第4話 ドッキリと実況
「……やめるってどういうこと?」
ヒナタのガチトーンに俺の背筋はひやりとした。
美人が怒ると怖い。
迫力があるというか、恐らく美人というのは顔のバランスが優れている状態のことなのだろう。
バランスが優れているおかげでその能力が最大限に発揮される。
笑顔であれば最大限に魅力的に、泣き顔であれば哀愁をさそい、怒りであれば……この通り、相手が萎縮する。
最大限に効果的にその感情を伝えることができるのが美形の特権なのだろう。
ヒナタは怒っていた。
それも普通じゃなく、とても怒っていた。
「いや……そろそろ別な道もアリなんじゃないかなあ、なーんて」
「アリナって誰? その子と配信するの?」
ヒナタの声は冷たい。
学校の教師や母親のように怒鳴るとかヒステリックになるのとは違う。
相手のことをまっすぐにみて、自分の望む形まで追い詰めようとしている。
まるで、獲物を前にした
小動物だったら、決して目をそらしてはいけない。
けれど、俺は目をそらした。
そして、宙に浮かぶ文字たちに救いを求める。
『おっ? なにドッキリ??』
ちょうど目に入ったコメントだった。
そうだ、ドッキリということにしてしまおう。
ちょっと前にグループやカップルチャンネルでドッキリを相方に仕掛けるのが流行った。それは、どこまでもわがままを聞いてくれる相方は優しくてサイコーとか、夏のホラー動画に心霊が映り込んだらどうする?など他愛もないものだった。
そこで、俺はダンジョン配信で視聴者のみに見えるコメント入力を行った。
【ユキト:ドッキリ企画~もし、相方にコンビ解消を申し出られたらヒナちゃんはどんな反応をするか?? 涙の感動のラスト😢】
リアルタイム配信している動画にテロップ機能を使っただけだ。
ヒナタは視聴者のコメントは読めるようにウインドウとして表示しているが、自分の配信されている姿はリアルタイムではみたがらない。
もちろん、撮影前にカメラの角度とか色調とかの調整はしているが、配信中は配信されている自分の姿は見えないようにしている。
普通の女子だったら、自分が最高に可愛く見えるような角度とか常に鏡にむかっているようなキメ顔をキープしようとするだろう。
だけれど、ヒナタの場合は元アイドルである。腐っても、いや卒業しても元アイドル。
いつだって、可愛い顔をキープする方法を身に着けている。
それに、自分が映っている動画をみると鏡をみているみたいで、どちら側に動けばいいか分からなくなるというのがヒナタが配信中に動画を見ない主な理由である。
コメント欄にはテロップを打つ前に、『ドッキリ』などをNGワードに設定しておいた。
これで、時間を稼げたはず。
おそらく視聴者は、そのNG設定をかいくぐってドッキリであるということをヒナタに伝えようとするだろう。
それでバレれば一件落着だ。
『ドッキリでした~』
俺が言った途端、可愛く頬を膨らませてすねるヒナタの顔が目に浮かんだ。
さて、あとは目の前のヒナタにドッキリを仕掛けているふりをしなければ……。
俺は、大きく息を吸って深呼吸する。
肺に空気が入ってくる。
若い頃は息を大きく吸うだけで、こんなに酸素が体中をめぐる感覚だったんだなと感じて少し感動した。もちろん、大人になるにつれダンジョンを歩き回っていればもっと鍛えられ効率のよい呼吸や動きもできるようになるが、特別鍛えていなくても若さというだけで体や心がこんなに瑞々しかったなんて、一体だれが覚えているというのだろうか。
さあ、頭にも十分酸素が回った。ヒナタとのカップルチャンネルを再開しよう。
「ヒナちゃんこそ、本当はやめたいと思っているんじゃないかな?」
俺は深刻な表情を作って、ぼそりという。
もちろん、そんな俺の表情は視聴者は知ることができない。
俺の表情を見ているのはヒナタだけ。
「えっ?」
ヒナタの顔は怒りから困惑と不安へ変わった。
そしてうつむく。
表情が見えなくてもその不安や悲しみが伝わってくる。
「ヒナちゃんはさ、ダンジョン配信なんて本当はしたくないんだよ。いや、やりたくないというのではなく、もっと本当はいるべき場所があるんじゃないかな。自分でも分かってるでしょ?」
これは本当のことだ。
この時期よりずっとあと、俺たちが成人したあと、お酒が飲めるようになったころだ。
新商品の缶酎ハイとアイスクリームを食べながら、ただ話すだけって配信をしたときにヒナタはこぼしたのだ。「本当はもっとアイドルを続けたかったんだ~」って、えへへと笑ってお酒をぐびぐびと飲んでいた。
ふにゃふにゃと笑っていたのに、それが本音であると俺には分かった。
白い喉があまりにも華奢で少しだけ震えていたから。
そう、今ならまだ戻れる。
カップル系ダンジョン配信者をやめればまだ間に合うのだ。
簡単なことだ。
俺とヒナタは「ビジネスカップルの配信者でした~」と発表するだけでよい。
