第8話 忘れていた事



 食堂を出禁になってしまったナクラは、項垂れてとぼとぼと町中を歩いていた。


「一体何が不味かったんだろう……」


 そこに幸か不幸か『しいて言えば味かな!』とかウィットに富んだジョークを言ってくれる人はいなかった。

 しかも、もうひとつ。ナクラは致命的なミスを犯していたのである。


「……あっ。オープニングセレモニー!!」


 慌ててメニューを開きそこにある時間表示を確認する。……とっくに終わっている時間であった……! なんということ! ナクラは仕事でこのゲームをやっているというのにまさかの失態! 押さえておいて当然な公式イベント、オープニングセレモニーをすっぽかしてしまったのである!


「今から『基底世界』行っても……だめだよねぇ。はぁ、実はデスゲームになってログアウト不可になってたのに巻き込まれなかったよラッキー、とかないかな? ないかぁ……」


 そのようなフルダイブ型VRゲームが流行する以前のラノベの如きご都合主義などそうそうない。少なくともメニューにログアウトボタンはあるし、『基底世界』へのアクセスも問題なさそうだ。

 と、メールを確認することにした。この『オリジンスターオンライン』では、ゲーム内からでもメールが確認・送信等ができるようになっている。ナクラはちゃんとそれもチュートリアルお姉さんことシャルロッテに教えてもらっていた。おおメタいメタい。


「……うげっ、編集さんからメールきてる、『体調不良ですか?』って……ごめんなさい、体調不良じゃなくて料理に夢中になってただけなんです……」


 果たしてナクラが行っていたのが料理かどうかという議論はさておき、ナクラはお詫びの気持ちも込めてブログ用の記事を書いて編集さんに送っておくことにした。

 幸い、ゲーム内は現実世界の2倍の時間がある。普通にメールが送れるため執筆するのにも丁度いい。一旦ゲームはお休みし、ブログ1回目の記事を書くことにした。



 [〆(・_・ )執筆中……]



 チュートリアルお姉さんことシャルロッテさんの丁寧な説明と、その美貌。そして会話トレーニングにとても良い! ということを記事に纏め、スクリーンショットを添えて編集さんに送る。

 ごめんなさい、ゲームが面白くて時間を忘れ夢中になってました、と謝罪も忘れない。


「あー……なんか疲れがどっときた……喉乾いたしおなかもすいてきた」


 一応物質を食べていたためにパラメータとしての満腹度は十分あるのだが、これは現実世界での空腹だ。フルダイブ型VRでは没入したまま脱水症状・空腹により死亡という事が無いようにそのあたりの感覚は現実の身体とリンクしている。

 なんなら給餌器のようにチューブで自動的におなかに栄養を送り込んでくれるマシーンがあれば、とナクラは思ったが、同時にそれはそれで自主的に現実世界へ帰ってこなくなる人が続出しそうだなとも思った。


 ともあれ、時間的にも大家さんの食事が待っている頃合いだ。ナクラ――加古は一旦現実世界に戻ることにした。


  * * *


 ご飯とか水分をしっかり補給し、トイレもばっちり済ませたうえで加古――ナクラは『オリジンスターオンライン』の世界に戻ってきた。


「はぁー、満腹満腹! やっぱり大家さんの料理はおいしいなぁ。私ももっと愛情込めなきゃだめよね!」


 意気込みは立派だが、早く誰かがナクラに「いいからレシピを守れ」と教えるべきである。いや、きっと過去に誰かが教えているはずなのだが? ナクラには都合の悪い話は頭からすり抜ける悪癖があるに違いない。


「それにしても、厨房を貸してもらえないんじゃどこで料理すればいいんだろう」


 さてどうしたものか。とナクラは思案する。……と、そういえば食材を狩りにいった『魔の森』には川が流れているのを思い出した。丁度いい大きさの石も転がっており、石を組み合わせてかまどを作ることもできそうだ。


「しかも森も川も食材の宝庫。となれば料理し放題なのでは?……よし、決定!」


 こうしてナクラは素晴らしいアイディアに基づき行動を開始した。

 オープニングセレモニーに参加し、一緒に遊ぶフレンドを作っていれば……いや、せめてAI搭載の仲間NPCを連れていけば、ナクラの所業を止めてくれていたはずであったのかもしれない、と思う次第。万が一の可能性として。


 しかしボッチに慣れているナクラには、出かけるときに誰かを誘うという発想がなかった。よってこれは、この世界に定められた仕方のない運命なのだ、きっと。



――――――――――――――――――――――――

【現在のナクラのステータス】


 名前 : ナクラ

 職業 : ヒーラー(Lv8)

 HP :175/175

 MP : 40/ 40    備考:時間経過で自然回復した。


 STR: 15

 AGI:  4 ( -80)→ 1

 VIT: 80

 INT: 10 (-100)→ 1

 DEX:  3 ( -50)→ 1

 LUK:  4 ( -50)→ 1


 ※「()内は料理効果による一時的な補正値」 備考:まだ続いている……だと?


 ボーナスポイント(残:16)


 スキル:

  光魔法 :Lv 1

  回復魔法:Lv 4

  火魔法 :Lv 0(習得可)

  即死魔法:Lv 0(習得可)

  毒魔法 :Lv 0(習得可)


  料理  :Lv 0(習得可)

  毒吸収 :Lv 1

  錬金術 :Lv 3

  毒手  :Lv 8


 耐性:

  猛毒耐性:Lv10(MAX)

  苦痛耐性:Lv10(MAX)

  麻痺耐性:Lv10(MAX)

  酸耐性 :Lv10(MAX)

  呪い耐性:Lv 2

  火耐性 :Lv 3


 装備:

  初心者のメイス

  初心者の服

  初心者の靴


 称号:

 「ルーキー」始めたばかりの初心者。Lv10で解除。デスぺナ軽減

 「シャルロッテの知り合い」シャルロッテと知己を得た

 「百連死:毒」毒で連続100回死んだ。若干耐性が付く


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