エピソード22:許してあげます
「センパイ、ありがとうございます!! とっても嬉しいです。でも、ご迷惑じゃないですか?」
「全然大丈夫だよ。心配しないで。じゃ、行こうか」
俺は今日からバイト終わりは必ず、真央ちゃんを家まで送ることになった。
と、いうのも……
・・・・・・・・・・
「今日から真央ちゃんの入る日は、必ず大地君も入るように組んだから」
「えっ!? 俺はかまいませんが、何かありました?」
「こんな可愛い女の子には、危険だと思わないか?」
「それは、マスターがいるので問題ないのでは?」
ここのマスターは還暦に近いといえ、武道の達人だ。別に俺がいなくても。それに喫茶店の店員って、そんな危険だろうか?
「大地君帰り道だよ、帰り道」
「あぁ、それは確かに」
「この前も言ったろう? 従業員を守ることが、マスターの仕事だと」
「えっ? っていうことは……」
「そう! 大地君には手間だけど、真央ちゃんが安全に帰宅できるようにエスコートして欲しい」
俺はいいんだけど、真央ちゃんが嫌がるんじゃないかな?
「真央ちゃんなら、喜んでお願いしますとのことだったよ」
「そっそうですか。それなら俺は、何も問題ないです」
「大地君は、先輩だもんな」
「はい! 真央ちゃんは、可愛い後輩ですから」
俺が答えると、マスターはキメ顔で『真央ちゃん、可愛いだろ?』と問いかけてくる。
マスターの言う通り、真央ちゃんは可愛い後輩で、可愛い女の子だ。それは間違いない。間違いないんだけど……
俺じゃ、マスターの期待には答えられそうにないですよ。
この前の表情で、全て悟ってますから。俺は真央ちゃんにも、嫌われないか心配です。
せめて、バイト中は汗をかかないように注意しないと
・・・・・・・・・・
「遠回りさせてしまって、すみません」
「ん? 気にしないで、ホント。なんか特別手当ても出るらしいから」
嘘だけど。
真央ちゃん、俺の家知ってるのかな? マスターに聞いてるんだろうか。
「寮は門限とか無いんですか?」
「え? 俺、寮には住んでないよ?」
「あれ? そうなんですか?」
「真央ちゃん、マスターからなんて聞いてるの?」
「えっ、あ、あっ……じ、地元の方では無いと」
真央ちゃん、凄い動揺してたけど、なんだろう。大丈夫かな。
「俺は親に我儘言って、一人暮らしをさせて貰ってるんだ」
「そ、そうだったんですね。リザーレ高校の生徒さんで、地元以外の学生さんは、寮に入るって伺ってたので」
「あーー、そっかそっか」
マスターから、俺がこの街の人間では無いって聞いてたってことね。
「センパイは、何で喫茶Night viewナイト ビューでバイトをしようと思ったんですか?」
「きっかけは正直、時給や時間などの待遇かな」
「確かに! 時給良いですよね。時間も融通がかなり効きますし」
「真央ちゃんも?」
「はい、うちは父がいないので」
いないって、どういう意味なんだろう。前回、真央ちゃんの自宅を見た限り、そんな風には見えなかったけど。普通のというか、大きめの一軒家だった。
いないって言葉だけだと、色々と考えられるよな。ニュアンス的には、良く無い感じに聞こえたけど。
「センパイごめんなさい。なんか重たいですよね。忘れて下さい」
「あっ、俺の方こそ黙ってしまって、ごめん。重たいなんて思ってないから。ただ……いや、すまん。なんでもない」
俺は『いないって表現を考えてしまって』という言葉を、あえて口には出さなかった。
「私が中2の時に、亡くなったんです」
あっ……
「…………申し訳ない。本当にごめん、辛い話をさせて。申し訳ない」
俺は一旦足を止めて、真央ちゃんに頭を下げる。
真央ちゃんは慌てた様子で『セ、センパイ!? 私は大丈夫ですから、頭をあげてあげて下さい! もう吹っ切れてますから』とフォローしてくれる。
「本当に大丈夫ですから」
「いや、ごめん」
「それ以上謝ったら、許しません」
「えっ!? でもな……」
「許しませんから」
「わ、わかったよ」
真央ちゃんは『えへ』っと笑いながら、前回のように肩を俺の体に預けてくる。
「……っぅぅ。センパイ、またず、ずるいです」
俺は無意識に、真央ちゃんの後頭部を軽く『ポンポン』としながら、『ありがとう』と伝えていた。
「え? あっ! ご、ごめん!! 無意識で」
「むぅぅぅ! む、無意識ということは、色んな女の子にしてるってことですか!? センパイ、また謝ったから、許しません!」
「ご、誤解だよ! 俺、妹がいるから。それでポンポンってしたり、撫でてあげると嬉しそうにするから、つい……。真央ちゃん、ごめん!」
「あっ!! センパイ、また謝りました。もう許しませんから」
「そんなぁ……」
真央ちゃんは、俺に肩を預けたままプイッとそっぽを向いてしまった。
「センパイが、…………たら、許してあげます」
「え? なんて?」
そんな明後日の方向を向いて、ボソボソ言われたんじゃ、さすがに聞こえないよ。
真央ちゃんは体勢を変えず『センパイが、頭を撫でてくれたら、許してあげます』と、そう口にした。
