エピソード31:じゃあ、私だけですか?


「せんぱい……」



 さっきまで俯いていた真央ちゃんは顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。っと同時に『むうぅぅ』っと、ほっぺを膨らませてみせた。



「ご、ごめん。ごめん、真央ちゃん。嫌だったよね」


「凄く。凄く嬉しいです、センパイに頭をポンポンされるの。だけどーー」



 真央ちゃんは再び俯いてから、いつもの明るい声とは裏腹に



「だけど、ちょっと子供扱いされてるのかなって。私、小さいから」



 真央ちゃんのその言葉に、俺はすぐ返事ができなくて。



「私、下にしか弟妹きょうだいがいないから、凄く嬉しくて」


 『って、前にもお話しましたね』っと、真央ちゃんはいつものように明るく笑ってくれたんだけど。



 俺にとって真央ちゃんは可愛い後輩で。


 まぶしいぐらいの明るい笑顔に、いつも元気をもらっていて。


 小さいから……とかじゃなく、甘え上手なところに懐かしさを感じてしまうから。



 でも、本当は、しっかりしたお姉さんなんだよな。



「真央ちゃんはさ、俺にとって可愛い後輩で。それで、可愛い女の子だよ」



 ポロっと出た俺の本音に、真央ちゃんは大きな瞳をさらに大きくして。ただ、じぃーーっと俺の顔を見つめてきた。



 少しの沈黙の後、無理したような明るい声で



「やだ、先輩《センパイ》。そんなこと言って、ここはお店じゃないんですよ」



 『別に俺は』っと言い掛けて、口を閉じる。前にも言われたような、その言葉セリフ



 頬を膨らませるでもなく、瞳を潤ませているでもない。いつも笑顔な真央ちゃんが、どこか悲しげに。



「先輩は、お店に来た女の子にも……ポンポンしちゃいそうです」


「そんなことしないよ!!」



 さすがに全力で否定した俺の返事に、また時が空あいて。



 それを埋めるかのように、真央ちゃんは俺の腕を抱き、肩の下辺りにコテンと頭を寄せた。



「じゃあ、私だけですか?」


「え?」



「私と……妹さんだけですか? センパイ」



 語尾にハートマークがつきそうなぐらいの甘えた声で、真央ちゃんはそんな問いを投げかけてくる。


 ちょっと恥ずかしくなった俺は、真央ちゃんを見ることもできず、ただ『あぁ、そうだよ』っと、だけ口にした。



「ふぅーーん」


「真央ちゃん? なんで?」



 そんな会話をしながら、俺たちは再び歩を進める。



 荷物をどちらが持つかで、少し言い合ったり。真央ちゃんが『私、こう見えても力持ちなんですよ』って言いながらむくれた姿は、やっぱり可愛くて。


 『わかったわかった』っと、あえて俺は真央ちゃんの頭をポンポンした。



「もぉーー。センパイ、また私を子供扱いするんだから」



 少し早足になった真央ちゃんと距離ができたかと思えば、くるっと俺の方へ振り返る。後ろで手を組み、少しだけ前屈みになって、俺をのぞき込んできた。



 誰から見ても美少女に映る真央ちゃんのその仕草に、なんだか俺はちょっと恥ずかしくなる。



「そんな意地悪で優しいセンパイに、お礼がしたいです」


「いいよ、お礼なんて。その気持ちで十分だから」



 って、なんか表現にトゲがあるんだけど。



「センパイは、私に……私に、何か聞きたいことはありませんか?」


「ん? んん? あっ!」



 やっぱり真央ちゃん、聞いてたんだ。俺とマスターの会話を。



「えへ」


「真央ちゃん……聞いてたんだ」



 真央ちゃんはニコニコしながら、そのままの姿勢で話を続けた。



「センパイが、どうしてごまかしたりしたんだろうって、ちょっと考えちゃって。センパイは優しいから。だからなのかなって、そう思ったんです」


「優しいだなんて、そんなことないよ」



 否定した俺の返事へなのか、そうではないのか、わからないけど。真央ちゃんはまたほっぺを少し膨らませてみせる。



「妹さんの誕生日プレゼントを相談されたからって、私を子供扱いしてるだなんって思わないですよ」



 真央ちゃんは体勢を整え、後ろで組んでいた手を顔の前で合わせる。口元だけ隠すように、合わせた手を少し斜めにしながら、目線をちょっと下げた。



「センパイ……何もお返しができない可愛い後輩に、何か、お礼をさせて頂けませんか?」





 優しいのはーー



 本当に優しいのは、俺なんかじゃなくて。



 君なんだと俺は思うんだ。





「真央ちゃん」


 

 俺が名前を呼ぶといつもの明るい笑顔で『はい』っと返事をしてくれた。そんな彼女だからか。時折感じる懐かしさからなのか。俺は真央ちゃんに話をしたくなって。



「少しだけ、聞いてくれるかな?」



 その吸い込まれそうな瞳をパチクリさせ、一瞬、ん? という表情になった後、笑顔で『もちろんです、センパイ』っと返ってきた。



 安堵した俺は、少しだけ遠くを見ながら、まるで何かを吐き出すかのように語り掛けた。


 全てを明るく照らしてくれそうなその笑顔に、誘われるようにして。



       『あとがき』


エピソード22:あとがき 数日後



スマホに着信が


「海、どうしたんだ?」

「ブツは送付した。到着は明日」


「おっ、ありがとう! さすが早いな」

「海はよくできた妹ですから」


「海は自慢の妹だよ」

「ちょっとお兄ちゃん、素で褒めるのはやめてよ」


「本当にそう思ってるよ。ところで、今年の誕生日は何が欲しい?」

「なんでもいいよ」


「兄ちゃん、バイトもしてるし」

「本当になんでもいいよ、お兄ちゃん」


「そっか」

「ところで、ブツを受け取る人の写真がみたいぞよ」


「いや、会ったこともないけど」

「ちがう! バイトの後輩さん! 天然か!!」


「あぁぁ、真央ちゃんの? 持ってないよ写真なんて」

「送ってもらったら? 連絡先知ってるんでしょ」


 なんでわざわざ……。怪しすぎるだろ。


「無茶言うなよ。兄ちゃんもう寝るから」

「え? ちょっと! 海はまだ寝ないよ」


「おやすみ」

「ちょっと! 海はまだ寝ないよ!」


「欲しいものがあったら連絡してね」

「ちょ…………切れた」



 お兄ちゃんはいつもこうなんだから。彼女とか、いないのかな?

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