エピソード啓二&美香:100万ドルの笑顔 ③
お昼休み。
3限目の休み時間に早弁していた俺は、20分ぐらい時間を空けてから相沢さんのいる1組へと向った。タイミング良く、教室から出てきた椎名さんへ声を掛ける。
「あっ、椎名さん」
「小栗さん? ん、もしかして、美香ですか?」
「そ、そうなんだ。相沢さん……呼んで貰えるかな?」
椎名さんはにっこりと笑みを浮かべ『ちょっと待ってて下さいね』と、教室へ戻っていく。少ししてから、椎名さんが相沢さんを連れて出てきてくれた。そのまま椎名さんは口元に手を当てながら『ごゆっくり』っと相沢さんへと言葉を残し、この場から離れて行った。
冷やかされたからなのか、それが理由ではないのかはわからなかったけど、相沢さんはまた俯いたままで。
「相沢さん、来てくれてありがとう」
「ううん、私の方こそ」
そう口にした彼女は、明らかに気落ちしていて。なぜか既に泣きそうな顔で俺を見上げてくる。
「昨日、あの人来なかったの。小栗君、何か言ってくれたんでしょ? でも、聞いちゃったの……私」
「え? 何を」
「小栗君、山まで走らされたって。体は大丈夫? 足とか痛めてない? あんな遠くまで。本当は、私から小栗君の所に行かないといけなかったのに」
「違うよ、違うから」
相沢さんの悲しそうな表情を、俺はこれ以上見てられなくて。
「本当に違うんだよ。情けない話、俺はまだアイツに何も言えてないんだ。だから、たまたまなんだ、昨日は」
心配そうに俺を見つめる彼女へ、俺は自分の気持ちを伝えたくて勇気を振り絞る。
「相沢さん!」
「は、ハイ!」
俺が少し大きな声で呼び掛けてしまったから、彼女も釣られて返事をした。
「俺、今回の球技大会で、アイツに挑戦状を叩きつけるから」
「挑戦状?」
「あぁぁ、優勝を賭けた挑戦状。もし、もし俺がアイツに勝って、優勝出来たら……」
少し言葉に詰まってしまった俺を、彼女は目を逸らさず静かに次の言葉を待ってくれていて。
「相沢さんと一緒に、行きたいところがあるんだ。一緒に見たい景色があるんだ。だから」
彼女は小さく『だから』っと呟く。
「俺を、応援してくれないかな? 必ず相沢さんの目の前で、優勝してみせるから」
今まで暗かった表情が、嘘のように明るい笑顔になった彼女は『うん、小栗君を信じて、精一杯応援する』そう答えると、足早に教室へと戻ってしまった。
まだ少し話があった俺にまたまたタイミング良く。
「お話は、終わったんですか?」
「椎名さん。実は、まだちょっと伝えて欲しいことがあって」
「ん? もう一度呼んできましょうか?」
「ごめん、大丈夫だよ、ありがとう。それで相沢さんにはーーーー」
~~~~~~~~~~
放課後。
俺はグラウンドへ行かず、いつもの場所へと向かった。そして、校門のすぐそばで、誰かを待っている男に声を掛ける。
「キャプテン、相沢さんは来ませんよ」
「は? 小栗、なんでお前がここに? 今日は俺を探しに来さすなって、あいつらに言ったはずなんだけど」
「自分の意志でここに来たからです」
その男は威嚇するように俺を睨みつけてきた。
「何言ってんのお前」
「あんたに話が合ってここに来たって言ってるんだよ」
「はぁぁ! 可愛いこと言ってくれてんじゃん」
男は一歩ずつ、一歩ずつ俺との距離を近づけてくる。お互いの距離が手の届く範囲となった時『そもそもお前、昨日の夜景はどうしたんだ』っと、ぶつけるように投げ掛けてきた。
「もうあんたの指示には従えない」
「それならサッカー部を辞めるってことでいいんだな」
俺は小さく踏み出して、男へと詰め寄った。その迫力に押されたのか、男は少し後ずさりをするように体を反らす。
「俺と勝負しろ!」
「なに?」
「球技大会だ。優勝を賭けて、俺と勝負しやがれ!」
「はあ? なんでそんなこと……」
一瞬、怪訝そうに俺を睨みつけた後、にやりと嫌らしい笑みを浮かべ。
「いいぜ。で、お前が負けたらどうしてくれるんだ?」
「お望み通り、サッカー部を辞めますよ」
俺の返事を聞いたその男は『ハハハハッ! それはいい』っと、馬鹿にするように大きな笑い声を上げた。
「今日みたいに、ちゃんと自分の意志で辞めてくれるんだろ? まさか、俺に辞めさせられたって、言い回ったりしないよな」
ニタニタしながら、そんな言葉を続ける。
「もちろんです。そんなカッコ悪いこと、俺にはできませんから」
俺のその返答に、苦虫を嚙み潰したような顔して、怒鳴りつけるような声で反応する。
「そういうところが気に食わないんだよ! いちいちカッコつけやがって!!」
激情に駆られたその男を見て、逆に俺は冷静に話を続けることが出来た。
「俺が優勝したら、あんたがサッカー部から出て行ってくれ」
「は?」
「当然じゃないですか。勝負に俺だけ条件があると思ったんですか?」
怒りで体が震えているその男は『誰に向かって口を』そう言い掛けた時、俺は拳をギュッと握り締める。
