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あるかないか

転生させるのが仕事、そんな神様のお話。

 ――この"セカイ"は、いくつもの"世界"の集合によって成り立っている。


 例えば、錬金術が主流の世界。

 あるいは、魔法が飛び交う世界。

 他には、滅亡の危機に瀕している世界、生まれ持った才能によって全てが決まる世界、核が落ちようと終末が起きようと3日後には元に戻っている世界、そして特別な事が何も起きない平凡な世界などなど。

 そういった世界のとある部分が纏まって、"セカイ"は形成されている。では、そんな"セカイ"とは何なのか。


 答えは簡単だ。天界――所謂天国と地獄である。

 どのような世界においても神という存在があり、そして天国と地獄という概念が存在する。そんな色んな世界の天国と地獄が統一され、天界という"セカイ"が誕生した。


「休みたい……休めない……ああ、クソ」

 

 そんな天界のある空間に、ぼやく男が一人。


 男は神である。名前はまだない。便宜上は転生神と呼ばれているものの、固有の名前は存在していない──数十年前に生まれたばかりの矮小な神だ。


 神というものは意識された信仰のみならず、無意識的な、特定のモノに向けたものでもない信仰によって生み出されることがある。彼もまた、その無意識の信仰によって生み出されたもの。

 生まれ変わっていい生を送れますように──そんな曖昧な願いで構成された存在である。

 

 そして、この神が誕生した際最も歓喜したのは、娯楽を司る神々であった。

 それは、人間の魂で面白おかしく遊んでいた娯楽の神々が創世神からの怒りを受けたことにより創り出した「サービス」の評判が非常に悪かったためである。

 各世界を管轄している神が魂の要望を送り、天界はそれを受けて魂を送り込む──天界と世界の神々によるこの「サービス」の取り決めがなされたのが数百年前。

 そこから転生サービスが始まったわけだが、娯楽の事以外殆ど考えていない神々の"仕事"など、たかが知れていた。

「なんでこんな碌でもない奴を転生させたんだ」「こんな魂は望んでいなかった。お前たちのせいで世界がより混乱した」など、山のような苦情が天界に送られてこようが彼らは知らん振り。他の世界より、自分たちが楽しいことが大切であったからだ。


 そんな中生まれた、転生を司る神。


「創世神が我らの反省を受け入れてくださったのだ!これは開放の証に違いない!」

 

 とある神が発した言葉に他の娯楽の神々は大いに喜び、全てを彼に押し付け逃亡。


 ──ポツンと取り残された彼の周囲には、世界の神々から送られたとんでもない量の苦情と、溢れ返るほど溜まり溜まった魂だけが残されていた。



 ─*─



「冷静に考えておかしいだろう。なんだって俺がこんな……奴らの遊びで死んだ魂を俺が管理しなきゃならんのだ……」


 彼も頭では分かっている。自分は生まれ変わりを司るため生まれた存在であると。

しかし、自ずから動くのと他の神々により動かされるのとは精神の持ちようも変わるもので。

 大体現地の神も現地の神だ、と彼の愚痴は続く。

 

 通常、世界の神々が天界に魂の要望を送る際には、募集する魂の条件が加えられている。世界にとって益をなさない魂が送られても……ということで、自分の世界を良くしてくれるような魂を神々は求めているのだ。


