第2話 死の淵にて思う愛する人

『水晶宮』での事件は、界隈だけではなく、世間も大きく騒がせた。

 安全とされていた場所で、結婚式の参列者のほとんどが死亡した事件は新聞でも報道された。

 炎上どころではない。

 炎上するにも関係者は全員死亡している。

 世間が叩いたのはダンジョン配信者の存在そのものだった。


『なぜ、わざわざそんな危険なところに足を踏み入れるのか?』

『あまりにも身勝手な死。配信を見た子供のトラウマは?』

『ダンジョン配信者のHさん、結婚式の前に口にしていた謎めいた言葉』

『元アイドル、ダンジョン配信者まで身を落とした理由は××が原因!?』


 ここぞとばかりにメディアはあの事件のことを書き立て、ヒナタたちの死だけじゃなくダンジョン配信者という生き方まで食い物にした。

 陳腐な文章に変換されたそれらは、あっというまに消費されていく。

 ダンジョン配信を視聴する人間はいなくなり、俺たちが配信をしていたプラットフォームをサービスを縮小。

 ダンジョン配信で食べていくことができる人間はいなくなった。

 もともと、期限付きの職業と言われていた。

 そこそこ儲かっていた最盛期でさえ、


「いつまでそんな職業続けられるか分からないよ」

「貴方のためにいっているんだから」

「できるのは体力がある若いうちだけ」

「ファンがいるって言っても、ファンだって年をとって飽きていくよ」


 なんて、脅しや呪いの言葉を散々吐かれてきた身としては、今更「ざまあみろ」と言われたところで何とも思わない。

 俺はダンジョン配信者が職業どころか、アマチュアでさえ活動が厳しくなった今でもダンジョンに行き、撮影と探索をすることを辞めなかった。

 誰かのために撮影しているんじゃない。

 俺は、ただそうすることしかできなかった。

 ずっと、ヒナタと続けてきたことだから。

 やめたりしたら、ヒナタとのつながりが本当に消えてしまう気がしたんだ。


 人がいなくなったダンジョンは歩きやすかった。

 周りに配慮する必要なんてない。

 危険とされるアイテムを使いながら俺は様々なダンジョンを渡り歩いた。

 ヒナタと歩いたダンジョンは、あっけないほど簡単に浄化してただの無害な空間へ変わっていった。

 そうだ。ダンジョン配信なんて娯楽化していたけれど、そもそも突然あらわれたダンジョンという未知の場所を探索や踏破して、安全な場所であるか確認したり、モンスターを倒して浄化し、無害な空間に変えるのがダンジョン探索者のはじまりだった。

 無数に生じるダンジョンに発生するモンスターただ探索しているだけじゃ追いつかない。その新しくできた仕事を知ってもらい、多くの人に理解と優秀な人材の確保のためにダンジョン配信者という職業が生まれたという記事を読んだことがある。

