何か硬く平らな重い板のようなものを胸におしつけるように両手で抱えている。
それが何であるのかヒラクは気になったが、シャロンは涙をぬぐうこともせず、ただまっすぐに前を見て森の中を一人歩いていく。
行き着いたのは、見覚えのある森の湖だった。
それは、ヒラクがオーデル公の記憶の中で見た湖と同じ場所のようだ。
月の光が湖面に橋をかけるようにのびている。
その先をじっとみつめながら、ヒラクはつまさきを水にひたしていく。
『哀れな王よ。今こそあなたを月の女神のもとへお連れいたします』
全身が水の中につかっても、シャロンは胸に抱えるものを離そうとはしなかった。
息が苦しくなっていく。
意識が遠のくのと同時に、ヒラクは自分がシャロンから離れていくのを感じていた。
○
ヒラクが目を覚ますと、見覚えのある女がその場に倒れていた。
それは、ヒラクがそれまで入り込んでいたモリーだった。
窓の外を見ると、日が傾きかけているようで、部屋の中は少し薄暗くなっていた。
ロイの記憶の中でさまざまな出来事を体験したヒラクは、まだぼんやりとしていて、状況がつかめていなかった。
そして少しずつ考えはじめ、自分がモリーの姿だったこと、ロイの記憶に入ったことを思い出した。すると自然と疑問がわいてきた。
(おれはモリーの中にいたのに、なんでモリーがおれの前にいるんだろう?)
ヒラクは立ち上がろうとしたが、片足に力が入らずバランスをくずした。
床に転がる杖が目に飛び込んでくる。
ヒラクは座り込んだまま、今の自分の姿を確かめた。
白いローブを着ている。
髪はさらりと長い金髪だ。
「まさか……ロイ……?」
ヒラクは自分の顔を手で触る。
それで何がわかるというわけでもないが、すでにヒラクは確信していた。
「わぁっ、今度はおれ、ロイになっちゃった!」
ヒラクが大声をあげると、倒れていたモリーが意識を取り戻した。
「……ここは?」
モリーはうつろな目でヒラクを見た。
そして目の焦点が定まると、驚いて体を起こした。
「あなた誰? ここはどこなの?」
モリーは部屋の中を見渡した。立派な本の並ぶ書見台も壁の絵もまるで見覚えがなかった。
「どうして私はこんなところにいるの? 母さんのしわざね。あなた、母さんに頼まれたんでしょう? こんなところに私を閉じ込めて……」
モリーは恐怖で顔をこわばらせた。
「父さんが来るのね。ここに父さんが来るんだ。殺される。今度こそ私は殺される!」
モリーは興奮した様子で部屋の外に飛び出そうとした。
「ちょっと、待ってよ」
ヒラクは床をはいながら、モリーの足首をつかんで止めた。
「いやぁっ、はなして、殺される!」
つかまれた手を振り払おうとするモリーの足をヒラクは両腕でしっかりと抱え込んだ。
足を取られてバランスを崩したモリーは後頭部を背後の壁に強く打ちつけて、そのまま仰向けに倒れた。
ぐったりとしたまま動かなくなったモリーを見て、ヒラクはあわてて状態を確認した。そしてモリーが呼吸しているのを確かめて胸をなでおろした。
「でもまた目を覚ましたら厄介だな……」
ヒラクはロイのローブのすそをびりびりと破くと、モリーの口に押し込んで頭の後ろで布の端を結び、念のために両手両足を縛りつけた。
「ごめん、あとで必ず迎えにくるから」
そう言って、ヒラクは部屋を出た。
「とにかくマイラのところに行かなきゃ。やっぱりあのばあさん、どこかうさんくさい」
ロイの姿をしたヒラクは杖をつき、重い足をひきずりながら肖像画の廊下を引き返した。
モリーを残した部屋は薄暗い闇に包まれていく。
窓の外に満月が浮かぶ。
絵の中の黒髪の女の姿が月明かりに照らされようとしていた。
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