「だからといってこれはないだろう」


『条件:心優しい人』

『条件2:能力に秀でていること』

『条件3:若い』


「人類種の結婚活動か?」


 あとそんな魂がそうそう現れるかよ、そう言いながら彼は書類を放り投げた。



 さて、娯楽の神々だって、ただ何も考えずに魂を天界に連れて行っているわけではなく、きちんと彼らにとっての規則に則り、条件を満たしている魂を持ち去っている。

 そしてその魂たちは、得てしてどこかに歪みを抱えている。清らかな魂が転生の神の前に現れることなど、殆どないのだ。

 能力も魂により様々で、時には敷居の高い条件を全て満たすものも存在するが、逆にいずれにも当てはまらない魂も存在する。

 そんな魂たちの行き先の多くは、決まって碌でもない世界である、と神は結論づける。

 例えば──


『誰でも歓迎! 自分に自信がない人も大丈夫!』

 これは転生者を実験動物にして遊ぶ者達の世界。脳だけになった転生者は数知れず。


『急募!誰でも活躍できる剣と魔法の世界です!』

 これは命の価値が馬鹿みたいに軽い、ファンタジーはファンタジーでもダークファンタジーな世界。


『戦いが苦手な人も安心! 戦うことなく皆に感謝される存在になれます!』

 これは人肉が豪華な食事として扱われる世界。ここに転生した人間はもれなく食糧として扱われる。


『唯一無二の存在になれる! 人種以外が好きな人にオススメ!』

 この世界に転生したものは皆、武器に魂が封印され"知性を持つ武器"として扱われる。

 武器が完全に壊れた時は魂も崩壊するため、常に新たな魂が求められているのだ。


残念ながら条件を満たす魂と満たさない魂では後者の方が多いため、これらのような世界へ向かう魂は後を絶たない。


「お前たちはあの扉の前へ向かうように。間もなく剣と魔法の世界へと繋がる扉が開くだろう」

 

 神により印を与えられた魂の集団が、意気揚々と跳ねて世界の扉へと向かっていく。この者たちにとって、新たな世界と理想郷は等しい存在として認識されているのだろう。


 (残念ながら、その世界はそんなに優しくはないぞ)


 転生を司っている神の理想は、彼の仕事により、魂にとっても世界の神々にとっても良い結果となること。実際に彼が転生サービスを任されるようになってから、世界からの苦情は激減した。しかしながら全てが理想通りにいくはずもなく。


 そしてまた、新たな苦情が舞ってくる。娯楽の神々により連れ去られてきた魂たちがやってくる。更には募集する気のないような条件が書かれた要望書が降り注ぐ。


 手を止めて、静かに神が上を見る。白の景色を見ながら呟く。


「そろそろ休みたい」



 ─*─


 ──無理だと思いますよ。


 突如聞こえてきた声に顔を正面に向けると、そこには純白の翼と漆黒の羽があった。


「ちょ、ちょっと天使さん!」

「何を慌てているのです、悪魔。部下として事実を述べているだけではないですか」

「……ああ、戻ったか。ご苦労」


 現れたのは転生神の忠実なる僕である天使と悪魔。神により創られた二人が、並んで彼の前にひざまずく。


「で、無理とはどういう意味だ」

「後任がいないではないですか。大体、転生神様まで仕事を放棄してどうするのです」

「罰を受けた娯楽の神々にやらせれば良いだろう。生まれてからずっとこれなのだ、少し休んだところで創世神からの罰も降るまいよ」

「あの神々に任せたらどうなるかなんて、貴方様が一番予測できるでしょうに……」


 呆れるような声を出す天使の言葉に、ふん、と神は鼻を鳴らす。


「当然だ。そしてそうなれば奴らを叩く口実が再びできるだろう」

「聞きましたか悪魔。これが私達を創りし神様の御言葉ですよ。とんでもないですね」

「まあ、それくらい恨みを抱いているってことだから仕方ないよね」

「あ、貴方そっち側なんですね」


 じゃあ私もそっち行きましょう。そう言って、三人並んで声を出す。娯楽の神々、奴らはクソだ。

 神と天使と悪魔、全員の意見がまとまったところで、神が本来の用件を思い出した。彼が天使と悪魔に命じたのは、役割を放棄した娯楽の神々に対して行われる裁判──創世神による裁きの場への出席だ。


