第25話 激突! 戦闘天使Ⅲ
強烈な白光が世界の色を奪い、轟音とともに大地をえぐり取っていく。めくれ上がった土砂が宙に舞い、次の瞬間には荒れ狂うエネルギーの奔流によって消し飛ばされていた。
空色は何か魔法を使ったわけではない。そのエネルギーの源となる魔力を無造作にぶつけただけだ。それでいてこの威力というのは、常識では考えられないものだった。
瞬時に具現化した大型の盾で身を守りながら、詩弦は周囲の状況をざっと確認する。
とりあえずプレハブは無事のようだ。空色の背後では彼女が張ったと思しき結界の中で、彩河綾子が両耳を押さえてうずくまっている。おそらく轟音に鼓膜をやられたのだろう。それとは対照的に空色は悠然とこちらを見据えていた。その口元には微かな笑みさえ浮かんでいる。
爆風が半ばまで収まるのを待って立ち上がると、詩弦は怒りを込めて叫んだ。
「人質がどうなってもいいのですか!?」
「天使が神の禁を破ってまで、無関係な人間を殺せるはずないでしょ。笠間くんが人質だと思えばこそ、万が一を考慮したのよ」
平然と答えると、空色は指一本動かすことなく、魔力だけで、自らの周囲に色とりどりの魔法陣を描き出した。それぞれに異なる紋様を持った魔法陣は、その外周部をゆっくりと回転させ、自動的に魔術式を組み立てはじめる。
「
詩弦も噂には聞いたことがあった。これらの魔法陣は空色が何もしなくても、独自に魔法を完成させていく。発動のタイミングは空色の意志によっても制御されるが、基本的には魔法陣に組み込まれたプログラム任せであり、魔法陣は空色が消すか、破壊されない限りは、何度でも同じ魔法を発動させることが可能だ。これによって空色は、同時に複数の魔法を操ることはもちろん、発動のタイミングを完全に同期させることにより、異なる魔力を融合させて、より強力な力を導き出すことさえ可能だった。しかも噂によれば、空色が一度に生み出せる魔法陣の数は数百を超えるらしい。
いまのところ空色は自らの周囲に五つ、綾子の傍らに防御のための魔法陣を二つ描き出しているのみだ。まだまだ小手試しといったところなのだろうか。
詩弦はしばしの間、目の前の光景に言葉を失っていたが、我に返ると慌てて抗議を再開した。
「ちょっと待ちなさい! 人質が笠間くんでなければ、万が一を考慮しなくていいんですか!? それは人としてアレでしょ! 間違ってるでしょ!」
「誘拐犯が人の道を説かないでちょうだい!」
空色が怒りの声をあげると同時に、複数の魔法陣から冷気や雷撃をはじめとする多様な魔力がいっせいに迸った。
とっさに盾で受ける詩弦だが、強固なはずの盾も、複数の魔力を浴びてはひとたまりもない。瞬く間に歪な形に変形して砕け散ってしまう。
だがそのときにはすでに、詩弦も炎の翼によって空中に逃れている。目標を失った魔力が大地を削るのを見て、空色はむしろ楽しげに笑った。
「やるわね」
魔法陣はその瞬間にも魔法を組み立てており、宙に舞った詩弦めがけて、即座に第二撃が放射される。
「くっ!」
詩弦は腰の左右から細長い筒を取り外すと、それぞれの先端から炎の刃を生みだして、空中で襲い来る魔力をはね除けた。
「――光炎剣クラウ・ソラスか」
感心したように空色がつぶやいた。それが力ある炎の天使のみが具現化できる強力な武器であると知っている様子だ。
詩弦は表情を引き締めると、左右の手に炎の剣を掲げ、宣言するように叫んだ。
「いいでしょう、天咲さん。そちらがその気なら、わたしも本気でやらせてもらいます!」
「ええ、せいぜい抵抗して見せなさい」
黒髪を風に躍らせながら、空色はいかにも魔女らしい涼しげな笑みを浮かべる。
詩弦は怯むことなく炎の翼を羽ばたかせると、空色に向かって突撃を敢行した。再度発動した魔法陣が魔力を放ち、
「せやぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合いとともに繰り出す二刀の斬撃は音速を優に超えていた。詩弦はこと接近戦に関しては、炎天使一とさえ称されている。
だがその斬撃を、空色は事も無げにかいくぐっていく。どこか楽しげな笑みを浮かべたまま、右へ左へと躍るような軽やかさで跳躍を繰り返していた。
(わたしの剣より速い!)
