ダンジョン配信で死んだ幼馴染との関係を取り戻すたった一つの方法
華川とうふ
第1話 幼馴染の結婚式はダンジョン配信
幼馴染のヒナタが今日、結婚する。
相手は同業者のダンジョン配信者だ。
俺とヒナタもカップルチャンネルとしての配信ではまあまあ、大手といってもいい。
だけれど、相手はガチのトップ配信者。
広告収入にスポンサーは桁違い。
お金じゃ幸せを買えないなんて人もいるけれど、あの男なら間違いなく、ヒナタの人生を不幸なものにしないと言えるだろう。
これでいいんだ。
間違っていない。
俺は、結局ヒナタからもらった結婚式の招待状に返事を書くことなく机の中にしまっている。
子供の頃、いつかドラえもんがくるかもしれないと思って、いつだって何も入れてこなかった新品同様の机の引き出しの中には、高級そうな紙にエンボス加工で飾られたヒナタの結婚式の招待状が一通。
もう、ドラえもんなんてこない。
そんなことは分かっている。
「わかってるってば……」
思わず心の声が唇から漏れでる。
冷蔵庫からストロングゼロの缶を取り出して、プシュッとプルタブを爆ぜさせた。
グレープフルーツ味の苦みと合成甘味料独特の後味が口の中に残る。決して癖になるわけではないけれど、それを口にせずにいることはできなかった。
ウインドウに映し出される画面がいつの間にか白地にカラフルな数字でのカウントダウンに変わった。
視聴予約をしていた配信がもうすぐ始まる。
そう、ヒナタの結婚式は配信される。
大手のダンジョン配信者と言えども結婚式が配信されるというのは珍しい。
ダンジョン配信者が出始めの頃は人気のために、配信するなんてケースもあったが、最近はやはり結婚のようなプライベートなことの配信はハードルが高くなっていた。
そんな中で、配信者同士、そして場所は二人の出会いのきっかけになったダンジョンという視聴者の期待通りに結婚式を挙げる二人のことは界隈を超えて話題になった。
当初、大手イケメン配信者と破局系カップル配信者の片割れwなんていわれていたが、すべての面において視聴者の期待を裏切らない王道展開の対応をしていく二人に、世論はあっという間に味方になっていった。
さすがに、結婚式の動画自体にスポンサーが付くことは断ったが、ドレスやケータリング、装飾品に新婚旅行などヒナタたちの結婚には多くの企業が商品やサービスを提供している。
俺はすべての痛みを消そうとグレープフルーツ味のストゼロをあおった。ビールなんかの苦みじゃこの痛みは消えない。
3,2,…1。
カウントダウンが終わると、画面は切り替わった。
ダンジョン№1122――別名『水晶宮』――そこそこ古いダンジョンにも関わらず、長らく踏破されることがなかった難関ダンジョンの跡地だ。
跡地というのは、『水晶宮』が踏破されなった唯一にして最大の敵、クリスタルドラゴンが倒され、そこは今ではモンスターが一匹もいない。
ただ、美しい水晶で作られた空間になっていたからである。
無機質な水晶で作られた、フラクタル構造の空間は鏡合わせに空間を組み合わせたように、単調さと複雑さをあわせもつ不思議な魅力をはなっていた。
普段なら、そのがらんどうの空間には一般人でも事前に予約をすれば入ることもできる安全な場所だ。
ただ、今日はヒナタの結婚式のために貸し切りにされている。
いくつもの水晶が組み合わせ城のようになっているそのダンジョンの前で、真っ白なドレス姿で立つヒナタが画面に映し出された。
ベールをかぶっているために、その表情を図ることはできない。
もし、これが映画ならば、ヒナタは心のなかでは結婚を迷っていて、逃げ出したいと思っているかもしれない。
『今なら、まだ間に合う』
そんな声が脳裏に浮かんだ。
そんなわけない。
人生はそんな都合よくできていない。
今からダンジョンに向かうことはできなくはない。一番近くのダンジョンにもぐりこみ、そこから転移を何度かすれば三分ほどでヒナタのいる場所にたどり着くことができるだろう。
だけれど、いまさら俺が行って何になるというのだ。
世界に配信されている結婚を中止するなんて、それこそ、今度は世間から袋叩きにされる。大炎上だ。
ヒナタを不幸にすることになる。
