第24話 激突! 戦闘天使Ⅱ
「いかーん!」
カーテンの隙間から、交渉の様子を窺っていたミゲルが突然大声を張り上げた。
直後に窓の外で凄まじい爆音が轟き、カーテンの向こう側が白光で満たされる。同時に地震のような震動がプレハブを揺らし、槇志と夏生は床の上に投げ出された。
天井から埃がパラパラと舞い落ちる中、その混乱に乗じて、裏側の窓が蹴破られる。槇志がそれに気づいたのは皮肉にも床に転がったためだが、どのみち警告の声をあげる暇はなかった。
飛び込んできた侵入者は、着地と同時に再び床を蹴ると、人間離れした勢いで跳び蹴りを放つ。
「チェストー!」
それは狙い違わずミゲルの横顔を捉えていた。
「どあぁぁぁっ!」
顔を守っていたバイザーが砕け散り、巨体がガラクタの山に埋もれるようにして倒れ込む。対照的に、蹴りを浴びせた侵入者は、金色の髪を宙になびかせながら、華麗に着地を決めた。
「助けに来たわよ、ハチ」
夏生に笑みを向ける侵入者。困ったことに、それはどう見ても紫葉綺理華だった。
「紫葉、きっと来てくれると信じてたよ!」
夏生が嬉しそうに叫ぶ。綺理華は彼の手を縛ってたロープを、あろうことか手刀の一振りで切り払うと、戦意に満ちた視線を槇志に向けた。
「げっ」
思わず声をあげる。それを聞いて綺理華は目を丸くした。
「なにやってんの、マ……」
「人違いだ! 俺は悪の暴走族ドクロライダー! その証拠に背中にドクロマークがある!」
誤魔化そうと、勢いに任せて叫ぶが、後先のことはまるで考えていなかった。
「そっか、マキちゃんがこんな悪いことするわけないもんね。でも人違いなら容赦しないわ!」
綺理華は言うが早いか飛びかかってくる。何も考えずに槇志は真横に跳んだ。
凄まじい運動エネルギーを持った物体が、一瞬前まで彼が立っていた場所を通り過ぎていく。当たっていたらどうなっていたかなど、想像したくもなかった。
初撃は運良くかわした槇志だったが、どさりと体が床の上に落ちると、さすがに失策を悟らざるを得ない。
(やべえ、これじゃあ次は避けられねえ!)
当たり前の展開だったが、彼の運動能力であの一撃をかわすには、こうするしかなかっただろう。
横向きに寝転がる格好になった槇志を、綺理華は舌なめずりでもするかのような顔で見おろしてくる。
(きっとこいつの前世はライオンだ)
槇志は確信を抱いた。
「待てえーいっ!」
救いの声はガラクタの山の中から聞こえてきた。
ダンボールや空き缶などを吹き飛ばしながら、ミゲルが勢いよく身を起こす。割れたバイザーを脱ぎ捨て、躊躇無く素顔をさらすと、彼は真っ向から綺理華を睨みつけた。
「ラピス・ラズリめ、なまじ魔力を操る存在は接近を気取られると悟って、人間の少女を送り込んできたか。だが、ただの人間では私の相手は務まらん!」
叫ぶと同時にミゲルは左腕に装着していた盾を放り出した。宙を舞った盾が、たまたま夏生を直撃するが、ミゲルも綺理華も気に留めない。
ミゲルが拳を握りしめ戦いの構えをとると、腕のプロテクターが自動的に変形し、凶悪なトゲの付いた装甲がその拳に装着される。
それを見てさすがに槇志は青くなった。あの天使は、あんな物で女の子を殴るつもりなのだろうか。せめて脅しであって欲しいと願う槇志だったが、ミゲルの戦意に満ちた横顔は百パーセント本気であることを物語っていた。
「風の
叫ぶとともにミゲルが尋常ならざる速さで綺理華に殴りかかっていく。
「危ねえ!」
槇志は思わず叫んでいた。いくら我が身が大事とはいえ、綺理華が大怪我をするなど断じてごめんだ。
しかし綺理華はミゲルのパンチを軽くいなすと、逆に自らの拳を相手の体に叩き込んでいた。
「ぬおっ!?」
驚愕するミゲル、そして槇志も同様に目を見張った。
だがダメージそのものはそれほどでもなかったらしく、ミゲルは軽く距離を取ると、口元に楽しげな笑みを浮かべた。
「やるではないか。どうやら手加減はいらぬようだな!」
定番の台詞を発するとともに、ミゲルはその巨体に似合わぬ俊敏さで、たてつづけに拳を繰り出した。丸太のような腕が一閃するたびに、風が激しい唸りをあげる。
その攻撃を、綺理華はほとんど足さえ動かすことなくかわしながら、自らも反撃の拳を連続で繰り出した。
双方の拳が繰り出すソニックブームがプレハブそのものを震撼させる。常軌を逸した戦いに、槇志の目はついていかなかったが、それでもひとつの事実だけは理解できた。
(ミゲルの攻撃はひとつもあたっていない!)
