エピソード啓二&美香:100万ドルの笑顔 ②
あっ、キャプテンが来た。
めずらしいーー
当たり前の風景が、当たり前ではないというか。いつも俺が探しにいかなければならないキャプテンが、今日は自らグラウンドへとやってきて、同じ2年の先輩たちと談笑していた。
なぜか、わざとみんなに聞こえる声で『夜景だよ、夜景。お前らも見たいでしょ?』っと、訳のわからないことを話していて。なんとなくそれが、俺には嫌な予感として感じた。
「集合!!」
その掛け声と共に部員たちが一斉に集まる。俺も駆け足でその輪に加わった。
「小栗! お前は今日、練習に出なくていいぞ」
はっ? 何言ってのコイツと思いながら『どういうことですか?』っと、答える。そんな俺を2年生の先輩たちは、ニヤニヤしながら嘲笑らっているようで。
「お前、走るの好きみたいじゃん。俺たち、夜景が見たいって話しになったんだよね。小栗は走るのが好きみたいだから、ここから山まで走って、夜景を撮ってこいよ」
「こ、ここからですか?」
「あぁ、お前の足なら、2時間もかからないだろ。夜景にはちょっと早いけど、それでいいよ」
流石に言ってることが無茶苦茶で、俺が反論をしようとしたその時、同じクラスの部員が声を上げてしまった。
「キャプテン待って下さい。それはあんまりじゃないですか!」
「あぁん? じゃあ
「キャプテン、すみません。俺だけで行ってきます。阿部は勘弁してやってください」
「え? 聞こえないなぁ」
俺は深々と頭を下げ『キャプテン、申し訳ありません。自分だけで行かせて下さい。お願いします』っと、歯を食い縛る気持ちでお願いした。
俺のその姿に気を良くしたのか『阿部はいいよ、お前ひとりで行った来い』っと満面の笑みで返答された。
「あぁぁ、そうだ。シューズは変えて行けよ。大事なエースが怪我しても困るからなぁ」
キャプテンがそう口にすると、2年生みんなで声を上げ笑っていた。その2年生たちに可愛がられている俺たちと同学年のサッカー部員は、気まずそうに下を向いていた。
~~~~~~~~~~
「おーーい!」
「おーーい、小栗君! 待ってくれよぉぉ」
少し後ろの方から、俺を呼ぶ声が聞こえる。足を止め振り返ると、俺を追い掛けて走ってくる阿部あべっちの姿が見えた。
「はぁはぁ、やっと追いついた」
「あべっち……どうして?」
「俺も急に夜景を見たくなったんだよ。そんなことより、小栗君は走るの速いなぁ」
「やっぱりキャプテンに言われたのか?」
俺は怒りを堪えながら、静かに投げ掛ける。
「違う違う。本当に自分から行かせてくれって頼んだんだよ」
「なんで!?」
あべっちは『遅くなっちゃうから、走りながら話そう』っと、再び足を動かした。『ただ、ペースは少し落としてね』っと、笑ってみせる。
そんなあべっちを見て俺は、ずっと言えなかった気持ちを打ち明ける。
「ごめん、あべっち」
「ん? 違うって言ってるじゃないか」
「そうじゃなくてさ。そうじゃなくて、本当は俺、ずっとあべっちに謝らないとって、そう思ってたんだ」
「何をだい?」
「俺、怖くて……言い出せなくて」
「小栗君、どうしたんだよ急に」
あべっちの足が再び止まる。
さっきキャプテンに意見をし、今、俺を追い掛けてきてくれたあべっちは、俺がサッカー部へ誘って、入部してくれた部員だった。
「ごめん、サッカー部が、こんなボロボロになってしまって」
~~~~~~~~~~
サッカー部として、ありえない話ではあるんだけど。俺たちが入部したとき、この部にはちゃんとしたGK《ゴールキーパー》がいなかった。
要するに持ち回りでGKをやっており、
サッカーというスポーツをよくわからなくても、耳にしたことがある人も多いポジション。自チーム11人のフィールドプレイヤーで唯一、手の使用を認められている専門職。そしてその仕事は、大事なゴールマウスを守る『守護神』っと呼ばれたりしている。
そんな大事な守護神が、俺たちの部にはいなかった。
「あべっち、このまま部活には入らないの?」
「小栗君? あべっちって。俺は入る予定ないよ」
「そうなんだ」
「うん。中学の時は男バスだったんだけど、この学校にないからね」
男子バスケット部だったと答えるあべっちを見て納得した。入学式当日から一際ひときわ目立っていたその身長。頭一つ飛び抜けていたのだから。
その体躯たいくに反して、教室でのあべっちは、目立つ存在ではなく寡黙で。もちろん、宍戸と比べれば、みんなと普通にコミュニケーションは取っているし、何より馬鹿にされたりなどしていない。
「うちの学校はスポーツにあんま力入ってないから、存在してる部活そのものが少ないもんな」
「そうなんだよ。だから、普通に帰宅部を継続かな」
「あべっち、サッカー部に入んない?」
「えっ、俺? サッカーなんて遊びや授業でしかやったことないよ」
そう、どこか優しく笑うあべっちにとって、普段軽い乗りでおちゃらけてる俺からは、たぶん想像できないぐらい真面目に映ったと思う。
