エピソード椎名葉月:宍戸さん
もしかしたら迷子なのかな?
ショッピングモールから外に出て、出入り口のすぐ横にあるベンチに一人で腰を掛けている少女の姿が、私の視界へと映り込んできた。
人通りが決して少なくはないこの時間帯。チラッと少女の方に目を向ける人はいるが、声を掛けようとする人は誰もいなかった。
声、掛けてみようかな……
少女の方へ歩き出そうとしたその時『あっ! 外人さんだ』とよく耳にした言葉が送り込まれる。
「シッ! ダメじゃない! 指ささないで」
私を指差して、そう言い放った少年は小学生なのか、幼稚園児なのか。ベンチに座っている少女と同じぐらいの子。
その子の母親と思われる女性は軽く頭を下げ、バツが悪そうに少年の手を引きながら、早足に去って行った。
やっぱりやめておこう。
私が話し掛けることで、あの子をかえって怖がらせてしまうかもしれない。そんな考えが、私の脳裏に過ぎった。
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県内で3番目ぐらいの都市であるこの街は、観光スポットへでも行かない限り、アジア系以外の海外の方を見掛ける機会はほとんどない。
私の父方の祖母はウクライナ出身で、母方の祖父はロシア出身。私自身はクォーターであるものの、この容姿はどこをどう見ても、ハーフにすら見えないから。
そんな他人からとても羨まれるこの容姿が、私は嫌いだった。
小学生の頃は外人と馬鹿にされ、中学生になってからは、同性から疎まれ始めた。気が付けば私は、相手の嘘がなんとなくわかるようになってさえいた。
何をやっていても。うんん、何もしていなくても、目立ってしまう。
だから私は、どんなに仲が良くなった相手とも、距離感を縮め過ぎない。出来る限り丁寧な話し言葉を意識して。
だけどこんな自分が、本当は大っ嫌い。
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少女は小さなぬいぐるみを抱きしめるようにして、俯いてしまっている。表情はもう見えなくなってしまったけど、泣いているのかもしれない。
私が声を掛けたら、驚かせちゃうかな?
そう思いながらも、再び少女に向けて足が動き出していた。淋しいって気持ちは、誰よりも理解できるから。
「お母さんは?」
私とは違う方向から素早く駆け寄った男性が、少女へと話し掛けている。
きっと同世代ぐらいのその男性は、少女と目線を合わせる為にきちんと屈み込んでいて。とても優しい口調で少女へと語り掛けている声が聞こえる。
「迷子になっちゃったのかな?」
「迷子じゃないもん!」
えっ? 違ったの? でも
意地を張ったように答える少女に対して、その男性は唐突に自己紹介を始めた。
「お兄ちゃんはね、リザーレ高校に通っている宍戸大地って言うんだよ。お名前は?」
「莉乃」
今、リザーレ高校の宍戸って。
確か、美香の彼氏さんと仲が良いって人と同じ名字。でも、外見が全然違う。今日も、『シッシ』って揶揄われていた人だったような。
別の宍戸さんなのかな。
「莉乃ちゃんて言うのかぁ。可愛い名前だね。お兄ちゃん、莉乃ちゃんを手伝ってあげたいなぁ」
「ママが、ママが迷子になっちゃったの」
宍戸さん、凄い!!