横を見ると、真央ちゃんは正面を向き、少し俯き加減に体勢を変えていた。これ以上、機嫌を損ねる訳にもいかないので、海にしていたように、頭を優しく撫でる。
『えへへっ、センパイ。今回はこれで、許してあげます』っと、いつもの明るいトーンで話してくれたので、やっと安心した。
きっと真央ちゃんも、上に兄姉きょうだいがいるんだろうな。
「私長女で、下にしか弟妹きょうだいがいないから、こういうの、すっごく嬉しいです」
マジか!? 言わなくて良かった。絶対に妹だと思ってたから。
「センパイ、今、失礼なこと考えてたでしょ?」
「いいや? だから、バイトでもしっかりしてるんだなって、そう思ってたよ」
「ふーーん。怪しいです」
事実、しっかりしてるとは思っていたよ。それは嘘じゃない。
「私、進学費用を貯めるのもそうなんですけど、弟に新しいサッカーシューズやウェアなどを買ってあげたくて。それでバイトを始めたんです」
そ、そうなんだ。
真央ちゃんは、俺なんかよりずっとしっかりして、本当の意味でお姉さんなんだな。こんな自分が、恥ずかしく感じる。
のうのうと一人暮らしをして、何の目的もなくバイトをしている俺とは、大違いだ。
「真央ちゃん、凄いな。弟さんは、サッカーをしているの? 今は中学生?」
「はい! 中学2年生です。センパイ、ありがとうございます。父が亡くなったこともあって、あまり家計に負担を掛けたくないんです。それは私だけじゃなくて、弟もそう思っていて。お家うちなどは父のお陰で完済しているみたいで、母も家計を気にする事無いって言ってくれるのですが……一番下に妹もいますし」
マジか。正直、泣ける。真央ちゃんと弟さんの思いと、俺自身の不甲斐なさに、泣けてくる。
俺は、グッと涙を堪えながら、ふと、実家にある物を思い出した。
「真央ちゃんさえ良ければ何だけど、弟さんのシューズのサイズ、教えてくれないかな?」
「センパイ、それはダメですよ!! センパイが優しいのはわかっています。でも、センパイも何か欲しいものがあるから、バイトをされてるんじゃないんですか?」
「あっ! 違うんだ。俺が買うっていうことじゃないよ。見ず知らずの俺にそんなことされたら、弟さんだって気味が悪いでしょ? そうじゃないんだ」
「気味が悪いだなんて!! そんなこと……私も弟も、センパイにそんなことは思いませんけど」
「有難う。実は、俺が中学の時やっていた部活は、サッカーなんだ。なぜか、スパイクとかの道具を頂くことが多くてね。使ってないスパイクなどが、割とたくさん残ってるんだよ」
「そ、そうだったんですか? 勝手に早とちりして恥ずかしいです」
本当だったら、後輩とかにあげるんだけど。俺が何かをあげることは、なぜか部内で禁止となってしまったから。スパイク以外にも着れなくなったウェアなどが、山ほど家に眠っている。
何となくサッカー用品は、捨てられなかったから。
「だから気にしないで。それにスパイクとかも、ただ家で眠ってるより、使って貰って一生を終える方が、嬉しいだろうからさ」
「センパイが、本当に不要な物であれば、有難く頂戴します。弟も喜びますから」
「それは心配だね。古いモデルだし、知らない人からスパイクとかね」
「あっ、それは大丈夫ですから」
「そぉ? まぁ、サイズ次第なんだけどさ」
「サイズは今、わからないんです」
「そうだよね。次のバイトの時でいいよ」
「もし良ければ、センパイと連絡先を交換したいなって」
「えっ? 俺と? 真央ちゃんはいいの?」
「はい! もちろんです!!」
バイトの時でも良かったんだけど、少しでも早いほうがいいもんな。サイズが合うか、合わないかは重要だし。
俺と真央ちゃんは、SNSの連絡先を交換した。
帰り際『私、同世代の男性と連絡先交換するの、センパイが初めてなんです』って嬉しそうに言ってくれた可愛い後輩の、少しでも助けになってあげられればと、俺は心からそう思った。
『あとがき』
SNS from 真央 to 宍戸
真央:「センパイ、今日はありがとうございます!」
宍戸:「気にしないで。サイズわかった?」
真央:「25.5cmみたいです。本当にいいんですか?」
宍戸:「眠ってるより、使ってもらった方がスパイクも喜ぶから」
真央:「センパイは、本当に優しいんですね」
宍戸:「そんなことないよ。ちなみにウェアはSかな?」
真央:「はい。不要なモノだけで大丈夫ですから」
宍戸:「俺にはもう着られないモノばかりだから」
真央:「センパイ、ありがとうございます。弟もきっと喜びます」
宍戸:「そうだといいけどね。見ず知らずの俺にって、気持ち悪がられないか心配だけど」
真央:「それは無いので大丈夫です!」
宍戸:「そっか。そうならきっと、真央ちゃんが良いお姉さんなんだね!」
真央:「センパイ、凄く恥ずかしいですよ」
宍戸:「またバイトでね! おやすみ」
真央:「はい! おやすみなさい」
弟、先輩のお下がりだなんて、大喜びしますよ。
だって……
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