エピソード20:キャプテン


「グリスチャーノ先輩、ちゃっス」


「グリ先輩、ちわっ」



 美香と二人で遠くの席に移動してからしばらくして、二人組の男子生徒が俺たちのテーブルへと近づいて来た。



「南山に北川、どうした? って、南山、その呼び方はやめろよ」


「グリさん、気に入ってるんじゃ無いんですか?」



 ニヤッとした笑みを浮かべ、どこか人を喰ったような印象を受けるのは、南山 健太だ。



「南、失礼だぞ。グリ先輩すみません。それに彼女さんとのランチを邪魔してしまって」


「いいよ。南山に関しては今更だから。それにしても北川、サッカーしてる時と普段では別人だな」



 この礼儀正しい方が、北川 賢斗。サッカーしている時の熱血漢感振りからは、とても同一人物とは思えない。 



 二人とも宍戸と同じ中学校出身で、リザーレ高校でもサッカー部に所属している。要するに宍戸にとっては、近しい後輩だったということになる。


 この二人は俺と宍戸の仲を知らないだろうから、当たり前なんだけど、今まで宍戸の話題を振られたことはない。



「グリさん、キャプテンと仲良いんっスか? イテッ! 何すんだよ、北川」



 北川は南山の頭を後ろから叩いて、『相沢先輩、すみません。自分はサッカー部の1年で、北川です。こいつは同級生で、同じサッカー部の南山みなみやまです。お邪魔してすみません』と頭を下げる。



「ご丁寧にありがとう。私のことは気にしないで。失礼なんだけど、北川君とはどこかでお会いしたのかしら?」


「あははっ! グリさんも相沢さんも、有名っスよ。俺たち1年の間でも」

「南の言う通りです。学校で一番有名なカップルなので、お名前ぐらいは」



 二人の話を聞いて、美香は少し恥ずかしそうに『そ、そうなんだ』と答えていた。


 うん、美香は美人だからな。そう言われても、なんの違和感も感じない。



「グリ先輩は、キャプテンと友達なんですか?」


「おい! 北川。結局、お前だって同じこと聞いてんじゃん」



「相沢先輩への挨拶が、先だって話だろ」


「あーーヤダヤダ。優等生野郎は」



「ふん、言ってろチビ」


「それだけは、それだけは言っちゃいけねぇ一言だと、何度言ったらわかんだよ」



 サッカー部でもライバル関係のような二人は、実際に仲が良いのか悪いのか、俺にはよくわからない。


 南山のポジションは、MFミッドフィルダー。北川はCBセンターバックでDFディフェンダーだ。


 中学時代、宍戸の代は3年生が5人しかいなかった。その分、下級生がスタメンを張っていたこととなる。この二人が攻めと守りの中心として2年連続、県大会まで導いたのは間違いないんだろうけど。


 北川に至っては、宍戸の後のキャプテンだったと聞いているから。そもそも俺は準決勝で試合した時、完全に封じ込められたし。



「ねぇ二人とも、キャプテンというのは、宍戸君のことかな?」


「相沢さんも仲いいんっスか? 最初、同じテーブルにいましたもんね!」


「そうです。自分たちにとっては、永遠のキャプテンです。宍戸大地先輩のことです」



 なぜか目を輝かせて話をする二人組とは対照的に、美香は『啓二、どういうこと?』と顔を少し斜めにしながら、俺に微笑み掛けてくる。


 目がちょっと怖いんだけど……。



「南山も北川も、宍戸と同じ中学校の出身なんだよ。だから、部活も含めて宍戸の後輩なんだ」


「そうだったんだ。南山君も北川君も、宍戸君と同じ中学校出身なのね。二人とも立ち話もなんだから、座らないかしら」



「俺は大丈夫っス」


「自分もです。相沢先輩、ありがとうございます」



「俺が立たせてるみたいじゃん! 座れよ」

「じゃあ、グリ先輩が動いてくれたら、自分ら座ります」



 向かい合って座っていた俺と美香に遠慮していた後輩は、俺が美香の隣に移動することで、すんなりと座ってくれた。


 案外、細かい気を遣うような、良い奴らなんだろうか?