俺はもう一口、苦いグレープフルーツを口に含み静かに画面を見つめた。
透き通る水晶の結晶が重なり合い、その僅かな重なりの歪みに、光が差し込むと虹のような淡い色彩を持つ。
その優しい虹色は子供の頃に飽きずに見つめた、ヒナタの瞳にできる虹色を思い出させた。
荘厳な音楽とともに、扉が開き、ヒナタがその向こうに歩き出す。
結婚式の会場らしく、地面には深紅のカーペットが敷かれ、壁や天井はライラックの花で飾られていた。
クリスタルドラゴンが倒されて以来、モンスターどころか植物一本育たなくなった『水晶宮』がこれだけの花で彩られることもあとにも先にもない。これっきりだろう。
きっと、多くの視聴者がため息をついたに違いないほど、その空間は美しいものだった。
幸せな花嫁がそこには映し出されていた。
少しうつむいているけれど、ベール越しにも伝わる美しくて儚い感じがまるで夢をみているみたいな気分にさせる。
アバターとかではだせない。
人生の特別な瞬間にいる人間にだけ出せる魅力がそこにあった。
そして、次にアップにされたのが新郎のほほ笑む姿だ。
ガチ恋なんていわれるファンもいるくらい、新郎の配信者はカメラ写りは悪くない。「裏があるんじゃないか」なんて意地の悪いことを考えたくもなるが、過去にコラボしたこともあるが、とってもいい人だった。
時間にも正確だし、礼儀正しく、距離感も適切。
すごく、常識のある大人で、万が一、この後ダンジョン配信で食べていけない世の中になったとしてもこの男ならば、なにかしらの仕事を続け生活をしていくことができるに違いないと思った。
俺のように学生の時からダンジョン配信をやっていて、そのまま社会人経験もないダンジョン配信だけの人間とは違う。
俺なんてきっとこのダンジョン配信のブームが去ったら何も残らない。
独りぼっちで貯金を食いつぶして死んでいくだけだろう。
その前に、ダンジョン配信中に死ぬかもしれないけれど……。
「せめてカッコ悪い死に方はしたくないなあ」
思わずひとり呟く。
独り言なんてカッコ悪い。
だけれど、そんな俺の独り言をかき消すような音が画面から響いた。
ピギャー、ガオーッ。
獣めいた呻き声のあと、画面一面が砕け散った金剛石で覆われたように見えた。
一瞬の出来事だった。
悲鳴が上がる。
次の瞬間、赤い色が画面を覆った。
会場は無数の浮遊型カメラが設置されていて、適宜一番良い映像に切り替わる様に設定されているから故障ではない。
そう、人間の血だった。
首と胴体が切り離されていた。
胴体は深紅の絨毯に沈み、頭はドラゴンが咥えていた。
そう、会場にはこの『水晶宮』ダンジョン№1122の主である、クリスタルドラゴンの姿があった。
「とうの昔に倒したはずなのになぜ?」
画面の向こうにも同じ言葉が聞こえる。
浄化され、植物さえ育つことのない、無のダンジョンとなったはずなのに。
そこには確かに俺たちが倒したはずのクリスタルドラゴンの姿があった。
その咆哮はあの頃と変わらず、その翼はあのときよりも怪しげな紫色の光を宿している。
画面の向こうにいる関係者たちの多くはダンジョン配信者のはずなのに、誰一人として歯が立たないどころか、事態はどんどん悪化し死体が積みあがっている。
逃げ惑う者、立ち向かう者、様々な人がうつされた。
そして、そこにはヒナタの姿もあった。
真っ白なドレスをはためかせ、輝く瞳のヒナタがガーターに忍ばせた短剣を引き抜き、長いドレスの裾を切り落とし、クリスタルドラゴンに向かって走っていく姿が映し出された。
昔と変わらない、一生懸命でまっすぐなヒナタ。
だけれど、その瞳からは何粒もの真珠のような涙があふれていた。
「転移!」
気が付くと俺は、そう叫び、ヒナタのもとに向かっていた。
いくつかのダンジョンを経由しながら、ヒナタの戦う『水晶宮』にたどり着いたとき、周囲は配信を通してみていたときより残酷な状態にあった。
ダンジョン間を移動する際にチェックをしていたが、浮遊型カメラの故障かまたは複数ダンジョン移動により通信状態が悪かったのか確認できた映像は乱れていた。その間をSNSのつぶやきをもとに確認していたが、まともな状況は得られない。