戦慄とともに詩弦は唇を噛みしめた。認めがたい現実だが、目の前にある事実を否定するわけにはいかない。空色の動きを捉えるため、詩弦はさらなる魔力を光炎剣へと送り込んだ。
爆発的に長さと太さを増した剣は、さらに死角のない攻撃となって空色に襲いかかる。
だが空色はさらなるスピードで跳躍すると、詩弦の視界から一瞬にして消え失せていた。
「――速すぎる!!」
我が目を疑うような光景に、詩弦は悲鳴じみた声をあげた。それが隙になったわけでもないが、つづく背後からの攻撃を、詩弦はかわしきれなかった。
「ぐぁっ!」
痛烈な一撃を受けて背面の装甲が砕け散る。そのまま凄まじい勢いで大地に叩きつけられ、詩弦は声にならない悲鳴をあげた。
魔力が込められた一撃は肉体のみならず精神をも揺さぶり、半ば意識が遠ざかりかける。このまま気を失えば楽になる――そんな誘惑すら感じるが、それに身を任せていいはずもない。詩弦は意志の力を総動員して、無理やり翼を羽ばたかせると、再び空中へと舞い上がった。
入れ違いに魔法陣から飛来した魔力が、一瞬前まで詩弦がいた大地に新たな大穴を穿つ。わずかでも身をかわすのが遅れていれば、それで終わっていただろう。
頭を振って朦朧としかけた意識をなんとか回復させると、詩弦は敵の姿を求めて周囲を見回した。
空色は空中にいた。まるで円盤の上に立つかのように、自ら描いた魔法陣を足場にして、悠然とこちらを見据えている。
「接近戦なら、わたしに勝てるとでも思ったの?」
からかうような口調の空色に、詩弦は静かに問い返す。
「遊んでますね」
「ええ、愉しませてもらってるわ。せっかく招待されたんだもの」
空色はさも楽しげにうなずく。
「天使を見くびったこと、すぐに後悔させてあげます!」
左右の剣を放り出すと、詩弦は両手を高々と掲げ、そこに炎の塊を生み出した。無数の火の粉が舞い、異常なまでの高温によって大気が揺らめくが、空色はその様子を涼しげな顔で見つめている。
「そんな大技があたるわけないでしょ」
魔力のみならず、体術でも空色は詩弦を凌いでいる。その事実はとっくに確認ずみだ。だから詩弦も無策にこれを放つわけではない。
「いいですよ避けても。あんな魔法陣二つだけで、あの少女が無事で済むと思うのならね」
詩弦が告げると、空色は慌てて真下に視線を向けた。そこにちょうど綾子がうずくまっている。
「それが天使のすること!?」
空色の顔にはじめて焦燥が浮かぶ。
「これも戦術です!」
詩弦は断言すると、全身全霊を込めた炎の塊を、空色めがけて解き放った。
まるで小型の太陽が向かってくるような一撃を前に、空色はその場から逃げ出すことなく、瞬時に防御の魔法陣を描き出す。
魔法陣が生み出す力場と黄金の炎がぶつかり合い、凄まじい大爆発が生じた。
それは最初に空色が起こした爆発など問題にならない勢いで、はるか遠方の空までも白光で満たし、途方もない爆音を地平の彼方まで轟かせていく。
だがそれでも日々の営みを送る人々は、誰もそれに気づきはしない。それもまた世界結晶の力だ。空色はあらかじめ、ここでの騒ぎが関係者以外にもれることを禁じていたのだろう。そうでなければ、とっくに野次馬が駆けつけてきていたはずだ。それを悟っていたからこそ、詩弦も遠慮はしなかった。
黄金に輝く神秘の炎は爆発の中で、なおも膨れあがり、途方もない熱波となって空色を呑み込んでいく。大地が溶け出し、山全体が炎に包まれて然るべき威力だったが、そうはならない。
実のところ、ここに生じた熱エネルギーは詩弦によって完全に制御されており、必要以上に周囲に伝播することはなかった。つまり詩弦は最初から綾子を傷つける気など毛頭無かったのだ。
だが完全な制御下に置かれているがゆえに、中心部の熱量は想像を絶するものになっているはずだ。おそらくは同じ炎の天使であっても耐えきれぬほどに。
詩弦は勝利を確信しつつも、ほくそ笑むことなく、むしろ青ざめていた。
(やりすぎた――!?)
空色を殺してしまっては意味がない。そんなことになれば槇志に合わせる顔がない。そもそも詩弦は、別の少年と交際し、槇志を傷つけた空色に、ただお仕置きをしたかっただけなのだ。
肝を冷やす詩弦だったが、結果として、それは杞憂だった。
次の瞬間、炎の渦はその高熱ともども瞬時に消失し、中から五体満足の空色が姿を現していた。
「なっ――!?」
詩弦は驚愕した。今度はほっとすべきところだったのだが、それでも驚かずにはいられない。あれだけの炎を防げる者など神か、それに匹敵する存在しか思いつかない。
空色は相変わらず宙に浮かんだ魔法陣の上に立ったままだったが、それ以外の魔法陣はすべて消失している。おそらく詩弦の放った炎の魔力によって消し飛んだのだろう。
それでも空色自身は、ろくにダメージを受けた様子はなく、その長い髪も制服も、焦げ跡ひとつ無く、きれいなままだった。
空色はしばらくの間、うつむいたままだったが、やがてゆっくりと顔をあげると、怒りに満ちた視線を詩弦へと向けた。
「頭に来たわ」
「――っ」
言い知れぬ圧迫感を感じて詩弦は息を呑んだ。戦いを生業とする
空色は顔にかかっていた前髪を払いのけると、ぞっとするほど冷ややかな声で言った。
「消えてなくなりなさい」
瞬間、突如として詩弦の周囲に、無数の魔法陣が展開した。
「なっ――!?」
詩弦は絶句した。彼女を中心として球形を形成するかのように、上下左右前後のすべての空間に、空色の描いた魔法陣がひしめき合っているのだ。それらはゆっくりと回転をはじめ、一斉に魔力を組み立てはじめていた。
「冗談じゃない!」
詩弦は慌てて翼を羽ばたかせた。魔法陣を振り切るために、全速力で空の彼方へと舞い上がっていく。
だが、それは無意味だった。
魔法陣は詩弦を中心に座標を固定されており、彼女がどこへ行こうと寸分違わぬ距離でついてきてしまうのだ。
「そ、そんな――!?」
恐怖に引きつった詩弦の眼前で、すべての魔法陣が一斉に光を放った。
「きゃあぁぁぁっ!!」
おびただしい魔力の光に包まれて、詩弦は少女のように悲鳴をあげた。とっさに張った魔力の結界も役に立たず、
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