「で、イルクーガはどうなった」

「裁きの場での態度が創世神のお怒りを受け、五千年の幽閉が決まりました」

「五千年か。どんなことをしたのやら……」


 転生の神に仕事の全てを託し逃げ去った神、その主格であるイルクーガの顛末を聞きニヤリと笑う。


「聞きたいですか?」

「いや、いい。効率が落ちそうだからな」


 やり取りをしている間も手は止めない。条件に応じた魂の選別、他の世界に繋がる扉の構築。彼に課された役割は終わることがない。そんな折、悪魔が控えめに声を出した。


「あ、あの……転生神様」

「どうした悪魔」

「お疲れかと思い、視察ついでに天国から聖薬を頂いてまいりました」

「お前本当に悪魔か? いや助かるが」


 差し出された聖薬を口に含むと、肉体に力が満ちた。これでまた暫く仕事ができる、と考え……ふ、と止まる。

 休みたい神にこれを差し出すということは、これでもっと働けるだろう、ということでは? まさに悪魔の所業。


「流石だな、悪魔……!」

「へ? あ、ありがとうございます?」

「ああ、そうなっちゃいますよね」


 全てを察している天使に何も言わないように目配せをすると、仕方ないですねというような視線が返ってきた。


「それにしても、相変わらず娯楽の神々は堕落していますね。酷い有様でしたよ」

「そう創られたのだから仕方ないだろう。だからといって好ましいとも思わないが。……ところで」


 ──俺は奴らと奴らを生み出した人間、どちらを憎むべきだと思う?


 転生神からの切実な問いに、天使が答える。


「両方じゃないですか。ちょうどエイフィヌギュスも捕らえられているようですし、例の世界に魂として送り込む、とかどうです? 私たちの娯楽になりますよ」

「お前本当に天使か?」

「チッチッチッ、甘いですね。第411283132412世界では多様な個性を持つ存在を受容することを意味する"多様性"なる言葉が流行しているそうですよ。つまりこの私もまた、受容されるべき存在であるということです」


 胸を張る天使。その姿は自信に満ち溢れており、頭上の輪も強く輝いている。隣の悪魔がギョッとする。


「そんなお前を受け入れた俺から、とっておきの仕事を授けよう」


 スンと天使の瞳の光が消失した。その間、わずか数秒。輝いていた輪の色が灰色になり、隣の悪魔が「えぇ……?」と零す。


「そうはならないだろう」

「なってるでしょうが!!」

「な、なんで……?」


 ここまで強く感情と連動する天使の輪など、神も悪魔も天使もこれまで見たことがない。なんだこれ。

「多様性ですよ多様性」「どこか悪いのかも」「頭が悪いんじゃないか」「ぶっ飛ばしますよ」……暫くの間三人で議論したものの答えは見つからず、『そういうこともあるのだろう』という結論で終わった。しかし天使の怒りは止まらない。

 


 

