エピソード21:自信の程は?


「どういうことかしら?」


「北川の言葉通りっスよ」



『事実だけど、真実ではない』そんな哲学染みた言葉を北川は口にした。



 俺にはその言葉の本当の意味はわからないけど、宍戸がことある毎に口にする『俺は女性から嫌われる体質だから』って話には、常々違和感を感じていた。



「要するに、宍戸君は嫌われてないってこと?」



 美香が核心に迫ろうと掘り下げていく。



「キャプテンは、サッカー部だけでなく、学校中の憧れだったんです」


「そうっス。みんなのキャプテンだったっス」



 憧れ……。その言葉は、妙にしっくりとくる。俺も宍戸大地へ憧れてる一人だから。



「じゃあ、なぜ?」



 美香の顔が険しくなる。もともとツンとしたクールビューティと評されるような容姿で、そんな顔を向けるから、後輩二人がちょっと仰け反っていた。



「美香、少し落ち着けよ。二人ともすまん。話したくなければ、もういいから」


「グリさん、大丈夫っス」


「俺たちも久々にキャプテンの話ができて、嬉しいですから」


「そういえばお前らの県大会予選、宍戸のやつ、こっそり見に行ってたらしいぞ」



 俺は少し場を和まそうと、違う話題を二人に振ってみた。予想通り、嬉しそうな顔で二人は顔を見合わせる。



「グリ先輩、俺たちみんな知ってますよ」


「うん。キャプテンがどんな変装していても、俺たちがわからない訳ないっス」



 し、信者かよ? 


 嬉しそうな顔をしたのは、そんなこと知ってるよって俺を嘲笑ったのか? そうなのか?



「先輩たち、キャプテンを含めて俺たちの試合に、みんな見に来てくれたっス」


「でも、負けちゃったんですけどね。キャプテンは最後、立ち上がって俺たちに拍手をしてくれてました。スタンドに向けて挨拶した時、その姿を見て俺たち泣いちゃったんですよね……」


「北川が、キャプテーン!! って泣きながら叫ぶから、キャプテン慌てて逃げちゃったじゃん」


「うるせぇよ!! お前だって、走ってスタンドへ追い掛けようとしてたじゃねぇか」



 宍戸……全然こっそりじゃないじゃん。話、違うじゃん。



「二人とも、本当に宍戸君が大好きなのね」


「はい! 俺、今でもキャプテンオンリーっス」



「自分もです。あっ、グリ先輩も好きですよ」


「なんかわざとらしいし、気持ち悪いからそういうのはいいよ」



「啓二、ホントは嘘でも嬉しいくせに」


「美香やめろよ、二人の前で」



「お二人とも、俺たち邪魔みたいなので、先に行くっス」


「待って待って! もう少しだけ、宍戸君の話が聞いたいの」



 俺の方を見ながら、大きな溜息を吐いた南山。北川は、ニコニコしながら俺の方を見ていた。



「グリ先輩は、キャプテンと仲が良いんですね」


「どうした? 急に」


「そうでなければ、キャプテンから俺たちの試合を見に来たってことなんか、話されないと思うので」


「俺はあいつのこと、友達だって思ってるよ」



「グリさん、ホント凄いっスよ! キャプテンの独り占めなんて、中学時代は考えられないっスから……」



 独り占めって……。こいつら、ガチで言ってるのか? 