「あぁ、ママが迷子になっちゃたのか! じゃあお兄ちゃんと一緒に、迷子になったママを助けに行こっか!!」
「うん!!」
元気良く返事をする莉乃ちゃんを見て、私は心底安心した。きっと私では、ここまでスムーズにできなかったから。
宍戸さんに手を繋がれ、莉乃ちゃんは嬉しそうにしていた。途中、抱っこまでされていて、宍戸さんにギュッとしがみ付く莉乃ちゃん。その光景がとても微笑ましく感じる。
その男性の笑顔が、あんまりにも優しいから。なんだか私も羨ましくなったりして。
「りのぉーー!!!!」
「ままぁーー!!」
親子の対面は、比較的すぐに訪れた。
その感動的なシーンに、私は思わずウルッとして。周りのみんなと一緒に自然と拍手をしていた。
「ねぇ、あの人、素敵じゃない」
「めっちゃタイプかも」
宍戸さんがもう一度莉乃ちゃんを抱っこした時、周りにいた女性陣が宍戸さんのことを話しているのが聞こえる。
莉乃ちゃんは宍戸さんの腕の中で、さっきまでの泣き顔が嘘のような満面の笑みを浮かべて。宍戸さんも莉乃ちゃんに笑顔を返していた。
そんな二人の姿に『うわぁ』っと、小さな小さな歓声が起こる。
「か、カッコイイ!」
「羨ましい」
少女のちょっとした悪戯で、素顔がさらけ出された男性に、女性陣がうっとりしていた。
どこかでお会いしたかも? 同じ学校だから当然よね。
周囲の女性と同じように、私も見覚えのあるその男性に見惚れてしまって。優しい笑顔が、彼の人柄そのもののように感じた。
『お兄ちゃんは、莉乃のヒーロー』って言葉も、これ以上ない表現。私にもリザーレ高校の宍戸大地さんが、ヒーローに見えたのだから。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「美香、彼氏さんのお友達について、少し教えて欲しいのだけど」
「えっ!? 誰の……ことかな?」
なぜか美香はとても驚いていて。この時の私は、なぜ美香がこんなにも驚いていたのか、理解できていなかった。
「そんなに驚かないでよ。宍戸さんって、お名前は何て言うの?」
「ど、どうして!?」
「どうしてって、なんでそんなに驚いているの?」
「え、あっ……は、葉月から、男性について何かを聞かれると思ってなかったから」
「んふふ、確かに」
今まで男子生徒の話題なんてしたことが無かったから、美香の咄嗟の言葉に、なんの疑いも持たなかった。
「葉月、どうしたの急に」
「ちょっと気になるから。お名前、教えてよ」
「気になるって。宍戸君は、大地って名前だったと思うけど」
「え!? 大地!?」
思わず大きな声を出してしまった私を落ち着かせるように『ちょっと、葉月?』と、美香は心配してくれた。
クラス中の視線が私に向けられる中、『みんな、なんでも無いの』っと、美香はフォローまでしてくれていた。
「美香、ありがとう。ごめんね」
「いいよ。気にしないで。それよりも、何かあった?」
「宍戸さんって、バイトしてる? 例えば、喫茶店とかで」
今度は美香の方が大きな声を出しそうになっていたけど、慌てて手を口に当て、それを防いでいた。
「ごめん、葉月。私からは、何も言えない」
「そっか。ありがとう。最後に、もう一つだけ聞いていい?」
「ダメって言っても、聞くつもりじゃない?」
「えへ、その通り」
次の質問が少し恥ずかしくて、ちょっとだけ美香に戯おどけてみせた。美香はそんな私を、もぉって表情で見ている。
「宍戸さんって、本当は凄く……素敵だったり、するかな?」
美香は間を取るように小さく呼吸した後、静かな声で呟いた。
「啓二は宍戸君のこと、大好きみたいよ」
「美香、ありがとう」
「葉月……」
美香のその言葉が、全てを物語っていたように感じる。
彼氏さんである小栗おぐりさんは、私の知る限り、女子生徒にも男子生徒にも人気のある人だから。そんな彼が、宍戸さんを大好きって。
「美香は宍戸さんのこと、やっぱり知ってるんだね」
「私は葉月のことも、良く知っているわ。そして葉月は、私のことも良く知っているはず」
「それは、そうだけど」
「私は嘘をつきたくないの。あなたとずっとこうしていたいから」
「もぉ……美香の意地悪」
さっき私がしたように『えへ』っと美香から返された。クールな彼女とのギャップが、同性としてズルイぐらいに可愛く感じる。
「今日はこれぐらいで、勘弁してやろうじゃないか」
私も美香と同じように、らしくないことを言ってみせる。唯一と言っていい私の友達は、そんな私を見て笑っていた。
美香の反応から推測すると、リザーレ高校の宍戸大地さんは、あの宍戸さんと同一人物だということ。
本当は凄く優しくて、カッコ良くて、ヒーローのような彼。なぜか学校では、それを偽っているというか、隠しているみたい。
そんな宍戸さんを私は自分自身と重ねていて。もっと彼のことを知りたいって、素直にそう思った。
あんな素敵な人が、私の彼氏だったら……。
ダメよ、葉月。まずはお友達から。
そう私は自分に言い聞かせ、お昼休みに宍戸さんのいる教室へと歩き出していた。
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