エピソード32:お礼の定番です
この地域は日が早く落ちる。だから辺りはもう真っ暗で。
二人で歩く帰り道を照らすのは、時々雲から顔を出す月の光と、ところどころにある街灯だけのはずなんだけど。なんだか妙に明るく感じた。
そんな俺は可愛い後輩に、話を聞いて欲しくて。
「海、いや、妹なんだけど。前はね、誕生日とかクリスマスとか、何が欲しいって言ってくれたんだ。よく買い物だったり、遊びにも行ったりしたんだけど。俺が……俺、ちょっと閉じこもちゃった時期があって。それからなんだ、何が欲しいって言ってくれなくなったの。聞いても、なんでもいいよって」
思わず最後に出た『情けない兄貴なんだよ』っという言葉に、黙って聞いてくれていた真央ちゃんは『センパイ、そんなことないですよ』と、真面目な表情で打ち消してくる。
真央ちゃんはすぐに笑顔で『妹さんも、センパイみたいにお優しいんですね』っと添えてくれた。吸い込まれそうになるようなその笑顔に、俺は闇を照らしてもらったように感じて。
「そ、そうかな。実は、これを用意してくれたのも妹なんだ」
っと、つい余計なことまで口にしてしまい。
「え? そうなんですか!?」
「あっ、あぁぁ。そうなんだよ」
「よく考えたら、センパイがご実家に帰られたりしていないですもんね」
「だからって訳じゃないんだけど。妹の誕生日プレゼントのアドバイスをもらえないかな?」
真央ちゃんはいつも以上に真剣な眼差しを俺に向け『お礼じゃなく、私も一緒に妹さんの誕生日プレゼントを選ばせて下さい。お願いします、センパイ』っと、頭を下げてくる。
「頭を上げてよ! お願いしているのは、俺の方なんだから」
「でも……結局私、センパイに、何もお返しができないから」
「言葉だけになっちゃうけど、ホント、気にしないで」
心の底からそう思った俺は、可愛い後輩の真似をして笑顔を向ける。
「うぅぅ。センパイ、やっぱりずるいです」
「え? どうして?」
「だって……もう真っ暗なのにいつも送ってくださって。今日はこんな素敵なプレゼントまで。いつもいつも、センパイは優しいから」
俯きながら話す真央ちゃんに、俺は何も言葉を返せないでいて。
「だからセンパイは、ずるいんです」
お得意のぷくっと頬を膨らませたその表情に温もりを感じながら『なんだよそれ』っと俺が笑う。そんな俺を見て、真央ちゃんも笑ってくれる。なんだかそれがまた可笑おかしくて、二人で笑い返した。
俺はいったい、何を悩んでいたんだろう。あの時、俺はーー
「せんぱい?」
「ん? あぁぁ、ごめん」
「どうしたんですか? 急に立ち止まったりして。そうそう! いつ行きましょうか? お誕生日プレゼントを選びに」
「真央ちゃんも来てくれるってこと?」
真央ちゃんは不思議そうに俺を見つめ『そうですけど』っと首を傾げる。
「そ、そうなの?」
「違うんですか? 私と一緒に行くのは、イヤ……でしたか?」
「嫌だなんて! そんなこと思うわけないよ。こちらこそ、是非ぜひお願いします」
「ハイ! ちなみに、妹さんのお誕生日はいつなんですか?」
「再来週なんだよ。だから、そろそろ用意して送らないといけないんだ」
「そうなんですね。では、土曜日のバイト終わり、一緒に行きませんか?」
真央ちゃん、本当に良いのかな?
俺は凄く助かるんだけど。二人で買い物って、それはまるで……
「私、すぅぅっごく楽しみです!! センパイとの、あっ! ちゃんと素敵なプレゼントを選びますからーーーー」
上機嫌な真央ちゃんは、最後に『ご心配なく』っと、口元で両手をポンっと合わせる。その仕草一つ一つが愛らしくて。だから俺は、目が離せなかったりする。
「せんぱい、何かまた失礼なこと、考えてませんか?
