エピソード19:今のはわざとだもん


 なんでこうなった?



 小栗が学食を奢ってくれるという流れだったはずが。


 いや、奢ってはくれた。なぜ、椎名さんが俺の目の前に座っている? それも俺と二人っきりで。


 椎名さん、いったい何がしたいんだ?



「私と二人では、嫌ですか?」


「そんなことないよ」



「宍戸さんは、嘘がお上手ではありませんね。顔に迷惑って、そう書いてあります」



 椎名さんの顔が沈んでいく。せっかく、俺なんかと一緒にいてくれるのに。申し訳ない気持ちで押し潰されそうになる。



「ホントに嫌とかではないから」


「宍戸さんは優しいから、そう言われるんですね」



「本当に違うんだよ。俺さ……女性から嫌われる体質なんだ」


「え?」



「急にごめん。でも、ホントだから。椎名さんに、不快な思いをさせてしまうかもしれない」



 注目されるのは辛いけど、椎名さんが嫌な訳じゃない。そもそもこんな美人と一緒にいられることを、嫌がる方がおかしいから。


 ただ彼女が、俺なんかに構う理由もわからない。そのうち嫌われて、無視されるようにんるんだろうなって、そんなことが頭に過ぎる。



「不快だなんて」



 椎名さんは一瞬、辛そうな表情を浮かべてから話を続けていた。



「私も女性から嫌われる体質なんです。宍戸さんと一緒です」


「椎名さんが?」



「はい。どんなに仲良かった子も、みんな離れていってしまうんです」


「どうして? そんなこと……って、いや、ごめん。今のは忘れて。椎名さん、申し訳ない」



 ちょっとした沈黙の後、椎名さんは俺の心を見透かしているように『宍戸さんご自身が、まるで詮索されることを拒んでいるみたいですね』と軽く微笑み掛けてくる。



「椎名さん、もしかして心の声が聞こえてる?」


「さぁ? どう思われますか」



 目の前に座っているモデルのような女性が、いたずらっ子のような幼い笑みを浮かべ、俺と向き合っていた。そのギャップへと引き込まれるように、もう少し見ていたい……そんな気持ちになる。



「嘘探知機を持ち歩いてるとか?」


「ふふふ、宍戸さん、そんな冗談言うんですね」



「椎名さんもね」



 あどけなく笑う椎名さんを見ていると、俺も自然と笑みが溢れてくるようで、なんだか不思議な気持ちになる。最近、心が安らぐような、落ち着くような、そんなことが増えてきている気がした。



「少し前なんですけど、困っている少女を見つけたんです」


「ん? 困っている少女?」



「はい。きっと迷子になっちゃったんだろうなって、そう思ったんですけど、声が掛けられなくて」



 椎名さんの話を聞いて、莉乃ちゃんとの出来事を思い返しながら、黙って頷いた。



「私、勇気が無かったんです。こんな外見だから、怖がられたらどうしよう、幼い少女にも嫌がられたらどうしようって。馬鹿みたいなんですけど、声が掛けられなくて、少し遠くからその子を見ているだけだったんです」



 どこか重たい話のはずなのに、椎名さんに暗い雰囲気は全く無かった。既にハッピーエンドを予感させるような、そんな話し振りだから、俺はただただ彼女の話に耳を傾けていた。



「そんな時、一人の男性が少女に手を差し伸べてくれました。その女の子が怖がらないように、屈みながら優しく話し掛けていて。その光景は、自分が情けないと思うより、良かったって、素直にそう思えるぐらいでした」



 あぁ、予想通りハッピーエンドなんだな。まぁ、例え声を掛けてあげられなくても、ずっと見守ってるってのも、俺は優しいと思うけど。



「私も気になってしまって、最後まで後を付いて行ってしまいました。途中、少女は抱きかかえられていて、それが凄く嬉しそうでした。ギュってしがみつきながら、本当に安心しきっている様子で」