 ただ、ダンジョンに行って、飯を食ったり、モンスターを倒したりするのを人に見てもらうなんていうぬるいものとは全然違うはじまりだったのだ。


 危険なのはわかっている。

 それでもダンジョンで得られる植物や未知の素材などは社会を豊かにした。

 新しい薬や新しい技術。

 今の便利な世の中になるにはダンジョン配信は欠かせなかった。

 もし、ダンジョン配信がなければ、世界がこんなに便利で豊かな状態になるまでもっと時間がかかっただろう。


「みんなに元気を届けたくて」


 ふと、脳裏に満点のアイドルスマイルを浮かべながらも、はにかんで答えるヒナタの顔が浮かんだ。

 アイドルをやめたあと、ヒナタはダンジョン配信者になった。

 アイドルであるときは、グループの中の一人としてそこまで目立つ方じゃなかったヒナタはダンジョン配信者として有名になるといろいろなところから取材が来た。

 そして、必ず聞かれるのが「なぜ、アイドルをやめてダンジョン配信者になったの?」という質問だった。

 そんなときヒナタは決まって「みんなに元気を届けたい」とアイドルの時と同じ返事をしていた。

 取材に来る連中は気づくことはなかったけれど。


 アイドルを辞めていなければヒナタは生きていたかもしれない。

 あのとき、「一緒にダンジョン配信をして」とヒナタに頼まれたとき断っていればヒナタは死ななかったかもしれない。

 俺たちがクリスタルドラゴンを倒してバズらなければ、俺たちは底辺配信者として今日もだらだらダンジョンのグルメなんかを配信していたかもしれない。

 あのとき、トップ配信者から声がかかってもコラボしなければヒナタはあの男と付き合うこともなかったかもしれない。

 ……ヒナタの結婚式に俺が出ていたら、あの場はともかくヒナタだけは助かったかもしれない……。


 俺はヒナタを救うチャンスが何度もあった。

 だけど、ヒナタは死んだ。

 ヒナタが死んだのは俺のせいだ。


 いくつものダンジョンを無害化して分かったことがある。

 ヒナタたちの結婚式にドラゴンが復活してきたのは、皮肉にもヒナタたち自身のせいだった。

 クリスタルドラゴンを倒し、植物一本たりと生えなくなったダンジョンに結婚式のためにライラックの花が飾られた。

 ダンジョンのモンスターとそこに生息する植物はお互いにエネルギーを供給しあっている。

 クリスタルドラゴンを討伐したことによって、『水晶宮』の植物も滅びた。

 しかし、結婚式のために植物を持ち込んだことによって、奇しくもクリスタルドラゴンを復活させてしまったのだった。


 どうしてそんなことを知っているかって?


 ダンジョンを無害化すること、強力なモンスターを倒すことによって得られる報酬があるのだ。

 ダンジョン配信が盛んだったころ、取りざたされていたのはスポンサー企業や政府からの補助金だった。だけれど、ダンジョンというのはもっと神秘的な場所だった。

 そう、人知の及ばない不可解なことが起こりうる場所。

 そこで手に入れられるのは、おとぎ話に登場するような不条理で不可解なアイテムだった。

 ダンジョン配信が非難され、下火になったといっても、その未知の力に大金を出す人間はいくらでもいるだろう。

 だけれど、どんなに貴重で珍しいアイテムであっても、死んだ人間を復活させることができるものはなかった。


 無数のダンジョンを歩き続けたのは、心のどこかで人を生き返らせるアイテムが存在するかもしれないと思っていたのだろう。

 だが、死んだ人間は戻らない。

 死者を生き返らせるのは不可能なのだ。

 そんなことがたとえ例外としてでもできてしまったら、それこそダンジョンどころではなく、この世界の理が変わってしまう。


 どうして、いまさらそんなことを言うかって?


 それは今まさに俺が死にかけているからだ。

 ヒナタたちの事件から、俺はずいぶん無茶なダンジョン攻略を繰り返してきた。

 人も物資も足りないなか、過去の経験とため込んでいたアイテムで、強引に様々なダンジョンを浄化してきた。

 もちろん、その途中では人知を超えるアイテムを手に入れてきたが、そんなものは普段から使うには使い勝手が悪い。

 奥の手というのは、普段からほいほいと使えないのだ。

 ヒナタがいない今、どんな宝も力も、俺にとってはなんの意味もなかった。


 俺はたぶん、死にたかったのだ。

 あのとき、ヒナタと一緒に……。

 ヒナタがいない世界を生きることなんて耐えられない。


 俺を瀕死に追いやったのは、奇しくもクリスタルドラゴンの上位種である金剛竜であった。

 たぶん、俺の死体は見つかることなどないだろう。

 こんな危険なダンジョンに潜り込もうなんて人間はもういない。

 もし、レアアイテム目当てでマグロ漁船に乗せられる代わりにダンジョンに放り込まれた人間がいたとしてもこんな深層までは潜り込むことはできずに野垂れ死ぬ。


 誰からも見つからず、悲しまれずに人生を終える。

 もっと、早くこうするべきだったのだ。


 すうっ、暗くなっていく視界の片隅に強烈な光が差し始めた。

 それは、天国への光なのか。

 はたまた、金剛竜の放つ輝きなのか今の俺もうすぐ死にゆくものにはどちらでもよいことだった。


 やっと死ねる。


 安堵と焦燥感が混ざった感情は、なんというかここ最近の中では一番人間らしい感覚に思えた。

 色々な記憶や思いが頭の中で流れになって混ざりあう。

 もちろん、その多くにはヒナタの姿が映っている。


 そして、俺はその記憶の渦に巻き込まれながら、何かに尋ねられたのだ。


『お前の望みはなんだ?』


 分からない。

 俺自身、自分がずっとなにを望んでいたのか分からない。

 ヒナタが生きているときはヒナタの幸せを望んでいたつもりだが、実際はこんな事態になってしまった。

 ヒナタが死んでからは、ただ、ヒナタと同じくダンジョンで死ぬことだけが望みだった。

 それなのに、死の淵に立たされてからも望みを尋ねられるなんて理不尽だ。

 でも、走馬灯のなかでどんなに脳が覚醒しようとも、俺の人生における望みを口にすることはできなかった。


 そして気が付くと俺はこう口にしていた。


「また、みんなにダンジョン配信をとどけたい」


 ヒナタの死に際の最後の言葉だ。


 視界の端にあった光はより強く輝きだして、俺の目の前を真っ白に染めた。

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