第3話 元アイドル高校生のダンジョン配信

「はいどーも、どんなダンジョンもおまかせ。ヒナタと~」


 ほらっ、とヒナタが俺のことを小突く。


「えっ……ユキトで?」


「「どんなダンジョンもおまかせヒナユキチャンネルです!」」


 何度も繰り返したセリフだった。

 だけれど、不思議なことに隣にいるヒナタの声は緊張しているのか少し震えている。

 水色のスカートにクリーム色のベスト、紺色のネクタイとハイソックス。隣にいるヒナタは俺たちの高校の制服を着ていた。


 えっ?


 と思い、隣にいるヒナタを見つめると、俺の知っているヒナタより少し小さく柔らかそうだった。

 そう、俺の隣にいるヒナタは高校生のヒナタだった。

 髪が肩よりちょっと上で切りそろえられているので、恐らくアイドルを辞めた直後だろう。

 あの頃のヒナタは「アイドルって夢に失恋しちゃった」と、よくふざけて言っていた。

 後にも先にも、ヒナタの髪が短いのはアイドルを辞めた直後だけだった。

 ダンジョン配信者として、安定してきたころには、アイドルのときと変らないシャンプーのCMみたいなさらさらのロングヘアーがお決まりだった。

 ヒナタは気まぐれに、「たまには髪型変えたいなー」なんて言っていたが、そこそこ企業とのコラボをするようになってからはそう簡単には髪型は変えられない。

 だから、ヒナタがこんなに気軽に髪を短くできたのは、後にも先にもアイドルをやめ、駆け出しのダンジョン配信者だった頃だけだ。


「ほら、みんなに今日のダンジョンについて説明するからあっちを映してよ」


 ヒナタが俺の手元を指さす。

 俺の手にあったのはGOtoProという小型カメラだった。軽量小型で、手で持つこともできるし、付属のパーツで肩や額などに装着したまま動画をとれるという優れものだった。

 そうだ、懐かしい。まだ、俺たちがダンジョン配信をはじめたころは自動追尾機能つきの浮遊カメラなんてなかった。

 俺たちのチャンネルということにはなっているけれど、最初の頃は俺はオープニングのカットだけ固定カメラでとって、あとはカメラをもってヒナタの様子を撮影していくという方法で撮影をしていたのだ。

 俺のカメラワークはそこそこ評判がよかった。

 一部では、「ヒナちゃんのことが大好きなのがよく伝わる」とか「さりげないふりして、ヒナちゃんを追っている目線がエロい」などいろいろ言われていた。

 カメラを構えるとなんだか懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。


 たぶん、これは夢なのだろう。

 死ぬ前につくりあげる幸せな夢。


 だけれど、確かに今こうやってヒナタと再びダンジョン配信をしている俺は幸せだった。

 ヒナタがこのダンジョンの特徴を説明しながら進んでいく。

 比較的安全とされているダンジョンだから周囲には結構人がいたが、それを絶妙なカメラワークで動画にはうつさないようにする。

 ヒナタが一通りダンジョンの特性とか今日このダンジョンでやりたいことの説明を終えるとフリータイムだった。


 説明などをしているときは、はっきりとした発音に言葉のスムーズな流れ、さすが元アイドルと感心するばかりだった。

 だが、準備してきた説明を終えると、ヒナタはいきなりポンコツになった。


「えっとお、質問とかあれば……ドーゾ―?」

「ドーゾ?じゃないって。ヒナちゃんが疑問形だとみんなこまっちゃうよ」


 そうやって俺が突っ込みをいれると一気にコメント欄が動き出す。

 ああ懐かしい。このときは初回の配信じゃなかったけれど、自分たちのチャンネルの視聴者さんをなんて呼ぶかとかまた決めていなくて困ったりしたな。

 コメント欄はにぎやかだった。

 このチャンネルについての質問やら、ダンジョンの情報に俺たちの小さなころの思い出が聞きたいとか。

 みんな好き勝手なことを書いている。

 また、このころはアイドルだったときのヒナタのファンも視聴していて、一部の過激なファンがいくつかのコメントを連投して縦読みになっているものについては俺が気づき次第、すばやく非表示へと変えていった。


「えーっと、コメントが早くてどうしよう。そうだ、家に帰ったらあとでアーカイブでゆっくり読むね。みんなコメントありがとう。嬉しいよ!」

「ヒナちゃん……それはいいけど、ライブで配信しているのだからここでいくつか読んであげなきゃ」


 ヒナタの育ちがよくも天然な対応に俺が突っ込みを入れる。

 それが初期の頃のこのヒナユキチャンネルのお決まりのパターンだった。

 まだまだ、素人に毛が生えた程度。

 仕方ない。本当に素人なのだから。


 だけれど、楽しかった。

 ヒナタがやりたいことをやって、みんなを笑顔にする。

 アイドルをやめたヒナタは決して負け組ではなく、やりたいことをやっている。ヒナタは幸せだと証明してやる。そんな気持ちで俺はあのころ全力でダンジョン配信をやっていたんだ。


 でも……ふと俺の脳裏にヒナタが何台ものカメラに囲まれ死んでいく姿がよぎった。

 ダンジョン配信なんてしなければ、ヒナタはまだ生きていて幸せだったかもしれない……。そんな思いが気が付くと勝手に言葉になっていた。


「ねえ、ヒナちゃん。今日限りで、俺たちダンジョン配信やめない?」


 俺は後先考えずにそんなことばを口にしていた。

 でも、いいのだ。

 これは俺の夢の中なのだから。

 もし、ここでヒナタがダンジョン配信をやめて生きている未来まで、夢であっても見られるのなら。これ以上、俺にとって幸せなことはない。


 ただ、コメント欄は恐ろしいスピードで流れ出した。

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