エピソード26:教室にいるよ


「「 ナイッシュー!!!! 」」



 ペナルティエリア外から放たれたシュートが、一直線にサイドネットへと突き刺さる。



「南、絶好調だな」


「北川もナイスアシスト!」



 お互いを称えあった一年コンビは、俺の方へと顔を向ける。



「グリスチャーノ先輩、もちろん球技大会はサッカーっスよね?」


「あぁ、まだうちのクラスは決まってないけど、そうなるだろうなって! その呼び方はやめろよ……」



「本気で行くっスよ、グリさん」



 南は満面の笑みで、宣言してきた。



「グリ先輩、キャプテンは……?」


「だから! まだうちのクラスは決まってないんだって」



「そうだぞ、北川!! さっきグリさん決まって無いって言ったばっかだろ」


「うるせぇ、チビ」



「あっ! それだけは、それだけは言っちゃいけねぇ一言ひとことだと、何度言ったらわかんだよ」


「ふん」



 はぁ……こいつら仲良いんだか、悪いんだか。相変わらずよくわかんないコンビだな。




「ハイハイ、今日の朝練はここまでな。さぁ、みんなで片付けようぜ!」


「「「 はい!! キャプテン!!!!!! 」」」



 ん?


 宍戸かと思った?



 実はうちの部、俺たち2年と1年しかいないんだ。ご察しの通り、俺がキャプテンをしているって訳で。


 県内でも御三家と呼ばれ、進学校であるうちの高校は、正直、文武両道ではない。文に偏っている高校だ。



 その為、受験を控えた3年生が早期に引退することは、特に珍しいことではない。


 ただ、俺たちの先輩は、別の事情もあったんだけど。



 リザーレに関していえば、開校してから50年以上の歴史があるとはいえ、県内の他校よりも歴史は浅い方だ。


 元々男子校で、共学となってから、まだ10年も経っていない。



 その所為せいか、球技大会には色々な名残が残っていたりする。




「グリ先輩、お先します!」


「おう!」



「北川、はやいって! 待てよ!」


「今日俺、日直なんだ! 南、早くしろ」



「グリさん、お先っス!」


「お、おう」




 やっぱ仲良いんかな? 不思議な奴らだ。


 こんな様子で、うちの部は上下関係が緩い感じだ。俺の呼び方も、キャプテンだったり、グリさんだったり、様々。



 もちろん、あの生意気1年コンビが、俺のことを『キャプテン』っと呼ぶことはないんだけど。



「あいつらにとってキャプテンは、宍戸ただ一人なんだろうな」



・・・・・・・・・・



 教室に向かう準備を終えた俺は、玄関に向けてグラウンドから歩を進める。この時間に登校してくる生徒はほとんどいない。


 俺は一人下駄箱から上靴を取り出し、履き替えようとしていた。そんな時、二人組の女子生徒が廊下を通り過ぎる。



「ねぇ、知ってる?」


「うん、見た見た! 私、信じられなかったんだけど」


「だよねぇ」



 な、何がだよ!? めっちゃ気になるじゃん。



 意味深な会話をしながら、職員室へ向かっていると思われる女子生徒二人組は、通り過ぎていく。



 いや、めっちゃ気になるんだけど。



『さっきのなんだよ』っとモヤモヤした気持ちを吐き出すように、独り言を呟きながら、俺は教室へと向かう。



 途中、またもや廊下で立ち話をしていた女子生徒三人組が



「まさか、あの椎名さんがね」


「相手って誰?」



「宍戸って人らしいよ?」


「誰それ? 知らないんだけど」



「ほら、この前、教室で暴れたって人だよ!」


「あぁぁ!! 知ってる!!」



 ま、マジ!? 椎名さんと宍戸に何かあったの!? 気になる。気になる。気になる……



 居ても立っても居られなくなった俺は、女子生徒三人組に思い切って声を掛けた。



「おはよう!」



「あっ、小栗君、おはよう」


「おぐりん、おはよん!」


「小栗さん、おはよう!」



 女子三人組から柔にこやかな挨拶が返ってきた。



「ねぇねぇ、今の宍戸と椎名さんの話ってさぁ……」



 そう口にした瞬間、なんだか背筋が凍るような、ゾクッっとするような、そんな感覚が俺を襲った。



 トントンっと、背後から優しく肩を叩かれ、『おぐりん、おはよ』っと静かに声を掛けられる。



「み、み、美香!!」


「何をそんなに慌ててるの?」



「いや……これは」



 『これは?』っと、全く変わらない表情で、美香は軽く首を斜めに傾ける。



「わ、私たちは教室戻るね」


「そ、そうだね」


「美香、またね!」



 美香は一瞬、ニコッとしながら三人組の女子生徒に小さく手を振って、すぐに冷めた表情で俺を見つめてきた。



「朝からナンパ?」


「ちがうよ!」



「これが違うと?」


「これには深い訳が……」



 『HR始まるから、もう教室戻るね』っと、俺に背を向けて、離れていく。



「美香!!」



 俺の呼び声を無視するかのように教室のドアを開け、『ふふっ、冗談よ』っと、いつもの笑顔で俺へと振り返る。



「みかぁ……」


「宍戸君は教室にいるよ。きっと、啓二を待ってるわ」



 『あっ、そのことなんだけど……』っと俺が言い掛けたところで、美香はそのまま教室に入っていってしまった。



 俺を待ってる? 一体、なんなんだ。


 結局、何がなんだかよくわからないまま、俺はいつものように教室へ到着した。



「みんな、うぃーっす!」


 って、おい。



 おいおい。



 普段、教室の端の席で、ポツンと一人、窓の外を眺めているはずの宍戸が……いない。


 違う、見えないんだ!



 なぜか宍戸の席は、ひとだかりに埋もれていた。



       『あとがき』


それから美香は



キーンコーンカーンコーン♪


「はい、チャイムも鳴ったし、みんな席に戻ろね」


「え〜美香ずるい」

「椎名さん、何も教えてくれないんだよ」

「先生まだきてないよぉ」


今朝の出来事について、葉月はクラスの女子から質問攻めにされていた。


もちろん、私も真相を知りたい一人。


「さぁ葉月、吐きなさい」

「え? 取調べ? じゃあ、黙秘権を行使します」


「葉月の意地悪」

「そんな、みんなが期待している話じゃないよ」


「じゃあ、たまには二人でランチしましょ?」

「小栗さんは?」


「いいのいいの」

「……」


「葉月、どうしたの?」

「今日は……その、宍戸さんと約束したから……」


「えっ!?」



結局、クラスの注目を浴びた私だった。

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