どうせ私は……おこちゃまですよぉぉだ」
じーーっと俺が見つめてしまった所為せいか、プイっとそっぽを向く。今は子供扱いしたつもり、全くないんだけど。
「違うよ。もう一つだけ、お願いがあって」
きょとんとした後、ニコニコしながら『いいですよ。ハイ! センパイ』っと、両手を広げ、まるで俺を待っているかのような姿勢になると
小悪魔のような笑みを浮かべて
「あれぇぇ? 可愛い後輩をハグしたくなったのかなって。ちがいました?」
「おい、センパイを揶揄からかうなよ」
「うふふ、残念。でも、私にできることがあれば」
「あのさ……1枚だけ。1枚だけ真央ちゃんの写真を撮らせてくれないかな? 妹が真央ちゃんを見たいって言っていて」
んーーっと言いながら、真央ちゃんは俺の横へぴったりとくっついてきた。腕を組んでいるより、距離が密着しているその状況で。
「ダメです」
や、やっぱりか。そりゃ、急に写真なんか撮らせてくれなんて言ったら、気味が悪いよな。
首を傾け、俺の腕辺りに寄せながら『センパイとツーショットでしたら、喜んで』っと、そう真央ちゃんは付け加えた。
「え? いいの? って、俺と!?」
「ハイ! あっ、もう少し屈んでくれないと、収まらないですよ」
真央ちゃんは俺の腰に手を回し、さらに体を預けるようにしてきた。流されるまま、俺は腰を落とし、スマホを持つ右腕を伸ばす。
ち、近いな。ツーショットって、こんなに近いのか、距離が。
優しく吹く風が俺たちを撫でているかのようにして、ふわっと心地良い香りを真央ちゃんから俺の元へと運んでくる。ああは言ってくれていたものの、やっぱりどこか落ち着かない気持ちで。
そんな時『センパイって、本当に良い香りがしますよね』っと呟くような声が届く。
思わず俺は
「センパイ? もぉぉ、私に見惚れちゃダメですよ? ちゃんと前を向いて下さい」
「ご、ごめん」
「笑顔ですよぉぉ! 笑顔。ハイ、チーズ!」
真央ちゃんの明るい掛け声で、俺はスマホのボタンを押す。フレームへ綺麗に収まったその写真は、予想通り笑顔の真央ちゃんと硬い表情の俺。
その写真を見た真央ちゃんは『もう一枚です。センパイの眼鏡を外して、もう一枚』っと言いながら、俺の眼鏡を外そうと、そのままの体勢で横から空いている左手を伸ばしてきた。
取りやすいようと、俺がもう少し腰を落としたその時
『ちゅっ』
っと、ふいに横を向いた真央ちゃんの唇が俺の頬に触れた。
え?
動揺している俺をよそに、さっきよりももっと俺へと顔を傾けてくる。腰に回していた右手を解ほどき、スマホを構えている俺の右手へ添えるように伸ばしたかと思うと、真央ちゃんはそのままスマホのシャッターボタンを押した。
2枚目の写真は
満面の笑みを浮かべる真央ちゃんと、呆然としている俺が、フレームへと収まっていた。
すーーっと俺から離れた真央ちゃんは、口元を片手で隠すと、んふふと笑い『優しいセンパイへ、漫画やアニメみたいなお礼の定番です』っと、にっこり微笑んで
「今日も送って下さって、それにたくさん、ありがとうございます!!」
口早にその言葉だけを残して、自宅へと小走りに向かって行く。
玄関の前でもう一度俺の方へと振り返り
『おやすみなさーーい! センパイ』っと、大きく手を振ってくれていた。
「おやすみ……って、ずるいのは、真央ちゃんじゃないか」
「好きな人の匂いって、凄く良い香りがするんでよ、センパイ」
『あとがき』
真央ちゃんのお部屋にて
「すごいたくさん! センパイ……本当にありがとうございます。さっそく翔に渡さないと! 喜ぶだろうなぁ」
紙袋からスパイクやウェアを取り出したとき、1枚のメモ用紙が落ちた。
「なんだろう。紛れちゃったのかな?」
そのメモ用紙には可愛らしい文字で
『海はお姉ちゃんが欲しいな』
「これって……」
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