「それと、相沢さんに二度と、二度と近づくんじゃねぇ!!」
さっきまで明らかに激怒して見えた男は、すぅーーっと感情が抜けたようになったかと思うと、俺にじぃーーと眼差しを向けてくる。
「そういうことか……お前も相沢に気があるってことだな。そういうことなんだな。だから、いつもいつも邪魔して来たって訳か」
「俺は……彼女が好きなんです! だからあんたに、あんただけには絶対に渡さない」
「そういうことかよ……まあいい。お前が二つ条件を付けるなら、俺にももう一つ条件加える権利があるだろう?」
「そうですね」
その男の顔が、昔、祖母の家でよく見せられていた時代劇の悪代官を思い出させるような顔をして、俺はなんだか気分が悪くなる。
ニタニタと俺を見下すような視線を浴びせ、信じられない言葉を口にしだした。
「俺が優勝したら、お前、相沢に土下座して、俺と付き合うようお願いしろ。それが俺の条件だ」
「なっ!?」
「吞めるようなぁ、小栗。ここまで啖呵切って、まさかそれはできませんとでも言うのか? さっきみたいにカッコつけてみろよ」
コイツ……どこまでクズなんだ。
あまりの言葉に吐き気さえする俺はすぐに言葉が出なかった。一瞬目を閉じた時、相沢さんやあべっちが目蓋まぶたに浮かぶ。
「俺が優勝できなかったら、サッカー部を辞めて、あんたの目の前で相沢さんに土下座してお願いしますよ」
「言ったな、小栗。忘れるんじゃねえぞ」
「あんたこそ」
「ふん、俺はお前みたいにカッコつけないからなぁ」
コイツ……腐ってやがる。
遂に我慢の限界に達した俺が拳に力を入れたその時
「キャプテン、約束は守ってもらいますよ。動画もちゃんと撮ってますから」
俺は咄嗟にあべっちの声がした方に顔を向ける。そこには、1年生の部員みんなが揃っていた。
「貴様ら!!」
「俺たちが、この勝負の保証人です。キャプテン、約束は守ってください。そうでなければ、この動画、拡散しますよ」
「ふん、可愛がってやった恩を忘れやがって。俺のクラス、お前らわかってるよな?」
そう。コイツのクラスは2年生のサッカー部が5人もいる。コイツと合わせて6人。だから、割とあっさり勝負を引き受けたんだ。俺のクラスは、俺とあべっちの二人だけ。
「さすがの俺もお前ら全員に辞められたら、人数足んなくて、試合に出られなくなるからな。だから、今回は目を瞑ってやる。小栗、お前と当たるのは決勝戦だといいな。みんなが見ている前で、お前に吠え面かかせてやるわ」
それだけ言って去っていく男を俺は黙って見つめていた。みんながここへ来てくれたことへの動揺で何も言葉を発せられずにいた。
~~~~~~~~~~
「お前ら……いつからいたんだよ」
俺の問いに、二人の部員が向かい合わせとなった。
「俺は相沢さんが好きなんです! あんただけには絶対渡さない!!」
「きゃーー! おぐりん」
おいおいおい。
「やめてくれよ……」
みんながニヤニヤしながら、俺へと視線を送る。そんな時、あべっちが真剣な顔で
「まあまあ、みんな。色々問い質したい気持ちはわかるけど、今は球技大会だよ。実際、勝算はあるの? 小栗君」
「正直、10回やったら、10回負けると思うよ」
「ハッ! マジか?」
「それやばくない?」
「小栗、大丈夫なの?」
俺の率直な答えに、みんなは予想通りの反応で。そんな中、あべっちだけは冷静だった。
「俺もそう思ってたよ。だから、策を練らないとね。事実として、俺たちのクラスにサッカー部は、俺と小栗君しかいない訳だし」
「そうだな。みんな、意見をくれないか? もうわかってる通り……俺は、絶対に優勝しなければいけないんだ」
そんな俺の掛け声を機に、1年生サッカー部員による『小栗告白大作戦』と称した作戦会議が夜遅くまで実施された。優勝大作戦じゃねぇの? って俺の意見には、みんなが何も言わずに首を横に振っていた。
その日から、俺たちは部活に参加すことなく、学校からちょっと離れた無料のグラウンドで1年生だけ集まって練習することになった。大作戦の一つである、俺のクラスから有志での参加者も募り、球技大会までの一週間、俺たちの結束はより強固なモノへと変わっていった。
それともう一つ。アイツが相沢さんへ接触することは無くなった。どうやら、真面目にサッカーの練習に取り組みだしたみたいだ。そのことで、俺は安心して自身の練習に取り組むことができた。
そしていよいよ、球技大会が始まる。
『あとがき』
相沢さんへの伝言
「小栗さん、私は美香に何を伝えたら良いですか?」
「相沢さんに、帰る時間をちょっと遅らせてって伝えて欲しいんだ。俺が校門付近から追い払うから」
「あっ! 例のキャプテンですね」
「そうなんだ」
「わかりました。伝えておきますね。美香はモテるから、大変ですね。きっと美香、喜びますよ」
にっこりと微笑んだ椎名さんは、教室へと入っていった。
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