エピソード35:勝利の女神が微笑んでくれたから


 あれ? もういないーーーー



 昼休みを告げるチャイムが鳴るか鳴らないかのタイミングで、宍戸は教室を抜け出したようだった。


 隣の席に座っている俺が、気づかないのもどうかという話なんだけど。相手が宍戸だと、それも仕方ないかなって納得してる。そんなひとり残された俺の元へ、数人の男子生徒がやってきた。



「小栗、今度、藤女の一年生と合コンするんだよ。人数一人まだ空いてて」


「へぇぇ。あ、俺は行かないよ、合コン。絶対に」



 そう、俺は美香一筋だ。



「別に小栗を誘いに来た訳じゃないけど。相沢さんいるのわかってるし」



 じゃあ何しに来たんだよ。



「宍戸って、合コンとか誘ったら来るかな? 相手はあの藤女だぜ!」



 絶対無理だと思う。断言できる。たぶん、藤女が何かも知らないと思うし。ってか、宍戸を合コンに誘いにきたのか!?



 内心驚きながらも『誘うだけ、誘ってみたら?』っと、なんとなくモヤモヤした感情が、俺にそっけなくそう告げさせた。



 返答がよくなかったのか『いやぁぁ、すまん。俺たちもう行くわ』っと、気まずそうにしながら、そそくさと俺の周囲からいなくなった。



~~~~~~~~~~



「ふぅぅん、合コン……楽しそうね」



 男子生徒との会話に気を取られていた啓二をよそに、私はこっそりと宍戸君の席に座り声を掛ける。



「み、美香!?」


「そんなに驚くってことは、なにかやましいことでも?」



 責めるようなジト目を向け、美香は俺を見つめてきた。何一つやましいことなんてないんだけど、その迫力に気圧されて。思うわず『違うんだよ!』と言い訳染みた言葉を発しってしまう。



「冗談よ」



 本当は最初から全てを聞いていた私は、ちょっと怯えている啓二がなんだか可愛くて。精一杯の笑顔を彼に向ける。



「美香のその笑顔が、俺は大好きなんだ」


「もぉぉ」



 そんな恥ずかしい言葉を、ニコニコしながら平気で言う彼を直視できなくなった私は、ちょっとだけ顔を背ける。



「美香、来てくれてありがとう」


「啓二……寂しいんでしょ」



 美香には全て、お見通しなんだな。



 今朝もそうだったけど、なんか寂しかったんだよな俺。嬉しい気持ちも嘘じゃない。嬉しさも正直な俺の気持ちなんだけど。


 美香のその核心を突いた一言が、決して、俺から宍戸本人には伝えられない気持ちを。自分じゃない誰かに代弁してもらえたようで。


 それが美香だから余計に。さっきの俺のモヤモヤも晴れた気がした。素直に全てが受け止められるような、その気持ちになった。



「俺が言えた義理じゃないんだけどね」


「そうね。本人に言ったところで、気味悪がられるのが目に浮かんじゃう」



 宍戸君、そういった感情が欠如してそうだし。葉月の気持ちにも、全く気付いてないんだろうなぁ。



「椎名さん、宍戸の為に手作り弁当を用意してるんだろ?」


「そう、それ! なんで知ってるの?」



「それがさぁーーーーってなことがあって」


「あ、そういうこと! 葉月ってすぐ噂になっちゃうから」



「まあ仕方ないよ。今は一人で学校のアイドルなんだから」


「え、どういうこと? 元はアイドルグループだったの?」



 そのご本人がすっとぼけたことを言うもんだから、俺ははっきりと『アイドルのひとりを、俺がもらちゃったから』そう伝えた。



「私が? 私はアイドルなんかじゃないよ。啓二、さすがにそれは贔屓目が過ぎるよ」



 表情に乏しい私は、冷たそうってよく言われていたから。そんな私には、アイドルなんて真逆の存在。



「よく告白されてたじゃないか」


「それは啓二もでしょ。この話は……お互いしないって決めたじゃない」



 私たちがまだお付き合いをする前、啓二は本当に人気があって。遊びに誘われたり、ラブレターを貰うことも、告白されることだって日常茶飯事。それはもちろん、私なんかの比じゃなかった。



 そんな状況に、私はやっぱりヤキモチを妬いちゃって、大人げなく不機嫌になっていた。結局、啓二にきつく当たってしまうことが、自分自身、凄く嫌で。



 啓二から告白を受ける前は、それだけじゃない問題も重なっていて、私にとってはちょっと辛い時期でもあった。



 今振り返ると、啓二と私がお付き合いを始めたってことが、すぐに学校中へ広まったこと。啓二が言い寄る女子生徒へ、毅然とした態度をとり続けてくれたお陰で、私たちの関係は、現在に至っている。



 さっき、私がこの話はしないって言ったこと。それは、どちらかといえば、嫌な思い出が呼び起されるから。



「ごめん。嫌なこと思い出させちゃって」


「ううん。私の方こそごめんなさい」



「俺たち、もうすぐ一年だな」


「球技大会、近いもんね」



 私は彼のその言葉が嬉しくて。ごまかすようにマイクを握った風な手を、啓二の口元へ近づけ『小栗選手、今年も優勝ですか?』っとインタビュアーの真似事をした。



「そうですね、今年はあの宍戸選手も、サッカーへ出場してくれるようなので」


「うそっ!?」



「ホント。思い切って誘ってみたら、いいよって。案外、軽い感じで拍子抜けしたよ」


「宍戸君には申し訳ないんだけど、なんだか信じられなくて。んふ、啓二、今なら葉月に取られて寂しいって言ったら、一緒にランチしてくれるかもよ」



 そんな冗談を言った私に啓二は人差し指でツンっと、おでこを押してきた。『俺には美香がいるから、寂しくないんだよ』っと、笑顔で告げてくる。そんな彼がたまらなく愛しくて。



 彼を見つめながら『私も……啓二の笑顔が大好きだよ』っと、瞳を閉じた。



「み、美香、こ、ここは教室だよ」



 啓二の焦った声で、私はハッと周囲を見渡した。わざとらしく視線を背けるクラスのみなさんから、凝視されていたことに気が付いて、私は顔から火が出るほど熱くなった。



 美香って、めちゃくちゃしっかりしてるんだけど。たまぁに抜けてるところが、これまた、たまらなく可愛いんだよな。


 俺は顔を真っ赤にしながら、宍戸の席で俯いている美香に



「去年は、勝利の女神が微笑んでくれたから。美香が、俺を優勝させてくれたんだよ」



 絶対に負けられなかった試合。


 俺は優勝と共に……美香へ告白する勇気を勝ち獲ったのだから。



       『あとがき』


大変言いにくいのですが



「美香」

「ん? ねぇ啓二、そろそろ食べようよ」


「いやぁぁ、俺、3限目の終わりに食べちゃったんだよね。宍戸いないの知ってたし」

「はぁぁ!? ならもっと早く言ってよ!!」


「ごめん、嬉しくて」


美香は席を立ち『もお』っと言いながら、教室を出て行ってしまった。



「啓二、ごめん。あの教室にはさすがに居づらかったから、グッジョブ!」

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