エピソード17:俺なんかの横で良ければ


 ここはお昼休みに多くの生徒で賑わう学生食堂。



 俺と宍戸は今、券売機の前に並んでいる。



「いやぁ、なに頼もうかな」


「今日は謝罪も込めて、何でもいいぞ」



 リザーレ高校は生徒数が一学年ひとがくねん200名。そのうち100名ほどは、附属中学からの内部進学となっている。


 特徴的なことは、高校からの入学において、90%が入試の点数で決まるという偏りがあることだ。


 要するに何か特別な事情でもない限り、入試試験の結果のみで合否が決まる。



 市外から通う生徒の為に学生寮も完備されていて、寮生の昼飯は学食となる。


 俺みたいな一般の生徒や、宍戸みたな極々稀にいる一人暮らしをしている生徒は、お金を払って学食にて食事をすることが可能だ。



「お言葉に甘えて、カツ丼と日替わりと」


「何でも良いとは言ったけどさ。一つにしようぜ、そこは」



「冗談だよ、冗談」



 なんだ? 宍戸のやつ、やけに機嫌良くないか?



「宍戸、なんかあったのか?」


「ん? んーー」



 その間ま、なんだよ。絶対、なんかあったんだよな?



「そういや、今日は珍しく俺以外からも昼飯誘われてたな」


「今から急に雨でも降るかもな」



「朝から女子にも声を掛けられなすって」


「その言い方、馬鹿にしてんの?」



「トランキーロ!」


「あっせんなよって、なにが? 誰もわかんないから、それ」



 やっぱり今日は、いつもと違う気がする


 いや、プロレスのネタだからかな?



~~~~~~~~~~



 この前のちょっとした騒動からクラスの雰囲気が変わった。


 朝から挨拶程度ではあるけど、女子生徒が宍戸へ積極的に声を掛けていた。それに便乗するかのように、男子生徒も宍戸へと話掛けるようになっていた。


 当の本人はというと、最低限の返答というスタンスは変わらず。まぁ、朝から機嫌は良さそうだったんだけど。



 ん? 気持ち悪いって?


 えっ? 俺が?



 いいよ別に。


 俺のことは、宍戸マニアだとでも思ってくれ。



 だってこの一年ちょっと。この一年ちょっと、宍戸とここまでの関係を築くまで、どれだけ宍戸を見てきたことか。


 

 本当は聞きたいことも山ほどあるんだけど、触れられない。触れてはいけない線引きが、俺にはまだわからないから。



