エピソード18:そしておじゃま虫は
さすがは喫茶店の人気店員ね
スマートに椅子を引く仕草がとても綺麗で、思わず啓二と目があった。
そんな宍戸君に、啓二は何かを言おうとしていたから、軽く足を踏んで首を横に振ってみせる。
葉月はというと、宍戸君が優しい笑顔を向けて返事をした時から、その透き通るような白い肌をほんのり紅潮させていた。
「あ、ありがとう。……ありがとうございます」
あっ、葉月、素が出た。
きっと、宍戸君の思いも寄らない行動に動揺したのかな。それとも優しい笑顔に……かな。
私も彼があんな顔をするなんて、思わなかったから。
「ん? 料理置いたら?」
そんな宍戸君は何食わぬ顔で、テーブルの唯一空いているスペースへと導くように手のひらを向ける。
一つ一つの振る舞いが洗練されているというか、品を感じてしまう。
再び『ありがとうございます』と返事をし、葉月は料理を置いてから、宍戸君の隣へと着席した。
あえて視線に被せるかのように垂らしている長い前髪と、ちょっと変わった丸ブチ眼鏡を掛けた宍戸君。その隣には、ハリウッド映画にでも出てきそうな金髪ヒロインを思わせる葉月が座っていて。
そのアンバランスさが、食堂中の視線を集めていた。
「宍戸さん、ごめんなさい」
「え? どうかした?」
「注目されるのが、お好きではないと言われていたので」
「あぁ、気にしないでよ。椎名さんが悪いわけじゃないから」
「やっぱり、優しいんですね」
やっぱり? 葉月、宍戸君と何があったんだろう。あっ、教室で、葉月の為に怒ってくれたことかな。
結局葉月からは、気があるってこと以外、何も教えてはもらえなかった。
葉月の『隠しているのは美香の方だよ』って一言で、何も言えなくなってしまったから。
実際、その通りなのよね。
「え? いや、その……椎名さんは、何か思い違いをしているよ。とりあえず、飯食おうか? 小栗、いただきます」
「気にすんな! 俺もいただきます」
男性二人を先陣に、私と葉月も手を合わせてから料理に箸をつける。
遠くからの視線だけじゃなく、近くを通る人、通る人が驚いた表情を二人に向けては、通り過ぎていく。『食堂はちょっと』と言っていた葉月の気持ちが、痛いほど理解できる。
こんな状況になることを想定できたはずの葉月は、それでも宍戸君との時間を選んだんだ。
宍戸君に本気だって、どう見ても明らかなんだけど……葉月は甥っ子さんを助けてくれたのが、彼だって気がついたのかな?
「なんか俺、場違いじゃない? 席、移動しようか」
宍戸君は視線に耐えかねたのか、そう言いながら席を立とうとしていた。
「宍戸さんがいなくなってしまったら、私一人が二人のおじゃま虫になってしまいます」
「ごめん、そうだよね。このバカップ……いや、椎名さん一人だと気まずくなっちゃうね」
宍戸君、今、私と啓二のこと『バカップル』って発言しようとしなかった? 絶対そうよね?
啓二じゃないけど、段々と素が見えきたかも。
「私はまだ、宍戸さんにお礼も伝えられていませんから」
「なんのこと? あっ!」
葉月、例のヒーローが宍戸君だって気がついてたのね! 宍戸君も勘づいてるみたいだし。
「はい。前回お会いした後、私の為に怒ってくれたと伺いました。本当にありがとうございます」
「えっ!?」
「そっちなの?」
うっ! 思わず声が
うわっ、宍戸君、凄い怖い顔して私を見てる。葉月もどこか冷ややかな表情で私を見てるし。
どうしよう……
宍戸君は想定外のことに『えっ!?』っと驚いていたのだが、私も彼と同じように予想が外れた為、その驚きが自然と口に出てしまっていた。
「椎名さん、宍戸は凄いカッコ良かったんだぜ。俺のことはいくらでも馬鹿すればいいさ、彼女は何も関係ないだろって」
「おい!! 小栗!!」
「事実だろ?」
「テメェ」
啓二、ありがと! 助かったよぉ。宍戸君も葉月も、すっかり私の失言を忘れてくれてる。
それに
「ねぇ葉月、お顔が真っ赤だよ」
「ぅぅ、美香のいじわるぅ」
葉月は両手で顔を覆いながら『もぉ』っと口にしていた。
そんな子供っぽい彼女の様子が、とても可愛くて。さっきまで怒っていた宍戸君の表情も、柔らかくなっていた。
「宍戸さん、私は凄く嬉しかったです……その後職員室に呼ばれて、大変だったと伺ったので、喜んでは宍戸さんに失礼ですよね」
「椎名さん、気にし過ぎだから」
「でも」
「あれから、変な噂とか出てない?」
「はい、大丈夫です。ふふ、やっぱり優しいです、宍戸さん」
「それは……」
なに? この甘い感じ。
バカップルはむしろあなた方じゃない?
そしておじゃま虫は、私と啓二かも
正体を隠したヒーローと、それに気が付いているのか、気付いていないのかわからないヒロイン。
そんな二人が織りなす世界に、私と啓二は迷い込んだようで。再び啓二と目が合った。
そんな私たちを見て『小栗と相沢さんは、ホント仲良いんだな』って、宍戸君は笑っている。
そして葉月は、目が笑っていない笑顔を私たちに向けていた。
「わ、私と啓二は、二人で話があるから」
「おっ、おう。宍戸、すまん! また教室で」
ポカンとしている宍戸君の横で、『ありがと』と葉月が口パクをし、宍戸君の正面へと移動していた。
『あとがき』
離れた席で
美香「結局、私たちがおじゃま虫だったみたいだね」
小栗「そうだな。なぁ、椎名さんってさ……」
美香「本気で恋してるんじゃない?」
小栗「だよな」
美香「宍戸君が教室で怒った話、葉月は今朝耳にしたみたいなんだけど」
小栗「うん、それで?」
美香「恥ずかしそうにしながらも、うっとりしていたの」
小栗「あの椎名さんがね」
美香「私が知る限りは、初恋なんじゃないかな」
小栗「宍戸が見た目を改めれば、お似合いだと思うけど」
美香「今度、喫茶 Night viewへ葉月と行くんだ」
小栗「俺も……」
美香「ダメよ! 女子会なんだから」
小栗「さいですか」
美香「いつか、ダブルデートができたらいいな! ね、啓二」
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