「GKが空いてるんだよ。もともとボールを扱ってきたスポーツに馴染みがあるんだ。すぐに上手くなる。それに、その身長はGKにぴったりなんだ」
「小栗君?」
「頼むよ、あべっち。少し考えてみてくれないかな」
俺がいつもと違う感じで、あべっちと二人で話をしていることに気が付いたクラスメイトから、段々と注目を集めてしまって。
その日のうちにクラス内での『あべっち』呼びが浸透し、その翌日、彼は入部願を持ってサッカー部へやってきてくれた。
~~~~~~~~~~
「イテっ!」
あべっちの大きな手が俺の背中を『パン』っと叩く。そして再び走り出した。
「そんなの……小栗君の所為じゃないじゃないか。あ! 俺は辞めないよ、君がサッカー部を諦めない限り。嬉しかったんだよ、誘ってもらって」
「あべっち」
「小栗君にとっては、この身長に魅力を感じてくれただけかもしれないけど。それでも、クラスの……学年で人気者の君から声を掛けられたことが、俺は嬉しくて」
「それは違うよ!」
思わず大きな声を出した俺に、あべっちはびっくりしたようで、息を切らせながらも、俺に視線を向ける。大きな大きな彼を見上げながら、話を続けた。
「ただ背が高いから誘ったんじゃないよ。あべっちは、正義感が強くて、いい奴だから。みんながやりたがらない委員や仕事を、率先してやってくれるじゃないか」
それにクラスでただ一人、宍戸を馬鹿にしてるところを俺は見たことがないんだ。
「そんなあべっちだから、俺は一緒にサッカーがしたくて。だから誘ったんだよ」
俺の言葉を黙って聞いてくれていたあべっちは、ペースを緩め、ゆっくりと止まった。
「小栗君、荷物とかそのままだろ? 頂上まで、あと山道は半分ぐらいだけど、俺はここでゆっくり引き返すよ。それとこれ」
彼は俺に千円札を渡してきた。
「これは?」
「頂上は観光スポットでお店や自販機もある。水分補給して、帰りはロープウェイを使うと良いよ。下りは膝に悪そうだからね。何より暗いし」
いつものように優しい笑みを浮かべ『学校で待ってるよ』っと、彼は引き返していった。
俺はそんなあべっちの優しさに涙を堪えながら、千円札を握りしめ、ハイペースで山を駆け上がる。段々と人の気配を近くで感じるようになり、いくつもの大きな建物が目に飛び込んできた。
~~~~~~~~~~
地元民の俺にとって、この場所はもちろん初めてじゃない。学校行事だけでなく、今日のようにトレーニングがてら、山道を走って登ったこともある。
ただ、それはいつも日中であって、こんな時間に来たことは初めてだ。平日にも関わらずたくさんの人が、ロープウェイ乗り場から流れてくる。
確かここは夜景が見える時間帯、自家用車で山頂に来ることはできず、ロープウェイや観光バス、タクシーだけが登頂手段だったはず。
そんなことをふと思いながら、俺も人が流れる方へと身を委ねた。
「うわーー! きれいだねぇ」
前を行く観光客からそんな言葉が聞こえてくる。特段、夜景への興味を持ってここに来た訳ではない俺も、せっかく来たのだだからと、キャプテンからの指示通りポケットからスマホを取り出して夜景の見えるスポットへと近づいていく。
「綺麗だ……」
思わず口から零れてしまう。
トレーニングウエアでただ一人この場にいる俺は、明らかに周囲から浮いていた。でも、ここにいる人は、誰もそんなことを気にしない気がする。今、目の前に広がっているその景色から、目を離せなくなるから。心を奪われるって、こういうことを言うのかもしれない。
すっかりその景色に魅了された俺は、ただ『ぼーー』っと、その場に佇たたずんでいた。
数分経っただろうか。
俺は手に持っていたスマホを構え、夜景を撮ろうとしたその時。なぜか相沢さんの『信じて待ってるから』という言葉が脳裏を過る。
スマホ越しに夜景を見た瞬間、自分自身が妙にちっぽけに思えて。
俺が諦めない限り、サッカー部を辞めないと言ってくれたあべっち。俺を信じて待ってくれている相沢さん。
相沢さんとサッカー部を守る為、俺はキャプテンへ挑戦状を叩きつけることを決意して山を下りる準備をした。
『あとがき』
小栗、学校到着
「小栗君、待ってたよぉぉ!!」
「小栗、大丈夫か!?」
「おぐりぃぃ!!」
学校に到着すると、1年生サッカー部員みんなが俺の帰りを待ってくれていて、姿を見せた俺へと駆け寄ってくれた。
「小栗、ごめん……俺たち」
「気にすんなよ。この状況じゃ仕方ないから」
「でも、このままじゃサッカー部が」
「俺に考えがあるんだーーーー」
俺は部員たちに何をしようとしているのか説明をしたが、みんな、さっきより不安そうな顔で。
「でも、負けたら」
「そうだよ、小栗」
「やる前から負けること考えるバカがどこにいるんだよ!」
そう、みんなに笑いながら答えた。
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