第34話 えぇぇ……



 ダグドラは死んだ。

 彼はAIに囚われてしまった。なまじ優秀なAIを入れてしまったがために毒を飲む行動を拒否できなかったのが災いした。運営はこのバグに至急対応すべきである。


 もしや『火の山』にテイムに行っている間にゴブリンキングとその身体に含まれる毒が熟成されてしまってフュージョン? ふむ、どうやら『オリスタ』のアイテムには鮮度の概念もあるようだ。ダグドラが苦しんで死んだのも無理はない。



 かくして、イチストは救われた。えんどろーる☆


 ……いやいやいや。本来はイチストをとりまくメインクエスト一章のラスボス、それがダグドラである。本来ならこの後ダグドラに姫が攫われて『火の山』へ連れ去られる。そして『火の山』中腹の封印を解きダグドラの待つ山頂へ至るために、封印の鍵を探して『地の洞穴・深層』『水の湖』『風の草原』『火の山・裾野』『魔の森・浅層』『聖なる森・遺跡』にある祠を巡るお使いクエストがあったはずなのだ!


 その最中では再びゴブリンの巣くう洞窟に潜ったり、エルフと獣人の諍いを仲裁してどちらか片方を仲間にしたり、ドワーフと仲良くなったり、魔の森でフェンリルをチラ見したり、シャルロッテと遺跡で特訓するイベントがあったはずなのだ!!


 それら全部を、ナクラは吹っ飛ばした!!

 第1章RTA完! ダグドラ撃破でタイマーストップ、記録は53時間24分16秒(休憩時間込み・現実時間)です。



 尚、上記お使いクエストはサブクエストに移行されました。以後任意のタイミングで受けることができます。まる。(フェンリル除く)


「す……すごいよナクラ! あのダグドラを倒しちゃうだなんて!」

「うむ、一瞬ナクラが裏切ったかなんて疑ってしまった自分が恥ずかしい。あれは作戦だったんだな!」

「えっ、あ、うん?」


 しかしナクラは首を傾げた。泡を吹いて気絶し、シャルロッテに首を落とされ絶命したダグドラ。こいつは明らかにボスである。

 流石のナクラでもこれは異常事態だと気付くだろう。なにせ、相手は1章ボスである。称号にだって隠すことなく「1章クリア」と付いている。碌な戦闘も無しにボスを倒すなど、ゲームとしては明らかにおかしい!


 そして、ナクラは気付いた。

 ……『そっか、ゴブリンと同じだ! 美味しい料理で感極まり過ぎて浄化されたんだ。それで弱体化したところをシャルさんに……まったくモンスターは大変だなぁ、おちおち料理も食べられないなんて!』……と!



 違う!!!!!!! 『ゴブリンと同じ』ってところ以外は!!!!!!!



 そしてそして、ナクラはさらにこう思った。『そうか……私は隠しルートに入ってるんだ!――さしずめどこもかしこも美味しい料理で世界を救うP(平和:PEACEピース)ルート!』と。


 全くもって勘違いだ! お前のPはP(毒:POISONポイズン)だから!!


 そもそもなんでボスの癖に毒が効くんですか? 普通そういうのって耐性持たせるでしょ、え、裏ボスのフェンリルが持ってないのにあるわけないって? そーですね!!



 と、ここで王様が立ち上がり、ナクラの前にまでやってくる。


「……ナクラ。感謝する。そちのおかげでこの国は魔王の手から守られたようだ」

「え、あ、はい。どういたしまして」


 これには王様も苦笑い……ではなく、普通に感謝の笑顔を浮かべていた。そりゃそうだ、王様はNPC、イベント戦闘なんてこと知ったこっちゃなく、今はただ魔王の手先であるダグドラを毒殺し国を守ってくれたナクラに感謝しかない。

 でもそいつ、あなたとそこの姪っ子を毒殺しようとしてたんですよ。牢屋にぶち込むべきでは?


「また、何か礼をせねばなるまいな。とはいえ、今は城もこんな有様で碌な礼もできないが」

「えーっと、それなら……シャルさんと仲直りして欲しい、とかでもいいでしょうか?」


 !? 何を日和ひよった発言してるんだナクラ!……ハッ、さては自分が平和ルートに入ってるからそれっぽく行動しようとでも思っているのか!?

 とんだ勘違いをしおって! ルート先駆者としてそこは「先程のリストにあるやつ全部」とか「宝物庫丸ごとでいいですよ」とか「シャルロッテを奴隷にして差し出せ」とかがめつく要求する場面だろう! チクリンならきっとそうしてた。間違いありませ……グワーッ!(熱い風評被害)


 そんなナクラの生ぬるい要求を聞き、王様は「はて?」と首を傾げた。


「……儂はシャルに嫌われておったのか?」

「な、いや、王よ。私は王を嫌ってなどおりませぬ」

「先程のように、叔父上と呼んではくれぬのか? 昔はそう呼んで慕ってくれたというに、寂しいものよ」

「昔の話です! い、今は立場というものを弁えております故……」


 そう言って恐縮するシャルロッテを見て、王はふむと頷いた。


「成程。ナクラよ、感謝する。どうやら我が姪は何か勘違いをしているようだ。儂こそシャルを嫌ってなどおらぬ」

「そ、そうなのですか?」

「まったく。どこの馬鹿に吹き込まれたか知らぬが、そんな戯言を信じていたのか……ほれシャルよ。イチストを救ってくださったお方の頼みじゃ。儂を叔父上と呼び仲良き事を示しておくれ」


 朗らかに笑う王。確かに、そこにはシャルロッテに対する確執などは微塵も感じられない。

 ……まさかのポイズン平和ルート!? こいつはとんだミラクルである。ダグドラの苦悶の表情を除けば、ここは完璧に平和であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る