「よく考えたら、グリさんがキャプテンを知らないわけないっスよね」


「グリ先輩、桜ヶ丘中の10番でキャプテン」


「今ではリザーレ高校のエース」



「お前ら……嫌みかよ」


「事実っス」


「その通りです。あっ、グリ先輩、見てくださいよ。キャプテン、凄く楽しそうです」



 北川のその言葉で、俺たち4人は宍戸のいるテーブルに注目する。そこにはとても楽しそうに会話をしている二人がいた。


 それはまるで、この空間に宍戸と椎名さんしかいないと感じさせるような、そんな世界が映し出されていて。俺たちだけじゃなく、食堂にいる多くの生徒が、そんな二人を羨ましそうに眺めていた。



「キャプテン、楽しそうだな」


「あぁ、笑ってるよ……」



 そんなことを話していた後輩二人は、穏やかな口調で、とても安堵した表情をしていた。



「グリさん、あの二人は付き合ってるんっスか?」


「いや、たぶん違うと思うけど? なぁ、美香」


「うん。現時点で、付き合ってるってことは、無いと思うんだけど……」



「自分は、凄くお似合いの二人だと思います」


「珍しく気が合うな、北川! 俺も、椎名さんなら、キャプテンに釣り合うと思うよ」



 はっ!? 正気か? その言い方。



「えぇっ!? 釣り合うって……」


「南の表現には問題がありますが、相沢さんが驚かれるのも、無理はないですね」

「本当はキャプテン、めちゃくちゃカッコいいんスよ! あっ! グリさんもカッコいいっスけど」



 南山……。いらねぇよ! そんな取って付けたようなフォローは。でも、生意気なようで、やっぱイイ奴なんだな。



「本当は宍戸君が、全然違うってことぐらい、私だって知ってるけど」


「へぇ、知ってるんっスね、相沢さん。って、イテ! 北川テメェ」



「さっきから発言が失礼だぞ、南! すみません、コイツちょっと口が悪くて」



 再び北川は、南山を叩いていた。確かに南山は、口が悪いのかもしれないな。北川はいつもフォローしている役回りだったんだな。



「気にしないで。それに宍戸君、啓二曰くだけど、女性に嫌われる体質だって言ってるみたいだから」


「「 あはははっ!!!! 」」


「な、なに二人して」


 美香の問いに、北川と南山は笑い出した。俺は美香から、冷たい視線を浴びせられる。



「俺、宍戸からそう聞いてるんだけどさ。悲しいぐらいに事実だって、本人そう言ってたぞ」


「相沢先輩、グリ先輩、すみません」


「俺もっス。確かに、キャプテンはそう思ってますからね」



 すぐに北川が『キャプテンの言葉は、事実なんですけど、真実ではないんですよ』っと、口にした。



 ふと宍戸のテーブルを見ると、椎名さんが宍戸の方へ身を乗り出して眼鏡を外している。戯れ合っている二人は、やっぱりとても楽しそうだった。


        『あとがき』


噂の二人は



葉月「宍戸さん、また一緒にランチしたいな」

宍戸「俺はいつでも構わないよ」


葉月「学食……ではなくて」

宍戸「そうだね。注目が」


葉月「宍戸さんと一緒にお弁当を食べたいな」

宍戸「わかった。お弁当持ってくるよ」


葉月「宍戸さんが嫌じゃなかったら……」

宍戸「ん? もちろん、嫌な訳がないけど?」


葉月「私が宍戸さんのお弁当を作ってきても……いい?」

宍戸「えっ?」


葉月「迷惑……かな?」

宍戸「迷惑だなんて。でも、椎名さんが迷惑じゃない?」


葉月「ふふ、こう見えても毎朝、自分で作ってるの」

宍戸「そ、そうなんだ。凄いね、椎名さん」


葉月「二人分も変わらないから、宍戸さんは気にしないで」

宍戸「楽しみだな」


葉月「嬉しい。でも、期待はしないで」

宍戸「楽しみだよ。ありがとう」


葉月「えへへ。宍戸さん……約束」

宍戸「あぁ、約束」

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