第22話 愛される資格がない

 昨夜、街外れの峠で暴走族が襲撃され、身ぐるみを剥がれるという事件が起きた。犯人は赤毛のコスプレ少女。背中が燃えていたと被害者は語る。

 決して捕まるはずのない犯人の名は円城詩弦。超常の力を秘めた戦闘天使マーシャルエンジェルだ。

 彼女が追いはぎの真似事までして手に入れた装備は、いまは槇志の全身を覆っていた。

 スモークバイザー付きの派手なヘルメット、背中にドクロが描かれた革ジャン、鎖やトゲの付いた数々の装身具。被害者のほうこそ、いったいなんのコスプレをしていたんだと問い質したくなる代物ばかりだ。今どきこんな格好で走り回っている奴がいるとは実に驚きだ。

 はっきり言って、知り合いには絶対に見られたくない格好だ。空色はもちろん、綾子か綺理華に見られたら、一週間は登校拒否になる自信がある。

 もっとも正体を隠すために手に入れてもらった衣装だ。見られたところで中身が彼だとわからなければ問題ない。

 となれば最大のネックは、やはり暑苦しさだった。この季節、ただでさえプレハブの中は快適にはほど遠い環境だというのに、いまは人質を監禁しているため、すべての窓が閉ざされている。夕方までこの格好でいたら、空色が現れる前に暑さで力尽きてしまいそうだ。手元にうちわだけはあるのだが、床の上にはミゲルが拉致してきた夏生が寝転がっているため、いまはヘルメットを脱ぐわけにはいかない。


(バレたら、もうあの学校にはいられねえな)


 槇志はぼんやりと考える。たとえすべてが上手くいったとしても、これは空色に対する裏切りだ。この先、高校生活の間中、彼はずっと後ろめたい気持ちに苛まれつづけることになるだろう。


(本当にこれでよかったのか……?)


 いまさらながらに、そんなことを考えてしまう。


「ブラック。ちゃんと見張っていたまえ」


 ミゲルの声で槇志は我に返った。ブラックというのは正体を隠すために用意されたコードネームだ。ちなみにミゲルがブルーで、詩弦がレッドとなっている。単純すぎる気もするが、わざわざ凝った名前を考える意味もない。

 槇志が慌てて床の上に視線を移すと、夏生が芋虫のように這って逃げ出そうとしているところだった。プレハブで見つけたロープを使って、両手は背中で縛ってあるのだが、足は自由なままだ。それなのに、なぜ芋虫のように這いずるのかは理解に苦しむところだが、いちいち変なところが夏生らしいと言えなくもない。無言のまま彼の足をつかむと、槇志は引きずるようにして元の位置まで戻した。


「うひぃぃぃっ」


 情けない悲鳴をあげる夏生だが、笑う気にはなれない。この異様な状況下では恐怖を感じない方が不自然だろう。しかしその恐怖に震えながらも、夏生はいまさらながらに抗議をはじめた。


「なんなんだよ君たちは!? 僕なんか捕まえたって、紫葉は五百円までしか出してくれないぞ!」


 綺理華にとって夏生は遠足のおやつ程度の存在価値しかないようだ。


「さ、さては、槇志に頼まれたのか!? そうなんだな! あいつ、僕と空色の仲を妬んでこんなことを!」


 夏生のとんでもない言いがかりに、槇志はカチンときた。半ば自棄になって威圧するように告げる。


「ああそうさ。おまえをバラせって頼まれたのさ」


 威圧的な声がヘルメット越しにくぐもった感じで響いた。そのおかげか夏生が槇志の正体に気づいた様子はない。突きつけているのがナイフではなくうちわというのは少し迫力に欠けていたが、それでも夏生はじゅうぶんに恐怖を感じたらしく、はっきりと青ざめていた。


「ち、ちょっと待ってよ、困るよそんなの。だって僕と空色は本当はなんでもないんだよ。お芝居なんだよ。そんなんで殺されたら割に合わないじゃないかっ」

「なんだと!?」


 槇志は面食らって声を荒げた。ミゲルもまた意表を突かれたらしく、驚いた顔で夏生を見おろしている。恋人でないのなら人質としての価値が下がるからだろうが、槇志にとってはそれどころの話ではない。


「どういうことだそれは!?」


 襟首をつかんで問い質すと、夏生は怯えきった顔で事情を説明しはじめた。


「い、いや、その……。ほ、本当は僕、告白した途端にふられたんだよ。それで『やっぱり槇志がいいのかい』って訊いたら、彼女、頬赤らめるからさ、僕は親切に教えてあげたんだ。『槇志も君が好きだよって』。そしたら彼女、『それは困る、わたしには彼に愛される資格がない』って悲しそうな顔で言うんだよ。そこで僕は提案したんだ。とりあえず僕と恋人同士ってことにすれば、槇志の恋心も自然に他の女の子に向くだろうってさ。だから、本当は僕は槇志に殺される理由なんて……」

「じゅうぶんにありそうだな」


 ミゲルが断罪するように告げた。


「ええっ、なんでさ!?」

「親友を思いっきり裏切っておいて、何を言っとるか、お主は!」


 ミゲルが珍しくまともに説教する傍らで、槇志は茫然と立ちつくしていた。


(天咲が俺のことを……?)


 綾子も綺理華も、再三それを主張していた。おまけに彼女たちが睨んだとおり、夏生と空色のカップルは偽りのものだったのだ。その事実は嬉しくないはずもないが、釈然としないことがあった。


(資格がないって、どういうことなんだ……)


 またもや困惑する槇志。その背後で扉が開き、詩弦が室内へと舞い戻ってくる。


「ラピス・ラズリが現れました!」

「ひとりか?」


 表情を引き締めてミゲルが問う。


「いえ、彩河綾子も一緒です」

「ふむ、もうひとりの魔女も姿を見せているならば、かえって伏兵はあり得ぬか……。いや、メイドの中にも油断ならぬ者が幾人かいたはずだな。用心に越したことはない、打ち合わせどおりに行くぞ」

「はい」


 詩弦は身を翻して、再びプレハブの外へと飛び出していった。槇志はその背中を茫然と見送る。すでに事態は動き出しており、いまさら後戻りはできそうにもなかった。

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