対して綺理華の攻撃は、確実に相手を捉えているのだ。
「バ、バカな……」
ミゲルはよろよろと後ずさる。相当なダメージを受けたようだ。見れば綺理華は彼の
「――て、なんだそりゃ!?」
槇志は思わず素っ頓狂な声をあげた。事前に詩弦から聞いた話によれば、天使の魔力によって具現化される
「ふふ、僕と紫葉に逆らう者は、みんなこうなる運命なのさ」
ミゲルの盾を三度笠のように頭に載せた夏生が余裕ぶった笑みを浮かべる。
「おまえは関係ねえだろ」
槇志は夏生を蹴倒すと、うずくまるミゲルに駆け寄った。
「おい、ミゲ――じゃなかった、ブルー」
「に、逃げろブラック。こいつはとんでもない伏兵だ。ラピス・ラズリめ、まさかジャスティスを味方につけていたとは……」
ミゲルは苦しげな息を漏らしながら言った。
「なにそれ?」
他ならぬ綺理華が聞き返している。
「神王樹自身が、世界をあるべき形に保つため、希に世界に紛れ込ませる超常の使徒……すなわち世界にとっての絶対正義――〈正義の味方〉だ」
「正義の味方――!?」
槇志は素っ頓狂な声をあげた。あまりにも変な言葉を聞いた気がしたのだが、ミゲルにふざけた様子はない。
「正義の味方とは、世界が理想とする人間の姿であり、それゆえに世界そのものに味方された、この世で究極の超常なのだ」
「究極の超常……」
正義の味方――たしかにそれは、ある意味、魔法や神様よりも非現実的な存在なのかもしれない。少なくとも世の中には正義の味方が実在すると考える人間よりも、神の実在を信じる人間のほうがはるかに多いだろう。
槇志はミゲルの言葉に驚きつつも、同時に奇妙に納得していた。たしかに綺理華の規格外ぶりは超常めいている気がする。いや、ここに来てはっきりと超常であることを確信させられた。
考えてみれば、理屈に合わない彼女の能力を、綺理華を含めた誰もが当たり前のように受け入れている現実こそが、超常そのものだったのかもしれない。
至極納得しながら槇志は呟いた。
「やっぱ人間じゃなかったんだな紫葉って」
「ひどいよマキちゃん、わたしは人間だってば!」
綺理華はやはり彼を槇志であると考え直したのか、あるいは最初っから見抜いていたらしく、そう言った。
「紫葉、なんか妙に親しげに見えるけど、あのドクロライダーと知り合いなの? まさか宿命のライバルとか言わないよね」
夏生は不思議そうに問いかけている。この状況でも、まだ槇志に気がついていないらしい。
「ジャスティス――その戦闘力は標準的な
ミゲルはよろめく脚に無理やり力を込めて立ち上がると、右の腰に装着してあった光線銃らしきものを手に取った。大きく息を吸い込み声を張りあげる。
「だが負けん! 見ていろ、ブラック。この者は私が命と引き替えにしてでも、必ずや葬り去ってみせる!」
「葬るな!」
叫ぶ槇志だったが、自分に酔っているミゲルの耳には届かない。焦る槇志の眼前で、ミゲルの手にした銃に凄まじい魔力が集まっていく。魔力を持たない槇志にさえ、それがはっきりと感じられるほどだった。
「受けるがいい、ジャスティス! 風の
「やだ」
綺理華は即答すると、ミゲルが銃に魔力をためている間に、その顔面に拳を叩き込んでいた。
「ぐはぁぁぁっ」
断末魔のような叫びとともに、血しぶきを迸らせて、巨体がゆっくりとプレハブの床に崩れ落ちる。
さすがに死んではいないだろうが、今度こそ完全に意識を失ったようだった。
「やったね、紫葉!」
夏生は嬉しそうに歓声をあげると、今度は槇志に指を突きつけて叫んだ。
「さあ、次はあのドクロライダーだ。なんとなくあいつが悪の親玉っぽいから、徹底的にぶちのめしちゃってくれ!」
(わかってて言ってんじゃねえのか、この野郎!)
