第20話 狙われた夏生

 朝の光が差し込む街角で、夏生はいつもどおりに、空色が現れるのを待っていた。

 澄んだ空気の中を通行人がまばらに通り過ぎていく。その大半は通学途中の学生で、通りすがりの女子高生たちが熱い視線を送ってくるのを、夏生は平然と受け流していた。いまの彼が関心を持つ少女は空色だけだ。

 空色はほぼ決まった時間に姿を現す。腕時計で時刻を確認して、夏生は満足げな笑みを浮かべた。彼の予想では、あと数分以内に、目の前の角を曲がってくるはずだ。

 昨日は混雑しすぎた市民プールで、あっさり空色とはぐれてしまい、その姿を探し歩いているだけで時間の大半を浪費してしまったが、空色の水着姿を拝めただけでも、じゅうぶんに満足だった。

 それに、なんと言っても夏はこれからが本番だ。夏休みには彼女とふたりで遠出することまで計画している。こちらは彼女に協力している立場なのだから、彼女もそうそう嫌とは言えないはずだ。

 最近様子のおかしな槇志に対しては、後ろめたい気持ちがあったが、そこはプラス思考ということで、都合が悪いことからは目を逸らすことに決めていた。随分と後ろ向きなプラス思考だが、もちろん夏生にその自覚はない。


「けど遅いなぁ」


 ふと疑問に思って腕時計を確認し直す。


「いつもより三分は遅れてるぞ」


 このくらいの遅れでぼやくのは、神経質すぎるというところだが、空色はさらに十分が経過しても姿を現さなかった。これ以上遅くなると遅刻は必至である。


「寝坊でもしてんのかなぁ」


 夏生は腕を組んで首を傾げた。


「いや待てよ。まさか夏風邪をひいたとか!?」


 脳裏にベッドで苦しむ空色の姿が浮かんでくる。


「いけない、すぐに行って介抱してあげなければ!」


 もちろん彼は天咲家に何人ものメイドがいるという事実を知ってはいたが、それもあえて無視していた。

 自分のやさしさをアピールして、空色の心を虜にし、真の恋人になるというのが、彼の大いなる野望なのだ。

 その野望の成就のために、山の手へと向かって走り出した夏生は、同時に怪しい人影が背後から迫ってきていることに、まったく気がついていなかった。

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