エピソード34:サッカーかな
「私、今日のお昼はちょっと用事がありますので」
「えーー」
「またぁぁ?」
葉月は『ごめんなさい』っと丁寧にお辞儀をして、教室から出て行った。
明らかに大きな荷物を抱えた様子から、二人分のお弁当を持っていることが、私にはバレバレで。
勇み足で出て行く葉月を目で追っていた私は、ふと周りを見渡す。私だけじゃなく、教室中の男子生徒が、葉月の行動に視線を送っていた。
さすがは学校のアイドル。
でも、そんな
「そこは葉月のこと、言えないんだけどね」
思わず口から洩れた私を、不思議そうな顔でみつめてくる二人。
「今日は久しぶりに3人でランチだ!」
「最近、4人で食べることって、なんか少なくなったよね。そもそも美香は、ほとんどいないしぃぃ」
「ごめん、すっごく言いにくいんだけどーーーー」
二人は『えぇぇ』と膨れながらも、温かく送り出してくれた。私も二人にお詫びをして、お弁当を片手に啓二のいる教室へと向う。
ちなみに私と葉月のクラスは1組で啓二と宍戸ししど君のクラスは5組。1組は玄関に一番近くて、5組はお手洗いに一番近いというイメージ。要するに私と啓二は端と端という状況。
だから、啓二のところへ向かう途中、お手洗いへ向かう人や戻ってきた人たちとすれ違うことが自然と多くなる。
~~~~~~~~~~
「ねえ、びっくりだよね」
「うんうん。あの椎名さんが宍戸さん? って人にお弁当作って来たんだって」
お手洗いに向かう二人の女子生徒が、興味深い話題を話していたので、私はゆっくりと距離を詰めながら、聞き耳を立てる。
「宍戸って、5組の人でしょ? なんか陰キャだけど、教室で暴れたって人じゃなかった?」
「そうそう。でも、その話には続きがあって」
宍戸君の評価って……なんかヤバイ人になっちゃってるけど。でも、なんで葉月が手作りのお弁当をってことまで、こんなに早く噂が広まってるんだろう?
「なになに?」
「その暴れたって話、椎名さんの為ためだったらしいよ」
「えーーなにそれ! なんか素敵じゃない」
「でしょ! 私も後から真相を聞いて。なんかいいなって思ったの」
「まさか、アイドルと陰キャの恋ってヤツ? ギャップ萌えかも」
「陰キャってことは置いといても、相手を想って、何かをしてくれるのって憧れよね」
真相は宍戸君、陰キャなんかじゃなくて。誰も知らないイケメンヒーローだったりするんだけど。
女子生徒の会話を盗み聞きしていた私は、5組で起きたあの件から、葉月だけじゃなく、周囲からも宍戸君の評価が上がっているように感じた。
本当にファンクラブができちゃうかも? なんてことを思いながら、私は啓二のいるクラスへと歩を進めた。
~~~~~~~~~~
今、二人でいるこの屋上は、もともと俺が一人で時間を潰すのに訪れていた場所。
小栗が相沢さんと過ごす時間が増えたのがきっかけ。なんとなく、一人でいる教室に居心地の悪さを感じ、ふらふらと校内を彷徨ってる時に辿り着いた先。
「うまい!」
「ホント? 嬉しいな」
ちょっと照れながらも、嬉しそうに笑う彼女は、意識せずに見惚れてしまうほど、やっぱり綺麗で。
学校のアイドルと評されるのだから、まあそうなんだけど。でも、そんな評価より、もっともっと上な気がするのは、俺だけじゃないはず。
葉月は最後に残った自分の唐揚げを箸で摘まむと『最後のいっこ。ハイ大地、あ~ん』っと、俺の口元へ近づけてきた。
「えっ!?」
「大地、はやくぅ。腕がぷるぷるして唐揚げが落ちちゃうよ」
促されるままに俺は口を開け、葉月の箸の先にある唐揚げへとゆっくり寄せていく。
「あれ?」
俺の口へ入る手前で、葉月はひゅっと自分の口へと運んだ。ポカンと間抜け面をさらす俺に『にひひ』っと悪い笑みを浮かべ、俺と逆方向に顔を傾けた。