「というか、もっと部下増やしてくださいよ。私たちだけで回るはずないじゃないですか!」

「ぐっ……論としては正しいが、やれるものなら既にやっている! お前たち程の魂がないからこうなっているのだ」

「……ふ、ふぅん」


 一瞬、天使の怒気が弱まるが、いやそうじゃなくてと首を振り再び転生神へと詰め寄っていく。負けられない戦いがそこにはあるのだ。


「妥協しても良いではないですか! 少し私たちより劣っていても、使えるならそれで良いでしょう!」

「お前たちくらいでないと満足できんから困っているのだ!」

「…………。そ、それはそうかもしれないですけど! だからといってこんなに扱いが酷いと、他の神に引き抜かれちゃうかもしれませんよ、いいんですか!」


 ──その瞬間、神の雰囲気が変わる。やる気のなさげな目は鋭く、その視線は天使の方へ。


「ああ? お前たちのような優れた魂を、この俺が他所に渡すわけ無いだろう。お前たちは消えるまで俺の僕だ」

「……んふ」


 逃すつもりはないと言わんばかりの転生神の視線と言葉。見る者が見れば処罰が始まるのではないか、と考えられるようなそれを受けた天使の口角が上がる。

瞳はギラギラと光り、くすんでいた輪は輝きを取り戻すどころか、先程よりも強くなっていた。何故なら天使にとってその言葉は、勝利に等しいものであったがゆえに。


「仕方ありませんね、そこまで言うなら行ってきてあげましょう」

「ああ、頼りにしている」

「んふふふふふ、お任せください。それでは行ってまいります」


 消えたかのように錯覚する速度で他の世界に消えていく天使を見送る。最後の方、輪の光がとんでもないことになっていたのを悪魔は見ないことにした。


「よし、行ったな」

「天使さん、頼りにしているって言ってもらえて嬉しかったみたいですね」

「魂の頃からああいう奴だ。扱いやすくて助かる」

「ああ、あのやり取りもわざとだったんですね」

「いや、何も考えてない」

「えぇ……」


 残った二人で仕事の山を削る。魂の選別と誘導、神々からの苦情への対応。送られてきた要望の分類。やることは多い。


「第411283132412世界の神から『持っていきすぎでは?』という苦情が来ています」

「娯楽の神々が悪い。裁きの間の使徒に投げておけ」


「魂番号007568番が第6104948391682574世界を安定させたと報告が来ました」

「ほう、単独で安定させたか。あちらの神は何と言っている」

「『なんか魂が変質して怖い』と」

「珍しくないことではないか」

「私達と現地では魂の在り方が異なるのかもしれませんね」

「なるほどな」


「第8323319103世界から魂の要望が来ています」

「条件を少しでも満たす魂を探してまとめておけ。後で同時に処理する」

「存在しませんでした」

「なにそれ怖」

 

 回復した力と悪魔の助力により仕事が次々に消えてゆく。先程まで築かれていた山は、今では半分程度の高さになっていた。


「……ん」


 そんな中、神の手があるところで止まる。


「これらはお前が行くべき案件だな」

「っ! はいっ!」


 悪魔は素早く反応して書類を受け取ると、自らを創った神から与えられた情報を分析し始めた。自分に何ができるか、何をするべきか。全ては、己が神の僕として完璧な役割と果たすために。

 ぶつぶつと自分の世界に浸る悪魔を見て、やっぱり天使と悪魔、器入れるの逆だったかもしれんな……と神は真剣に思った。




 それから暫くして。おおよそ二千の世界を分析し終えた悪魔が顔を上げると、神がじいっとこちらを見ていることに気づく。

 見られていたのだ。悪魔の顔が熱を持ち、視線は下へと落ちていく。


「相変わらず慎重派だな」

「申し訳ありません……」

「その慎重さは美徳だろう。だがお前も天使と同じく、俺が俺のために選別した特別な魂なのだ。自信を持つように」

「はい! それでは……行ってまいります」

「頼んだ」


 闇が悪魔を包みこんだかと思うと、そのまま宙へと消えた。再び、彼の周りに静寂が訪れる。


「悪魔の奴も大概分かりやすいな。尻尾の動きが隠しきれていなかった」


 振り方こそ小さいが、神からすればあれは天使と似たようなものだ。もし彼がお前も天使と同じだぞと言えば、おそらく悪魔はひどく嫌がるだろうが。


「そういえば、さっきの世界の要望はなんだったんだ?」


 悪魔が端に避けた要望書を開くと、そこには一行だけが書いてあった。


『条件:元の世界に満足している魂』


「……なるほどな」


 確かにこんな魂は存在しない。何故なら娯楽の神々が選ぶのは──滑稽に踊ってくれるような、なのだから。




 再び、各世界から集められた魂がやってくる。大きさも色も形も同じそれらを静かに見据えて神が告げる。


「──ようこそ、哀れな魂たち。諸君らに一つ目の選択肢を与えよう。生まれ変わるか、そのままか。好きな方を選ぶといい」

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