実際、このチャンネルの今のところの人気はヒナタの可愛さによって底上げされている。こんな普通でさえない俺とのカップルチャンネルはビジネスであることは誰もが分かりきっている。
ただ、身近にいた幼馴染という存在が俺だっただけだ。
ヒナタはソロでダンジョン配信を続ければいい。
これからしばらくすれば、ダンジョン配信者をあつめ、パーティーを組ませ、アイドルとして売り出す企画が出てくる。
まだまだ、女性のダンジョン配信者は素材集めや集めた素材でのアイテム調合などがメインなので、ダンジョンを攻略できる能力のあるヒナタならきっとあっという間にセンターを狙うことができる。
そう、今俺さえいなければヒナタはアイドルに戻る、いや前よりもっと輝くスターになれる未来が約束されているのだ。
そのことに気づき、俺の首筋にジワリと嫌な汗の粒が浮き出す。
視界の端でとらえるコメント欄の流れが速すぎて全く読むことができない。
これでは嘘の『ドッキリ』ということもヒナタに伝わらない。
その場の空気はクリスタルドラゴンを前にしたときよりも、ずっと緊迫して重苦しいものになっていた。
「ねえ、私……ユキ君と配信して後悔したことなんてないんだよ」
ヒナタはうつむいたまま声を絞ったように言った。
いや、そんなことはない。今はそうであっても、将来絶対後悔する日が来ることは分かっているんだ。
人生で一番幸せな結婚式の日に、ダンジョンのモンスターに相手どころか来賓含めて皆殺しにされるのだから。
俺はそれを言葉にしても信じてはもらえないと思い首だけ振る。
「ねえ……私ずっとユキ君のこと大好きだったんだよ。覚えてる? 小さい頃、私がお嫁さんにしてってお願いしたこと」
覚えている。
だけれど、そんなの子供の戯れでヒナタは覚えているなんて思ってもみなかった。
そして、それ以上ヒナタは言ってはいけない。
いくらアイドルグループを抜けたとしても、俺たちがカップルチャンネルであっても、そんなに真剣なトーンで子供の頃の思い出話までしてしまったら……まるで。
まるで、俺たちが本当の両想いみたいじゃないか。
そんなことが、あるはずなんてない。
だって、ヒナタは将来、別なトップ配信者と結婚するのだから。
俺とヒナタがお互いに好き同士なわけがない。
わけが分からなくなった俺はその場を離れて走りだした。
撮影中にも関わらず。
いや、撮影中だからだ。
これ以上、視聴者に俺たちの個人的なことを聞かせたくなくて。
俺も知らなかった思いを、画面の向こうの何千人もの人間と共有したくなくて。
そして、ヒナタの今後のチャンスを失わせたくなくて。
いろんな思いがぐるぐると頭の中で熱を帯びてさまよい。
俺ができるのは、撮影を中断することだけだった。
もちろん、この状態を怒りチャンネル登録を解除する視聴者もいるだろう。
だけれど、ダンジョン配信はトラブルがつきものだ。
そのせいか、みんな結構許してくれる。
この程度のトラブルなら、本当に離れてしまうという視聴者はごくまれだ。
なんせ、俺たちはまだ子供で学生の身。
掲示板で叩かれたりもするけれど、なんだかんだ世間や大人はみまもってくれている。
死なない限り、視聴者はちゃんとついてきてくれる。
このころのダンジョン配信はいい時代だった。
ちょっと経ったら、ドッキリのコメントを自らコメント欄に入力してヒナタの前に現れよう。
そうすれば、ちょっとリアルでやりすぎ気味と掲示板でたたかれつつ、和やかないつもの雰囲気にもどるだろう。
なにもなかった。
なにも聞かなかった。
俺たちの間にも何もない。
悲しいけれど、そうするのが最善だとこの後の成り行きを知っている、大人の俺は分かっている。
さあ、引き返そうと数歩、あるきはじめたところで俺の視界はブラックアウトした。
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【攻略系ダンジョン配信者総合スレ ☆114】
1名無しさん@実況中
ユキト死んだってマ?
2名無しさん@実況中
ユキトって誰
3名無しさん@実況中
>>2ヒナユキチャンネルの映ってない方
4名無しさん@実況中
童貞の方
5名無しさん@実況中
“幼馴染君”
6名無しさん@実況中
撮影班剣裏方
7名無しさん@実況中
>>4ヒナちゃん童貞じゃなかったん( ;∀;)( ;∀;)
8名無しさん@実況中
ヒナユキチャンネル好きだったから残念
9名無しさん@実況中
ご冥福をお祈りします
10名無しさん@実況中
ヒナユキチャンネルのユキト、ドッキリ撮影中に事故にあって脂肪したもよう
ヤホーニュースの記事
【ドッキリ配信中に事故。国土交流省ダンジョン配信者に注意喚起】
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