第5話 コラボ配信の依頼です!

「ねえ、ユキト。コラボの件だけど、どうしよう?」


 ヒナタが俺の家のリビングでだらりとアイスを食べ、くつろぎながら聞いた。


「あっ、それ俺のガリガリ君」


 そう言おうとしたが、思ったより喉がかさついて声が出ない。

 頭は熱で浮かされたようにぼんやりとしている。

 でも、きっとヒナタの唇に張り付きその口内に甘露を流し込んでいるのは俺のガリガリ君にちがいない。

 ヒナタは昔からこうなのだ。

 幼馴染だからと行って、人の家の冷蔵庫を勝手にあけるのはどうかと思うぞ。なんていっても、いつも母さんが「ヒナタちゃんはうちの娘みたいなものだからいいの」と一蹴してしまう。

 まあ、確かに俺もヒナタの家に行けばヒナタのお母さんも「勝手に麦茶でも出して飲んでね」なんて言うし。俺用のグラスや茶碗が食器棚に当然のように並べられている。


 まあ、幼馴染として小さいころからお隣さんで行き来していたので、相手の家であっても実家のようにくつろげる。

 というか、アイスもヒナタもとけているようにだらりとリラックスしきっている。

 キャミソールにショートパンツそんな姿でスラリとした手足をなげだして、ヒナタはソファーに体を預けきっていた。

 急に懐かしさがこみ上げる。

 子供の頃、二人でよくその上を飛び跳ねて怒られたソファー。

 ソファーとコーヒーテーブルの間をジャンプで移動した。

 落ちたら、お腹を空かせたワニや人食い鮫に食べられるという設定で。

 あの頃はそれだけで、スリリングでとんでもない冒険だった。

 今となっては、本当に日帰りで冒険をして、その様子を世界中の人間に見せている。

 ああ、冒険って命がけだったんだな。

 そんな風にぼんやりと思った。


 夏の暑さの所為だろうか。

 とてもぼんやりとして、記憶が曖昧だった。

 一体、いつからここにいたのか。

 昨日のことを思い出そうとするが、まるで他人のことのように思える。

 ひどく年をとったような、疲れたような、奇妙な感覚がした。


 まるで永い夢をみていたようだった。


 夢の中で、俺は……死んだ。

 ……死んだ?


 そう思うと急に様々な感覚が蘇り始める。

 さっきまで、ヒナタと撮影をしていたこと。

 怒らせたこと。

 そして、突然のブラックアウト。

 ダンジョン探索なんて、気軽に配信しているが、本当は死と隣り合わせなのだ。

 安全に配慮や対策していたとしたとしても、人知を超えるそれがダンジョン……ヒナタだって、ダンジョンで死んだ。


 俺はゾワっと背筋を巨大なムカデが這いっまわったかのように飛び上がり、ヒナタの肩をつかんだ。

 びっくりして目を丸くするヒナタ。

 瞳孔が一瞬で暗闇に閉じ込められたネコのように大きくなった。


 華奢な手首。真っ白くて滑らかな肌。わずかに漂う甘い香りが鼻をくすぐる。

 そこには、昔から知っているヒナタがいた。


「どうしたの? コラボはやめとく?」


 ヒナタは首を傾げた。

 俺が返事できずにいるとヒナタは、

「あーあ、アイス弁償してよね」

 そういって、自分のキャミソールの胸元を引っ張って見せる。

 そこにはソーダ味のアイスがべったりと溶けていた。

 それは俺のアイスなのだが……。


「ごめん。ちょっと寝ぼけてて……コラボの話ってどことするんだっけ?」


 そう言えば、一時期ダンジョン配信者の間でコラボが流行った時がある。

 流行りすぎて、通常の配信より、いつも誰かゲストがきているなんて状態があった。色んな配信者同士が交流をもって、活発に情報交換できていた一方。トラブルも多かった。

 特に、男女でコラボしたことが原因で、一方的に恋愛感情を持たれてしまったり、素行の良くないグループとコラボを行い炎上してしまうなど様々なトラブルが伴った。

 コラボの話は俺たちのチャンネルを伸ばすにはチャンスだけれど、相手を選ばないと大変なことになる。


「もうっ、ちゃんと聞いてよね。あと、アイス弁償してよねっ。ヒナは、ハーゲンダッツのコンビニ限定のやつがいいな」


 ヒナタはちょっと唇を尖らせて拗ねるふりをしながら、ちゃっかり人のアイスを食べたうえでまた別なアイスまで要求してきた。

 仕方なく、冷凍庫の中の奥底に隠していたハーゲンダッツのバニラ味を出して話を続けてもらう。

 コラボ相手として今、候補に挙がっているのが何グループかの名前を聞く。

 中にはいくつか悪い意味で聞き覚えのあるグループがあったので、それはお引き取りいただくことにする。

 残った中にはあまり存在を覚えていない名前が並ぶ中、後にダンジョン配信系アイドルグループに加入することになる白百合キサキのお嬢様チャンネルと、ヒナタの結婚相手でありトップダンジョン配信者の迷宮トウハがひときわ輝きを放っていた。

 おそらく、この二人とのコラボをすれば俺たちのチャンネルの伸びは飛躍的なものになるだろう。

 このころはそこそこ自分たちの人気を自覚はしていたが、まだまだ新しい配信者が増えてきていて、伸び悩んでいる感覚もあった。

 そこで、トップ配信者の迷宮トウハとのコラボによって広い層の目に触れるというのは視聴者だけではなく、界隈で一目置かれることにもつながるし。

 白百合キサキとのコラボは今後、キサキの人気が爆上がりしたときにヒナタの人気も一緒に上がるチャンスになる。

 どりらも俺たちにとっては美味しいコラボだ。


 だけれど、俺の記憶ではトウハとのコラボしか覚えていない。

 白百合キサキとはコラボした覚えがないのだ。


 もちろん、白百合キサキのことは覚えている。

 金髪碧眼に白いワンピース。

 まるで、物語にでてくる夏の別荘にいるお嬢様像そのものの美少女。

 ダンジョン配信だけでなく、後にはテレビ出演など活躍の幅がとても広かった彼女のことを。

 この当時、そんなに人気がなかったとしてもわざわざコラボを断るなんてことはないはずなのに……。

 だけれど、俺の記憶では白百合キサキとヒナユキチャンネルはコラボをしていない。

 一体、何の理由があったのだろう。


 覚えていないならば仕方ない。


 白百合キサキとのコラボによって、ヒナタがまたアイドルの戻ろうと思うきっかけになる可能性だってある。


 俺はヒナタに、リストの残りからニッチを狙っておりかつ無害なチャンネルをいくつかと、迷宮トウハ、そして白百合キサキとコラボしようと提案したのだった。

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