エピソード山本真央:センパイ
「負けちゃったね」
「先輩たちも頑張ったけど、東中、凄く強かったから仕方ないよ」
「それよりも! 東中の10番、カッコ良かったよね!」
「私、明後日の決勝戦、弟を誘って応援に行こうと思ってるの」
「真央も? 私も行こうと思ってるんだ!!」
クラスメイトとこんな会話をしたのは、もう一昨年も前。
当時、私は中学2年生。桜ヶ丘中学校が、サッカーの中体連県大会の準決勝まで勝ち進み、地元開催だったこともあって、全校応援となった。
その日は午前中に1学期の終業式があり、午後から全校生徒がスタンド入りしたことを覚えている。
セミの鳴き声が降り注がれる中、試合が始まると全てを掻き消すような声援が、スタンドを包み込んだ。
そしてそれはすぐに沈黙となって……
『東中学、追加点です!! 決めたのは本日2得点目の背番号10番、宍戸大地君』
下馬評通りの展開。東中学校に凄い選手がいるって噂は、本当だった。
「あれ、あそこにいるのって、スカウトかな?」
「海外の人もいるよ」
「異次元でしょ、あの10番」
近くにいる男子生徒が、そんな話をしていた。
「真央、あの10番の人、ちょぉカッコよくない?」
「そ、そうだね」
「ヤバイよね!」
隣にいるクラスメイトの子が、そう声を掛けてくる。周りの女の子たちも、東中の10番にみんな釘付けだった。
母校の試合なのに、全校応援なのに。みんなの注目が、試合では無くなってしまうぐらい、10番のプレーは衝撃的で。
何よりも、本当に楽しそうにプレーするその姿がとても素敵で、みんなが夢中になっていたんだと思う。
『おっ、宍戸君、ここで交代のようですね。現在、4-0で東中学リード』
『膝を故障しているみたいですから。それでも3得点のハットトリック、1アシストですよ! 本当に素晴らしい』
『大歓声ですよ!! 宍戸君、今日も素晴らしいプレーでした』
後半10分を過ぎた頃、割れんばかりの歓声を受けながら、東中の10番はベンチへと下がっていく。
ベンチに入られなかったサッカー部員は、東中の10番が膝を怪我していて、全ての試合を後半で交代していると話をしていた。
私の位置からも、交代した彼がベンチで治療を受けているのが見えた。
「あっ! 入った」
「やった! 真央、やったよ!」
「うん!! まだいけるかも」
『ゴーール!!!! 桜ヶ丘中、息を吹き返したかのような連携で、見事にキャプテンの小栗おぐり君、意地をみせました!! 試合は4−1です。まだ、残り時間は十分です』
『おや、宍戸君がベンチから出てきましたね』
「みんな、落ち着け!!!! まだ大丈夫だ!! 北斗、CBセンターバックのお前が、最後まで我慢できないでどうする!? 渡辺、南太な、前線からもっとプレッシャーを掛けるんだ!!」
『宍戸君から、檄が飛んでますね』
『ピッチの外にいても、偉大なるキャプテンの存在は絶大でしょうか? それでも宍戸君がピッチにいないこの状況は、桜ヶ丘中チャンスですよ』
息を吹き返したかのように見えた桜ヶ丘中は、東中10番の指示で、あえなく返り討ちに合う。
「足を止めるな!!!! この時間帯は相手も苦しいんだぞ!!」
その一言一言で、外から見ても明らかに動きが良くなる東中イレブン。
東中の10番は、偉大なるキャプテン、そう呼ばれてるって誰かが話をしていた。サッカーにあまり詳しくない私にも、ピッチ外での存在感が際立って見える。
『ゴーール!!!! 東中学、大きな追加点です! 決めたのは、7番、2年生の南山君!!』
『桜ヶ丘中は厳しいですね。宍戸君からあれだけの指示が飛ぶとは。もう12人を相手にしているのと同じ状況ですよ』
ゴールを決めた選手が、誰よりも早くピッチ外で立っている10番へと飛びついていく。多くの選手が、彼と同じように10番の元へと駆け寄っていた。
みんなから本当に慕われているんだなって、初めてそれを見る私でも簡単に理解できて。その光景は、敵チームながら、なんだか微笑ましく感じた。
少し前に父を亡くし、心の整理はついたもののどこか沈んでいた私。今日、彼のプレーやコートの外でも精一杯戦う姿を目の当たりにて、元気をもらったような、そんな気がした。
『試合終了のホイッスルです。東中学、5−1で決勝進出を決めました』
『桜ヶ丘中も宍戸君率いる東中学へ、小栗君を中心に最後までよく戦いました』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「翔、明後日、お姉ちゃんと一緒にサッカーの試合を観に行かないかな?」