 それって……



 椎名さんの瞳は、真っ直ぐ俺に向けられている。薄いライトブルーにも見えるようなグレーの瞳は、椎名さんの白い肌によって、よりそれを強調して魅せる。



「やっぱり優しいんですね、リザーレ高校の宍戸大地さんは」



 莉乃ちゃんと俺のことか



「だからバイトのことを知ってたんだ」


「はい、ごめんなさい。気持ち悪かったですよね」



「いや、不思議には思ったけど。なんでだろう、ってね」


「ごめんなさい。困っている少女も助けられない私に、幻滅してますか?」



「気にし過ぎだって。俺は全てが繋がって、スッキリしたよ」


「結局、私は何も出来なかったってことなので、すぐにお話ができなくて……」



「ずっと見守ってることも、十分優しいと俺は思うけど」



 俺がそう伝えると、椎名さんは視線と声のボリュームを下げてから、再び話を続けた。



「私にも少女を助けたその男性が、ヒーローに見えました。そんなあなたとお友達になりたい、そう思いまして」


「俺なんかで良ければって言いたいんだけど、さっきも言った通り、俺は女性を不快にさせてしまうから」



「嘘ではないってわかるのですが……そのお話が、私には信じられないんです」


「悲しいぐらいに事実だよ」



 さすがに椎名さんへ、俺の体臭がって話はできなかった。隠し通せるとは思ってないんだけど、食事中の今、伝えるのも。


 まぁ、いずれバレてしまうだろうけど。



「私も女性に嫌われるんです。宍戸さんには失礼かもしれませんが、私たち、似ていると思いませんか? 私も、その、お友達がいませんから」



 彼女は少し不安そうに、俺の言葉を待っているようだった。



「相沢さんは?」


「え? 美香がどうかされました?」



「友達じゃないの?」


「唯一の、唯一の友達です。美香は、小学校が一緒だったんです。中学校は別だったんですけど、ずっと仲良しなの。あっ、仲良しなんですよ」



「椎名さんは、丁寧な話し方に拘るんだね」



 俺が軽く笑ってみせると、椎名さんは『ムゥッ』っと拗ねようにしながら、体を前のめりにしてきた。



「えいっ!」


「あっ」



「えへへ、宍戸さんの真似です」


「椎名さん?」



 椎名さんはあの時、莉乃ちゃんがしたように、俺の眼鏡を奪って掛けてみせる。



「宍戸さん、凄くかっこいいです……」


「揶揄わないでよ」



「揶揄ってなんていません。それに宍戸さん、女の子みたいです」


「はっ!?」



「凄く良い香りがしました」


「えぇ!?」



 良い香りって? 朝、シャワーを浴びたり、出来る限り気をつけてはいるけど。


 あっ、今日はまだ、汗かいてないからかな。



「私とお友達になって、頂けませんか?」



 そう続けた椎名さんは、口元の近くで両手の指を軽く合わせるようにしていて。俺の伊達眼鏡が凄くアンバランスなのに、ちっともおかしく無かった。


 大人びて見える彼女の印象が、とても幼く映る。その妙に丁寧な言葉遣いだけが、違和感として残った。



「椎名さんはさ、相沢さんにもその話し方なの?」



『えっ?』と俺の問いに驚いた彼女は、視線を伏せながら『違います』と俺の予想通りの答えをくれた。



「俺にも普通に話してくれないかな? 俺たち、その、もう友達だろ」


「……」



「ダメかな?」



 少し躊躇っているような椎名さんに、俺は前髪を掻き上げてから『お互い素で接しようよ』っと伝える。


 彼女は掛けていた俺の眼鏡を外して、ハッと何かに気がついたように、とても驚いた顔をした。



 そしてーーーー



「あっ!! 宍戸さんだったのね」


「え? 何が」



「甥を助けてくれて、本当にありがとうございます。私は宍戸さんに、感謝しきれないね」


「あぁ、そうなっちゃうよね。でも、無事に退院できて良かったよ」



「……知ってるんだ。美香ね? 色々と聞いてくるから、変だなぁって思ったの」


「はははっ」



 椎名さんはかなり離れたところに座っている、バカップル組に視線を移していた。


 俺も彼女と一緒に視線を移す。小栗と相沢さんは、二人組の男子生徒と話をしているようだった。


 あの二人組は



「ねぇ、宍戸さん」


「ん? どうしたの」



「連絡先、交換したいな」


「俺はいいけど、椎名さんはいいの?」



「私からお願いしてますけど?」


「話し方」



「今のはわざとだもん」


「わかってるよ」



「もぉ!」



 なんだろう。椎名さん、容姿と違って子供っぽいというか、幼いというか。これが本当の彼女なのかな?



 俺が携帯を操作していると、彼女は再び前のめりになって、俺へと眼鏡を掛けてくれた。『莉乃ちゃんみたいなこと、みんなの前ではできないけど』と戯おどけてみせる。



 呆気に取られた俺は、彼女がその後、何か呟いていたのを聞き逃していた。



「えっ?」



 椎名さんは紅潮させた頬を少し膨らませて『もういい』っと返してくる。



「宍戸さんは学校で、その眼鏡をずっと掛けていてね」



 今度はちゃんと聞こえるように。それも俺だけに聞こえるような声で、そんな変なことをお願いされた。



 バイトでもそうだけど、この眼鏡って、そんな俺に似合っているんだろうか。


       『あとがき』


教室で 葉月&美香 Ver.



葉月「美香、ありがとう」

美香「どういたしまして。凄く楽しそうだったね」


葉月「美香は知っていたんでしょ?」

美香「あっ! 気がついたんだ」


葉月「酷い」

美香「だってぇ」


葉月「急に甥のことを聞いてくるから、おかしいと思ったのよね」

美香「それはごめん。葉月、許して」


葉月「ふふ、いいよ。宍戸君の連絡先をゲットできたから」

美香「ふ〜ん。やけに積極的ね」


葉月「お友達になれたの」

美香「やるじゃん! 良かったね」


葉月「ありがとぉ」

美香「ねぇ、葉月は宍戸君を、どこで知ったの?」


葉月「あのね……今日の夜、時間ある?」

美香「今夜また連絡するね」

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