それから何事も無かったように正面を向き、『ご馳走様でした』っと手を合わせる。
いやいやいやーーーー俺
めっちゃくちゃ恥ずかしんですけど
そんな葉月との関係は、友達……といえばそうなのかもしれないけど。異性の友人がいなかった俺にとって、ちょっと距離感が時々わからなくなったり、なんとなく不思議な感覚にもなる。
ただの友人に、わざわざお弁当を作ってきてくれたりするんだろうか。
「大地、ここは風が気持ちいいね」
キラキラしたブロンズヘアーを片手で耳に掛けながら、そう口にする葉月を見て。まるで撮影の一コマかと勘違いしてしまいそうになる。
「お気に入りの場所だから」
「ふふふ、それで黄昏ちゃうんだ」
照れながら『やめろよ』っと返した俺に、葉月は口元を手で隠しながら、『大地、照れちゃって……可愛い』っと揶揄ってくる。
「本当に可愛いのは、葉月の方だよ」
「ヒャッ」
聞きなれない音を立てた葉月を見ると、両手で顔を覆いなぜか『うぅぅ』と唸っていて。
「私、こんな容姿だから……可愛いって、初めて言われたかも」
葉月はそう口にした後『なんか大地、慣れてるね』と呟いた。
「慣れてる?」
「ううん。可愛いって褒めてくれて、ありがとう」
葉月からのその言葉は、俺の中に少し引っ掛かりを残して。状況や言葉は違えど、彩乃さんや真央ちゃんにも、似たようなことを言われているから。
俺が女性から嫌われる理由って、他にもたくさんあるのかもしれない。そんなことを考えながら、ちょっと微妙になってしまった空気を変えるように『ご馳走様でした、葉月。本当に美味しかったよ』っと笑顔を返す。
「……優しい」
「へっ?」
「大地の笑顔、優しいんだね。温かいっていうか。気が付かなかったな。雰囲気も変わった気がする」
「そ、そうかな」
こくりと頷いた葉月は、誰もが羨む綺麗な瞳を真っ直ぐ俺へと向け『前よりもずっと好き』っと零れるように口にした後『今の感じ』とそっと付け加えた。
自分ではわからないから、その言葉が妙にくすぐったく感じて。葉月の好きってフレーズに、一瞬ドキッとした。
「そういえばね、あの二人、そろそろ一年みたいだよ」
「小栗と相沢さん?」
「うん」
そういえば小栗が告白したのって、球技大会が終わってすぐだったかも。
「私ね、去年の球技大会、美香に連れられて小栗君達の試合を見に行ったの。最初はなんでだろうなぁって、そう思ったんだけど。全試合連れて行かれて」
「そ、そうだったんだ」
俺は……欠席したんだよな。高校生活、唯一のズル休み。今のところだけど。
「大地は今年、どっちに出る予定なの?」
「俺? 俺は小栗に誘われて……サッカーかな」
その返答を聞いた葉月は『やった!』っと、満面の笑みを浮かべ『今年は観戦じゃなくて、応援に行くね! もちろん大地を』と伝えてくる。
「幻滅するんじゃないかな」
「そんなことないもん!」
葉月の『一生懸命する人に、幻滅なんてしないよ』っという言葉が、俺の胸に突き刺さる。とてもじゃないけど、ただ突っ立ってるつもりなんだって、そんなことは言えなかった。
それはやっぱり、カッコ悪過ぎるから。
『あとがき』
誰も訪れない屋上は
「ねえ大地。今更なんだけど、入り口のドアの前に立ち入り禁止って書いてるよね」
「あぁぁ、気づいちゃった?」
「気づくよぉぉ。最初、ホントにここであってるのか不安だったんだから」
「ごめんごめん。実はさ、あれ作ったの、俺なんだよね」
「え!?」
「もともと、たぶん鍵が掛かっていて」
「たぶん?」
「ちょっと強く回したら、聞こえちゃいけない音がしたというか……老朽化だったと俺は思ってるんだけど」
「ふぅぅん、大地って……」
「んん? 俺がなに?」
「なんでもなーーい」
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