 俺はその中学時代が知りたいんだけどな。



「さっきのお話なんだけど、なんで事実であって、真実ではないのかしら?」


「あぁ、すみません。それですね、自分らの中学には不文律があって。それはもちろん、表立ったモノではないんですけど」


「不文律?」


「みんなのキャプテンってことっスよ。例えば、キャプテンが不要になったスパイクとかウェアを誰かに譲ろうとするじゃないですか。そんな時は、マジで争いが起きたっス」


「結局サッカー部では、キャプテンが誰かにモノを譲ったりすることを禁止にしたんです」


「北川、それマジなの?」


「キャプテンに聞いてもらえたら、すぐにわかりますよ」



 偉大なるキャプテンという呼び名、サッカーの力量だけではないって聞いていたけど。もはや漫画の世界だな、正直。



「女性からってお話は?」


「似たようなもんっスよ」



「詳しくはわからないんですが、女子生徒の間でも、キャプテンに率先して話し掛けたり、手紙も含めてプレゼントしたりすることを禁止してたって話ですよ」


「そんな時代錯誤なことって」



 美香は驚きを隠せないようだった。この二人が嘘をついているってことは考えられにくいから、本当の話なんだろうな。



「それで宍戸本人は、誤解してるってこと?」


「そうっスね」



「まぁサッカー部では、年に一回、キャプテンの誕生日には贈り物が許されてましたけど」


「何それ?」



「キャプテン、実はチョコレートが大好きっス。誕生日がバレンタインってこともあって、みんなが板チョコをプレゼントするっス」


「板チョコ!?」



「はい。どんなチョコレートよりも、真っ赤なパッケージに入っている板チョコが好きだって言われていて。サッカー部のみんなが、板チョコをキャプテンにあげるっス」



 そうなんだ。知らなかった。俺も来年、宍戸にあげてみようかな。



「そのイベント、女子生徒も宍戸君に板チョコをあげてたの?」


「どうっスかね。相沢さん、キャプテンに聞いてみて欲しいっス」



「ふーーん。そこは言わないんだ」



 南山はいつものように、ちょっとニヤけたような表情をしていた。



「自分らが入学して、初めてですね。キャプテンが学食へ来られたの。普段はどうされてるんですか?」


「あぁ、コンビニで弁当買ってきてたり、パンだったり。売店で買ってる時もあるな」



「そうなんですか……。寮には入られそうもないですもんね」


「でも、キャプテン元気そうで良かったっス」



 さっきまでニヤついていた南山の表情は、安心しているといよりも、どことなく寂し気に感じる。



「二人からは、宍戸君に声掛けないの?」


「無理っスよ」


「試合を見に来てくれた時も、声は掛けてもらえなかったですから」



 美香の何気ない問いに、南山だけでなく北川も暗い表情となった。


 俺自身も二人が声を掛けた方が良いのか、そうでないのかは、わからない。



 ただ……



「今日の話というか、ちょうど食堂での話なんだけどさ。宍戸から、サッカー部の1年に、南山と北川って子がいないか聞かれたんだ」



「なっ!?」


「マジっスか!?」



 食堂中に響き渡るような大きな声に、一瞬でみんなの注目を集める。


 例の二人はというと、なぜか椎名さんが宍戸の眼鏡を掛けていて。見つめ合う姿が、恋人同士のように見えた。そんな二人の世界には、こんなに大きな声ですら入り込めないようだった。



「本当だよ」


「そうっスか。グリさん、俺らはもうそれだけでも十分っス」



「グリ先輩、あざした! 自分ら、昼もちょっとグラウンドへ行きますんで」


「色々ありがとうな。それと悪かったな、長い間引き留めて」



「全然っス。グリさんが、羨ましいっスよ。学校でも有名な相沢さんが彼女さんで、キャプテンとも友達だなんて」


「相沢先輩も、ありがとうございました」



「南山君に北川君、こちらこそありがとう。二人とも、とても先輩思いなのね」


「そ、そんなことないっス。まぁ、サッカー部のエースの座は、俺が貰うっスけど」



「グリ先輩、球技大会が楽しみですね。自分ら、本気で行きますから」



 そう宣戦布告してから、やっぱり生意気な後輩たちはグラウンドへと向かっていった。



「もうすぐ球技大会だったね。自信の程は?」


「全然……」



 あいつらのクラスって、サッカー部が多かったはずじゃ? そもそもあの二人が揃ってるだけで、圧勝じゃねぇの。



 美香は優しい口調で『部活ではないけど、宍戸君と一緒に戦えるといいわね』そう俺へと微笑んでくれる。


 そんな美香の姿は、勝利の女神が俺に微笑み掛けてくれている、そんな気がした。


        『あとがき』


バカップルのランチ



啓二「漫画みたいな話だったな」

美香「そうね。でも、実話みたい」


啓二「いやぁ、そうなんだろうけど」

美香「宍戸君じゃなかったら、信じられないかも」


啓二「そうそう。今週末、家うちに泊まりに来ないか?」

美香「ほぉへ……」


啓二「親がいなんだ」

美香「ちょ、ちょっと……そ、それはまだ早いというか……」


啓二「あっ、メグもいるから」

美香「え? あっ、うん。メグちゃんもいるのね」


啓二「メグが美香を招待したらって」

美香「そうなの?」


啓二「メグも美香が大好きなんだ」

美香「は、恥ずかしいよぉ」


啓二「予定、大丈夫?」

美香「でも、ご両親に内緒って……」


啓二「いや、話してるけど?」

美香「えぇ!?」




宍戸「相沢さん、凄い驚いてたね」

椎名「うん。あの二人、なにかあったのかな?」


宍戸「ホント、仲良いよな」

椎名「羨ましいな。ね! 宍戸さん」


宍戸「え? あぁ、そうだね」




椎名「もぉ……」

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