「なんで急に? 俺、サッカー辞めるんだよ!?」
「わかってる。だけど、お願い。お姉ちゃんと一緒に来てくれないかな?」
「んーー。まぁ、別にいいけど?」
「ありがとう! 約束ね」
夏休み最初の金曜日。私の地元で、そのまま決勝戦も行われた。
桜ヶ丘中学校を破った東中学校と、毎年全国大会へ勝ち進んでいる私立中学校のオーガワ学園との対戦カード。
私の弟は小さい頃からずっとサッカーをしていて、その時小学校6年生だった弟は、オーガワ学園からの誘いを受けていた。
父が亡くなって少し経ってから、弟はオーガワ学園への進学は諦めると言い出して。
オーガワ学園からは、特待生として学費は免除されるみたいだったけど、市外ということもあり寮生活は免れない。
それに加えてサッカー部は、遠征費用などが別に掛かると聞いていた。家の金銭事情も考えると、確かに厳しいことは確かだったんだけど。諦めないといけない状況までではなかった。
弟ではあるけど、長男として家に残りたいという意思はとても固く。最終的には、サッカーまで辞めると言い出してしまう。
姉として何もしてあげられないことが、本当に悔しくて。だから、強豪校でなくても楽しそうにサッカーをする宍戸選手のプレーを見せてあげたい。私はそう思って、弟を無理にこの決勝戦へと連れてきた。
「姉ちゃん、すげえ人だな。超満員じゃん」
「そうだね。両校、全校応援だし、それ以外にもたくさん見にきているね」
「なんで? 中学生の試合だよね?」
「たぶん、東中学校の10番、宍戸選手を見にきてると思うの。あっ、出てきたよ!」
宍戸選手を先頭に、東中イレブンがグラウンドへ入ってくると、びっくりするぐらい大きな歓声が上がる。スタンドには私だけじゃなく、桜ヶ丘中の生徒もたくさん見にきていた。
「東中って、無名だよね? どうして」
「試合を見ていれば、きっとわかると思うよ」
私は翔に、せっかく今まで続けてきたサッカーを諦めて欲しくなかった。きっと、きっと……そんな気持ちでキックオフの瞬間を見守っていた。
「うわぁ!! すげぇぇ! あの10番、マジで凄過ぎ」
「うん、凄いね!」
私の願いが通じてか、そうでないかは別として。
宍戸選手のプレーに、翔は予想通り大興奮していた。スタンドで観戦しているほとんどの人が、彼のプレーに。うんん、プレーだけじゃない。その存在に夢中だった。
もちろん私もその一人。
「うぉぉ!!!! 追いついちゃったよ! ロイスタイムだよ、ロスタイム!!」
隣にいる翔の叫び声すら呑み込むほど、今日一番の歓声がスタンドに沸き起こる。
「姉ちゃん、ここまで来たら、東中に勝って欲しいね」
「そうだね! 来て良かったでしょ?」
「うん、ありがとう。俺、サッカー続けるよ! 別にオーガワ学園じゃなくても、サッカーはできるから」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
激戦の末、東中は惜しくも決勝戦で敗退した。
最後の最後で負けてしまったけど。それでも足を引きずりながら、最後まで懸命にプレーしていた宍戸選手に大きな大きな拍手が送られていた。
スタンドへ向けた東中イレブンの挨拶に、翔が立ち上がって一生懸命拍手する姿を、今でも鮮明に覚えている。
そして
宍戸選手の最後まで堂々としたその姿が、私の目には焼き付いていて。
「負けちゃったけど、宍戸さん、めちゃくちゃ凄かったね! プレーだけじゃなく、グラウンドで指示を出しているとことか、マジでカッコ良かった」
「うん。最後まで堂々としていて、本当に素敵だったね」
「俺も宍戸さんみたいになりたいって思ったよ」
「翔、頑張って! お姉ちゃん、応援してるから」
弟の為に何もできなかった私だけど、センパイの力を借りて、翔がもう一度サッカーを続けるきっかけをもらった。
皮肉にもそのセンパイは今、サッカーから離れてしまっているのだけど。
センパイに何があったのかはわからないけど、今度は私がセンパイの側で支えてあげられたらって、そんなことを思ってる。
だって私は、センパイの可愛い後輩なんだから。
『あとがき』
彩乃とラブちゃん
彩乃「ラブぅ……」
ラブ『クゥ〜ン?』
彩乃「大地君、どうしてるかなぁ」
ラブ『クゥ〜ン』
彩乃「明日は土曜日やけん、喫茶 Night viewに行ってみようかな」
ラブ『ワン! ワンワン!!』
彩乃「ん? ラブはお留守番やけんね」
ラブ『ウゥゥゥ……』
大地君、会えるといいなぁ
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