そう思わなくもないが、おそらく夏生は本気でわかっていないのだろう。わかっているはずの綺理華はといえば、右拳を左手で包み込むようなポーズで剣呑な笑みを浮かべている。
「ハチはこう言ってるけど、さてどうしようかな?」
「ま、待て、紫葉。これには深い事情があるんだ」
槇志はプレハブの出口に向かって後ずさりしながら言った。
「そりゃあ無かったら、ただの悪人だしぃ」
ゆっくりと近づいてくる綺理華。
槇志の手は背後にある扉の取っ手に触れていたが、おそらくこれを開けた瞬間に彼女は飛びかかってくるだろう。万事休すであった。
槇志にできることは唯一、神に祈ることだけだ。そういえば、いまは神の実在を知っているのだから、祈りも届きやすくなっているかもしれない。そんなあまい考えを持って、槇志は胸中で叫んだ。
(神さま、へるぷ・みー!)
だが、そのまま数瞬を待ってみたが、やはり何も起こらない。
じわりじわりといたぶるかのようなスピードで近づいてくる綺理華の背後では、夏生が勝ち誇るかのような笑みを浮かべている。
(もう神を信じねえ!)
早くも信仰心を投げ捨てた槇志は、必死で頭を回転させた。この際、部屋にあるものはなんでも利用すべきだ。そうは思うが利用できそうなものなど何ひとつ無い。あったとしてもそれを取りに行くのを綺理華が見逃すはずがなかった。
(……いや、ひとつだけあるじゃねえか。ここからでも利用できるものが)
槇志は閃くと同時に行動に移った。
「いまだ夏生! 紫葉に蹴りをかませ!」
「えっ!?」
綺理華が慌てて夏生に視線を向ける。計算どおりだった。槇志は夏生の信用の無さにかけたのである。案の定、綺理華は夏生に気を取られた。
しかも、その瞬間、なぜか夏生が槇志の言葉に応えて、
「おうっ!」
というかけ声とともに綺理華に跳び蹴りを放っていたのだ。
本来ならば夏生などの蹴りが綺理華に当たるはずはないのだが、先ほどの槇志の祈りが遅ればせながら神に通じたのか、その瞬間奇跡的なことが起きた。
綺理華がミゲルが落とした銃を踏んでバランスを崩したのだ。
結果として夏生の蹴りは狙い違わず綺理華の腹部に直撃し、綺理華はバッタリとその場に倒れ込んだ。
「…………」
槇志は思わず立ちつくしていた。予想以上の結果というよりは、もはや予想外の結果だ。
「うわーっ、しまったぁぁぁっ!」
夏生が両手で頭を抱える。
「親友の声に似てたんで、思わず従ってしまったぁぁぁっ!」
槇志は実感した。バカだバカだとは思っていたが、やっぱり夏生はバカだった。
「ハーチぃぃぃっ」
綺理華が地獄の底から響いてくるかのような声とともにゆらりと立ち上がる。やはりあの程度の蹴りでは、綺理華は倒せないようだ。
「うひぃぃぃっ!」
夏生は素早く壁まで後ずさると、張り付くような格好でガタガタと震え出した。それを綺理華が憤怒の形相で見据える。どうやら怒りの矛先は、完全にあちらに向いたようだ。
(友よ、無駄死にではないぞ!)
槇志は夏生の来世が安らかたることを願いつつ、哀悼の意を表した。
「アデュー」
「それは死者への永遠の別れの言葉あああっ!!」
以前にも聞いたような夏生の悲鳴を背に、槇志は堂々と扉を開けてプレハブを出て行った。
だが、そこではすでに、空色と詩弦の戦いの火蓋が切って落とされていたのである。
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