エピソード33:これが宍戸ですよ


 いつもの教室ではあるんだけど、雰囲気が変わったというか。


 周囲が変わったというか。



 朝練を終えて教室へ向かうと、ここ最近、宍戸の周りには人だかりができている。それは、椎名さんと初めて登校して来たあの日からで。


 例の宍戸が教室で起こした一件以来、少しずつ周囲の宍戸を見る目に変化が起こり始めた。それを加速させたのは、椎名さんと一緒の登校だったと思う。



 ぶっちゃけ俺としては……それはそれで嬉しいんだけど。本音を言えば、ちょっと寂しい気もしている。



「みんな、うぃーーっす!」



「あっ、おぐりん、おはよう」


「小栗、うっす!」



「毎朝朝練、えらいよねぇ」


「今年もうちのクラス、球技大会のサッカーは優勝じゃね?」



「うんうん、小栗君がいるし」


「去年もカッコ良かったよねぇ」



 いやぁぁ、今年はみんなの期待に応えられなさそうなんだけど。だから、みなさんの視線が辛いっす。



「オグりん、おはよう」



 そう声を掛けてきた主ぬしに目をやると、机に肘をつきながら手に顎を乗せ、ニヤニヤしている宍戸の姿があった。



「珍しい、お前から声を掛けてくるなんて」


「ん? 朝から失礼な奴だな。挨拶ぐらい、俺だってするぞ」



「で、お前は何に出んの?」


「もちろん、余った方だ」



 リザーレ高校の一学年ひとがくねんは200名。40名の5クラスだ。今は男女比半分のこの学校は、サッカーとソフトボールが男子生徒の種目となる。基本的にはどちらかに出場となるんだが、当然、諸事情で2種目掛持ちをする生徒も中にはいたりする。



「ねえねえ、なんで二人はそんなに仲が良いの?」


「おっ! それ、俺もずっと気になってた!!」



「リザーレ七不思議ななふしぎの一つらしいよ」


「え? 初耳! っていうか、残りの6つは何?」


「知らない!!」



 周囲ではそんな和やかな会話が繰り広げられているのだが、宍戸は一度、キッと俺を睨んでから、窓の方に顔を向ける。


 俺はというと、完全に盛り上がってしまっているこの状況で、ワクワク感溢れ出している眼差しを向けられていた。



 「いやぁぁ……こ、心の友なんだよ」



 『ぷっ』



 窓の方に顔を向けていた宍戸は、俺の返答に軽く吹き出し『お前はどこぞのガキ大将かよ』っという言葉を残して、なぜか教室から出て行こうとしていた。



「宍戸君って、あんなこと言うんだね」


「うん、いがーーい」



 みなさん、あれが宍戸ですよ。



「なんか宍戸君って、立ち振る舞いが綺麗だよね」


「わかるわかる! 顔はよく見えないんだけど、スタイル良いし」



 こ、これって、素顔が見えたら、ファンクラブ……できちゃうんじゃね?



「なあなあ、小栗。宍戸って、椎名さんと付き合ってんの?」


「この前二人で一緒に登校してから、噂になってるよな」



 それは俺も知らんけど、知らんけどさ。


 美香が何も言ってないから、付き合ってはないよな? うん、付き合ってはないはず。今のところ。



 『付き合ってはーーーー』そう俺が言い掛けた時、宍戸が教室のドアを開け、外に出るタイミングと重なって。



「あっ! 大地! おはよ」


「おはよう、葉月」



 うっそぉぉん。ってか、大地に葉月!?



 教室はしーーんっと静まり返った。


 まるで二人の会話を逃さないという意思がそうさせているかのように。そして偶然なのか、椎名さんが声を掛けた場面だったからなのか。宍戸は教室のドアを閉め忘れて、そのまま出て行った。



 もちろん、会話は筒抜けなわけで。



「今日もね、今日もね! お弁当を作ってきたの。大地、お昼一緒にどうかな?」



「いいのか? なんだかいつも申し訳ないな」



 はっ!? 椎名さんの手作り弁当? マジかよ……本当に付き合ってないのか、あの二人。



「ううん。だってぇ、大地に食べて欲しくて作ってきたんだから!」



 妙にテンションの高い椎名さんの声だけが、最後に教室へと届く。それを聞いた人だかりのみなさんは、無表情に席へと戻っていった。



 宍戸はというと、何事もなかったかのように、ホームルーム前に席へと帰ってきて。



「なんだ気持ち悪いな、ニヤニヤして」


「宍戸さぁ」



「ん?」


「椎名さんと、付き合ってんの?」



「はっ!?」



 驚いたような宍戸の声が教室中に響き渡る。でも、ちょっと前みたいに『シッシ』っと揶揄からかう奴は誰もいない。


 みんな、一瞬こっちをチラ見して、また素知らぬ顔で視線を背ける。聞き耳は立ててるんだろうなって、容易に想像がつくんだけど。



「俺なんかが、ありえないだろ。小栗、急にどうしたんだよ?」


「椎名さん、お前の為に弁当作ってきたんだろ?」



「お前……まさか、後あとつけてたのか」


「ちげえよ! どっかの誰かさんが、教室のドアを閉め忘れて出て行ったんだろ」



 俺の返事に『チッ』っと軽く舌打ちをした宍戸は、いつものように窓の方へと顔を向ける。俺の気の所為せいかもしれないんだけど、ちょっと耳の辺りが赤くなっている気がした。


 

 数十秒? いや、数秒だろうか。ゆっくりと宍戸はこちらを振り返り、今まで見せたことのないような柔らかい表情で、俺を見返した。



 宍戸の笑顔に慣れてない俺は、不覚にもドキッとしてしまう。



「前にも言ったかもしれないけど。俺、女性から嫌われる体質なんだよ。だから、そういうのじゃないんだ、ホント」



 そう笑顔で伝えられた俺は『事実だけど、真実ではない』という後輩たちの言葉が、脳裏を過るのと同時に。最初に宍戸が、女性から嫌われる体質なんだって、話をしてくれた時のことを思い出した。



 その時も笑ってはいたけど、どこか乾いたような笑みで。今、目の前にいる宍戸とは別人にさえ思える。



 本当に変わったのは、周囲なんかじゃなく。宍戸本人なんじゃないかって、俺には、そんな風に思えて。



「なあ」


「今度はなんだ」



「球技大会。球技大会なんだけど。ただ立ってるだけでいいから。俺と、俺とサッカーに出てくれないか?」


 そんな俺の投げ掛けに、予想通りの驚いた表情を見せ、すぐに『ふっ』と鼻で笑った。



「心の友に誘われたらなぁ。じゃあ、サッカーに出ようかな」



 マジかっ!!



「おぉぉ! 心の友よぉぉ」



 『長編かよ』っと、宍戸はまた窓の外に顔を向けた。



 みんさん、これが宍戸ですよ。



       『あとがき』


ランチタイム



「今日も俺の方が早かったな」


 まだ誰もいない屋上で、一人そう呟いたはずなんだけど。



『うふふ、残念でした』っと、陰から笑顔の葉月に声を掛けられる。


「あれ? ごめん、待たせちゃったかな」



「ううん。本当は驚かせようと思ったんだけど、なんだか大地が黄昏たそがれているように見えて」


「揶揄うなよ」



「えーー、本当だもん。そう言うなら、ワッ!!」


「え?」



「もぉぉ、そこは驚いてくれるところでしょ」


「アーービックリシタ」



 少し不貞腐ふてくされたような顔をしながら『ひどい!』っと口にした彼女の瞳は、今日の青空とリンクしているようで、見惚れるほど綺麗だった。

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