第4話 綺理華と夏生

「あっ、マキちゃんと空ちゃんだ。やっほー!」


 クラスメイトの紫葉しば綺理華きりかが、公園の出口で大きく手を振っている。

 どこか気高さを感じさせる顔立ちに、抜群のプロポーションを併せ持つ少女だ。家系の中に異国の血が混ざっているとかで、その髪は豪奢な金色をしている。お嬢様と言うよりも、もはやお姫様といった風体の持ち主だ。

 ただし、その性格はエキセントリックであり、外見と内面ではかなりのギャップがあった。

 綺理華の隣では、先ほど話題に出たばかりの八条夏生が、悩み事ひとつ無さそうな笑顔で、同じように手を振っている。

 このふたりは幼なじみで、普段から一緒にいることが多い。ただしその関係は親分子分に近く、綺理華が夏生をハチと呼ぶせいで、なおさらその印象が強かった。言うまでもないことだが、もちろん綺理華が親分で夏生が子分だ。

 槇志と空色が近づくと、綺理華は興味深げな目を向けてきた。


「めずらしい組み合わせだね、お二人さん」

「誰かさんのおかげでな」


 槇志が横目で睨みつけると、夏生は意外そうに目を丸くした。


「えっ、僕のお手柄?」

「おまえのせいだって言ってるんだ。俺が過去三十人の女にふられたなんて、とんでもないデマを流しやがって」


 誤解しようの無いようにはっきりと説明すると、なぜか夏生は悪びれない笑みを浮かべた。


「ああ、あれか。あれはデマじゃないよ。僕の脳内世界での真実を語っただけさ」

「そういうのをデマって言うんだろうがっ」

「そんなバカなっ!」


 夏生は愕然として叫ぶ。


「どうやったら、そこで疑問が持てるんだ!?」


 そちらのほうが驚きだ。


「マキちゃん『非学者論に負けず』って言うでしょ。このバカには口で言っても無駄だよ」


 肩をすくめて綺理華が言うと、槇志は納得して拳を握りしめた。


「たしかにな」

「いけないわ笠間くん。教育に体罰は必要ないのよ」


 空色が咎めるような声をあげると、夏生が感激したように顔を輝かせる。


「天咲さんっ――」

「教育じゃねえ、仕返しだ」


 槇志が告げると空色はあっさりと肯いた。


「ああ、それなら問題ないわね」

「問題あるでしょ!?」


 夏生が裏切られたような声をあげる。その顔をめがけて、槇志は握りしめた拳を叩き込む――ふりをした。

 実際のところ、槇志は本気で怒っていたわけではない。そもそもこの程度のことで、いちいち腹を立てていれば、夏生とはつき合えないだろう。よって端からあてる気など無かったのだが、夏生はそうは思わなかったらしく、最初から届かないパンチをかわすために、大きく後ろに跳んでいた。


「遅い!」


 得意気に叫ぶ夏生だったが、着地した場所が歩道と車道の段差だったため、大きくバランスを崩してしまう。


「うわぁぁぁぁっ」


 そのままアスファルトの上を勢いよくゴロゴロと転がると、道の真ん中でうつぶせに倒れたまま動かなくなってしまった。


「アホすぎる」


 槇志は頭を抱えた。これでは普通に殴った方が、まだしもダメージが少なかっただろう。


「まあ、いつものパターンだよねぇ」


 綺理華も呆れ顔で、幼なじみの醜態を眺めている。夏生がバカをやるのも、ドジを踏むのも、たしかに日常茶飯事だ。

 しかし、この日はこれまでにはないことが起こった。

 突然けたたましいスキール音が住宅街に響き渡り、すぐ近くの角から真っ赤なスポーツカーが飛び出してきたのだ。

 進路上には未だ倒れたままの夏生の姿。


「ハチ!?」


 綺理華は驚きの声をあげると同時に、尋常ならざる反射速度でダッシュした。槇志も慌ててそれにつづく。

 しかし、ふたりの俊足をもってしても、とうてい間に合う距離ではなかった。

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