ただ、その場にいない人間までみんな混乱しているようだった。
「大丈夫か? ヒナタ!」
俺はこの場が世界中に配信されていることもかまわずに叫んだ。
カップル配信者としてやっているときだって、呼び捨てにしたことなんてなかったのに。
小さな子供の頃、以来だった。
最後にそう、呼んだとき、彼女の手が俺の頬を叩いたのがあまりに衝撃だったから。
配信ではずっと「ヒナちゃん」と呼んでいた。
ヘタレと言われようとも、男ならもっとぐいぐいいけと言われようとも俺はずっと「ヒナちゃん」と呼んでいた。
「……ユキト? 助けに来てくれたの?」
花嫁姿のヒナタがこちらを向いていた。
まるで幽霊でも見たような顔だ。
こんな死に面した状況では悪いたとえかもしれないけれど。
「そりゃあ、どんなダンジョンもお任せあれ……」
次の言葉が続かない。ダサいけどずっと俺たちのチャンネルの合言葉だったセリフ。何度も言ったそのセリフが……。
「ヒナユキチャンネル!」
だよね?とヒナタが笑った。
久しぶりで懐かしい相棒がそこにいた。
そんな安堵もつかの間、俺たちの目の前に立ちはだからるのは過去に倒したクリスタルドラゴンではなかった。
俺たちが倒したクリスタルドラゴンとは異なり、それは毒々しくも神々しい紫色を持っていた。
先に戦っていたヒナタは叫ぶ。
「クリスタルドラゴンと同じ方法でダメージが入るみたい。前と同じ方法を試そう。一人じゃほとんど駄目だったけど、きっとユキ君と一緒なら大丈夫だと思うの」
俺は頷き、以前と同じタイプの装備と攻撃に変える。
あのときより、俺たちは装備も戦略もより強いものを持っている。
そして、ヒナタの分析だ。
間違っているはずがない。
俺は以前倒したときのことを思い出しながら攻撃と防御のパターンを繰り返す。
何度かそれを繰り返したのち、ドラゴン全体に亀裂がはいった。
ヒナタと目があう。
そう、次の一撃さえ決まれば、俺たちの勝ちだ。
静かに頷きあって、攻撃のタイミングを合わせる。
紫水晶を思わせるドラゴンの体は無数の欠片となって砕け散った。
キラキラと降る光の粒は幻想的でまるで、夜空が星ごと降ってきたみたいだった。
たぶんこれはあの時のヒナタの感想だろう。
ドサリッ
急に現実に引き戻される、質量を帯びた音がした。
気づくとヒナタが倒れていた。
なんで?
ドラゴンを倒したはずだというのに……。
よく見ると、ヒナタの右半身が胸の下のあたりから赤く染まっていた。
そのシミの一部が黒くなりかけていることから、その出血はずいぶん前から始まっていることが推測できる。
俺が来る前にすでにヒナタは傷を負っていたのだろう。
どうして、もっと早く気付かなかったのだろう。
どうしてヒナタは手当てをしてほしいと言わずに戦い続けたのだろう。
「ヒナタ?」
俺は彼女に使えるアイテムを探すために救急キットを取り出す。
普通なら、彼女にとって必要な治療をうけるための応急処置の指示や道具が表示されるはずなのに、画面は赤く光るだけである。
ヒナタの声は小さかった。
救急キットが反応しないくらい、生体反応が弱い。
そう、彼女は死にかけていた。
そんなの信じたくない。
なにか方法があるはずだ。
こんなダンジョンなんてものが生じるくらいの世界なのだから。
どんな奇跡が起きたっておかしくない。
「なに?」
あまりにも小さいことば途切れる。
「何度でもやろう。まだ、言ったことのないダンジョンも視聴者からのリクエストもたまっているんだ」
そう、俺たちが活動を停止してからもファンからのコメントやメッセージは届いていた。
「うん、またみんなにダンジョン配信をとどけようね」
ヒナタはそういうと、手をそっと口の横において耳を貸してと内緒話をするジェスチャーをする。
俺がその角度になると同時に目を閉じた。
ちょうど、カメラの画角が死の瞬間を捉えることができないように。
こんな時までヒナタはプロだった。
アマチュアな俺ができることと言ったら、すべての浮遊型カメラを破壊して、死のダンジョン配信を止めることだけだった。
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