~~~~~~~~~~



「なぁ、小栗おぐり」


「どうした?」


「サッカー部の1年に、南山って子と北川って子がいないか?」


「……いるよ。お前の後輩なんだろ?」



 宍戸からサッカーに関する話題なんて、初めてだ。俺からは触れられなかった話題の一つだから。



「あぁ。なんで教えてくれなかったんだ?」


「すまん。その……」



 サッカーに関わる話題なんて、俺からお前に出来る訳ないじゃん。



「いや、俺の方こそすまん。俺が、小栗にそんなこと言える立場じゃないな。申し訳ない。忘れてくれ」


「二人とも、うちの部では別格だよ」



 ポジション違うけど。正直……俺より上手いんだよな。



「あいつらの代も、県大会までは進んでるからな」


「し、知ってたのか!?」



 宍戸は過去について、いや、自分のことについて、あまり話をしてくれることはない。だから俺も、宍戸に本当は何が起こったのか、よくわかっていない。


 と言うよりも、宍戸について、正直知らないことだらけだ。



 ただこんな俺でも、膝の怪我が理由でサッカーを辞めたこと。それは事実と異なっているんじゃないかって、そう思っている。



「実はさ、こっそり見に行ってたんだよ。あいつらの試合」


「そうなのか!?」


「あぁ、今更なんだけどな。可愛い後輩たちなんだよ」



 なんだろう。


 なんて返せばいいんだろう。


 宍戸の言葉が、悲痛な叫び声のように聞こえた。



「悪かったな、色々気を遣わせて。もう気にしなくていいよ。俺は大丈夫だから」



 そんなこと急に言われても。あの試合の後、何があったんだって聞きたいけど。色々聞きたいけど……聞けない。



 宍戸、俺からは聞けないよ。



「……あいつら、めちゃくちゃ生意気なんだよ。上級生のこと、見下してる感ハンパねぇからな」


「そうか。変わんねぇな、アイツら」



「お前にもそうだったのか?」


「可愛い後輩だったよ……ホント可愛い後輩たちだよ」



 懐かしむようで、凄く寂しそうだ。こんな宍戸は、今まで見たことがない。



「あっ、俺たちの順番だぜ」


「おっ、そうだな。俺はやっぱり日替わりにするよ」



「OK」


「ありがとな」


「気にすんな」



 今日の宍戸、やっぱりなんか違う。機嫌がいいとかじゃなくて。


 いつも帯びている暗い影が薄いというか、優しいというか。上手く表現できないんだけど、なんだか温かい。



「本当は、何があったんだ?」


「さっきからどうした?」



「いつもと雰囲気が違うぞ」


「ん? そうか? 実は、以前川で助けたワンちゃんと再会したんだよ」



「え? それだけ?」


「あぁ、凄え懐かれてさ。それが可愛くて、ホント癒されたんだよ、ホント」



「そ、そうか。それは良かったな」



 それだけか? あのワンちゃん、動画だけじゃなく、新聞やニュースとかでも見たぞ。


 あっ!! 飼い主さんが、めちゃくちゃ綺麗な人だったよな。再会ってことはもちろん、そういうことなのか?



「小栗、あそこのテーブルでいいか?」


「おぉ、2人だけど、4人掛けが広々としてていいよな」



「先に座って待ってるぞ」


「わかった、すぐ行く」



 目立つことを好まない宍戸は、一番端のテーブルをチョイスしていた。結局俺は、迷った挙句からあげ定食をセレクトした。



 宍戸の座っているテーブルへ向かいながら、一人暮らしのアイツが晩飯や休日は、どうしているのかが少し気になったりした。家へ遊びに誘っても、結局来てくれたことは無い。


 ホントは俺、嫌われてんのかな?



「宍戸、悪い! 待たせたな」


「全然。むしろ良かったのか? 結局奢ってもらったけど」



「それは気にすんなって」


「小栗はバイトもしてないし、彼女もいるし」



「そうだけどさ」



 美香は、しっかりしているからな。デートも大体が割勘なんだよ。『その方が、気兼ねなく行けるし、たくさんデートできるでしょ』って言葉は、萌えたよね。


 ホント日々惚れ直すんだよな、美香に。



「お前、何ニヤニヤしてるんだ? 気持ち悪いぞ」


「うるせぇな。なんでもねぇよ」



「そういえばここの学食って、寮生はみんなここで昼食うだよな?」


「あぁ、そのはずだけど」



「そうか」



 南山と北川のことかな? あいつらは寮生だから、ここにいても不思議じゃない。宍戸は、会って話がしたいんだろうか。それとも、会いたくないんだろうか。


 試合もこっそり行ったって言ってたから、会いたくないのかもしれないな。



 ん!? あっ、そうだった!



「お邪魔しまぁーす! 宍戸君、私も一緒していいですか?」



 俺はすっかり、美香たちもここへ来ることを忘れていた。


 美香は宍戸の返事を待つことなく、手に持っていた昼食を俺の隣に置き、座るモーションへ移っている。



「相沢さん!? いいけど、俺が邪魔じゃない? 席、移動するよ」



 宍戸が美香へ返事をした時、俺たちのテーブルに多くの視線が集まりだしていた。席を立とうとしていた宍戸も、その状況に気がついたようで。



「宍戸さん、また来ちゃいました。お隣、いいですか?」



 食堂中の注目を集めていた女性は、子供のような笑顔を宍戸へ向けて、ゆっくりとした口調で話し掛けている。


 なんとなく事情を知っている俺でも、目の前で起こっていることが信じられなくて。



 誰もが羨望するような椎名葉月さんの笑顔を、宍戸が独り占めしている。そんな光景だった。



 当の本人は、少し困惑したように『俺なんかの横で良ければ』っと、椎名さんの方に顔だけを向けて、返答してた。



 その時の表情は、俺から見えなかったけど、宍戸はスッと隣の椅子を引いて『どうぞ』と声を掛けていた。


 そんな宍戸の対応に、椎名さんの白い肌が、少しだけ赤あからめいたように映る。



 予想外の紳士的な行動に、俺と美香は自然に目を合わせていたのだった。


        『あとがき』


マスターの独り言



従業員の守るのも、マスターとしての大事な仕事。今、気になっていることは、真央ちゃんの帰り道。


ここは大地君に、人肌脱いでもらうとするか。

二人にとっても、悪い話ではないだろう。


喫茶 Night viewの開店時間も不定期だったり

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