非日常を求める僕と魔法使い

とりマヨつくね

第1話

 唐突なことだが、十人十色という四文字熟語とはとても素晴らしいとは思わないだろうか。

 人なら誰しも、大なり小なりそれぞれの『色』を持っていて、一見に似ている色でも実際は違ったり、その逆もまた然りで違っているようで実は同じだったりする。

 その人にとっては当たり前でも、他者から見たらそれは珍しい色になるのだ。

 牧島克人はいわゆる『色』と呼べるものが持ち合わせていなかった。

 正しく『透明』、それが彼自身の評価であり現にそうであった。

 幼稚園、小学校、中学校と何かしらの活動もしていなかったし、趣味や特技もなく、運動も勉強も人並みに平均を優れたことも劣ったことない。

 友人は数人はいたが、別に大して人脈が広いわけでもない。

 何もないのだ。自分に誇れるものが何一つとして。

 だからこそ今、彼は興奮に満ち満ちていたのかもしれない。


 自分を強烈な色を染め上げてくれる存在を────────退屈な日常をぶっ壊してくれる存在と出会えたことに。


 話は数刻前に戻る。

 今日は入学式。克人にとって最も憂鬱な日であった。

 ただ単純に面倒くさいのもあるが、それ以上に自己紹介をしなければいけないことが鬱屈とさせる。

「はあ〜、嫌だな〜」

 溜め息を吐き桜が舞い散る通学路を歩くが、その度に自分の周囲の重力だけが重たくなっているかのような感覚に陥る。

 その時だ。

「どいてえええええええええええええええ!」

「ぐえぇ!?」

 何事かと後ろを振り向くと同時に強い衝撃が襲い、くの字に折り曲がる。その勢いのまま克人の体は天高く舞い上がった。

 一瞬、車かバイクかに衝突されたかと思ったが、それにしては何かが軽かったような気がした。

 地面に衝突するまで残り数秒、克人は脳をフルに回転させるが────まるで理解できなかった。

「ヘブシッ!?」

 半強制的に思考を途絶させられた後、二回目の身体的衝撃が決め手となったのか、死にかけのゴキブリのようにピクピクと痙攣させていた。

「わわわわ!? だ、大丈夫ですか!?」

 少女のこちらを心配している声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げると視界に入ったものに克人は驚愕した。

 それは女子高生が箒に跨って宙にふよふよと浮いていたからであった。

 あまりにも非科学的で非現実的な光景に、ただでさえパニック状態だった思考が理解を拒否し始めている。

 そこで克人はとある別の思考が浮かび上がった。 

「あ……これ骨にヒビが入ってるわ」

「ふぇ!?」

 そう認識した途端、先ほどまで感じていなかった痛みがじんわりと体に浸透し始めた。

 克人の言葉に少女は慌てて地面に着地し、克人の側に駆け寄る。

「あの、具体的な箇所ってわかりますか?」

「多分……肋骨だと思う」

「わかりました。少しじっとしていてくださいね」

 少女は頷くと、胸にそっと優しく手をのせる。

 すると淡い輝きを放ち出し、とても温かい何かが彼の身体を包んだ。

「これは……一体?」

 克人は問いを投げてみるが、少女は返答することなく何かを真剣に見ていた。

 それからどれほどしただろうか、ほっと息を吐いた。

「良かった……これなら私でも直せそうですね。少し痛いかと思いますが、すぐに終わりますから我慢してくださいね」

「は? それはどういう──────イダアアアああああ!?」

 克人の言葉を待たずして、先ほどと同様の激痛が走った。

 だがそれも一瞬のうちで、すぐになりを潜めたどころか骨折の痛みすらも消えてなくなっていた。

 一方の少女は作業を終え、どこか満足そうな顔をすると立ち上がる。

「もう大丈夫です。試しに身体を動かしてみてください」

「え? でも俺……」

「ですからもう治しましたから大丈夫ですよ。ほらほら」

 少女に催促され半信半疑で起き上がり、なんと普通に起き上がれてしまった。

 試しに身体をあちこち触ってみたり、ぴょんぴょんと飛んで確認してみるがなんともなかった。

「君は一体……何者だ?」

 克人は少女に視線を向け、今まで起きた全ての出来事に対する質問をする。

 問いの意味が理解できなかったのか、少女は「ん?」と首を傾げるがすぐに合点がいき、ポンと手を打つと。 

「私、魔法使いなんです」

 さも平然のように少女は言う。

 普通なら「あ、コイツヤバいやつだ」で一蹴されるに決まっているが、今の克人には納得せざる得なかった。 

 箒が飛んでいたことといい、骨折を治したことといい、これらの現実から大きく離れた現象を無理やり言葉で表すとするなら……『魔法』としか表せないだろう。

 だがしかしだ。こうして目の前に、今まで空想だと信じられていた存在が現れたとしてどのように反応すればいいのだろうか。

 どう返答したものかと完全に困り切っていると。

「あ、ああ〜! だからと言って怖がらないでください!! 別に大きな鍋に入れて煮込もうとか思ってませんから」

「別に怖がっているわけではなかったんだけど……というかそっちのほうが本当の方が怖いよ」

「あ、そうですね、そうですよね。いらないことを言ってすいません」

「いや、謝る必要はないよ。骨折を治してもらったんだし」

 胸をぽんと叩き、どうということないことを示す。

「それにしても魔法使いなんてものに会うなんて思わなかったけど、なんというか……イメージと違うな」

「ははは……よく言われます」

 頰をかきながら春香の様子を見て、普通の女子高校生だなと克人は思った。

 少なくとも幼い頃にイメージしていた魔法使いとは、似ても似つかない。

 今手に持っている箒を除けば、どこにでもいるごくごく普通の女子高校生である。 

「あ、自己紹介を忘れてました。わ、私の名前は日野春香って言います。〇〇高校の一年です。親しい仲の人は『ハル』って呼んでます」

 春香と名乗った少女は、満面の笑みを浮かべ手を差し伸べる。

 一見、いや彼女にとって、これはただの親愛の情を示すためだけのことなのかもしれない。

 だけど彼にとって、克人にとっては『コレ』は大きな意味を指す。

 良くも悪くもない日常、変わらない日常、退屈で仕方がない日常。

 変えたくて仕方がないくせに、変えられるほどの度胸も力もない。

 そんな自分に絶望しつつも、結局はこれまで通りの日常を自堕落に過ごすだけ。

 

 だが、もし、そんな日常から脱却することができるのならば──────────


 思わず口角を上がってしまいそうなのを堪え、差し出された手を握り返して言った。

「俺の名前は牧島克人、今年から〇〇高校に通うことになった新入生だ。俺も下の名前で呼んでくれ、ハル」

「はい、よろしくお願いしますね! 克人さん!!」

 こうしてとても奇妙な友人関係が生まれた。

 このお伽話から漏れ出てきた存在との生活が、これから何をもたらすかは分からない。

 でもどうせなら、騒がしく忙しい『非日常』ではあればいいと心の底から願うのみである。



 

  

 

  

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非日常を求める僕と魔法使い とりマヨつくね @oikawanaoki

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