第2章 エストーレ王国編

第16話 さまよう旅人たち

 ヨナたち一行はドラゴンのいない世界を歩き続けた。初めての旅のため、まずは無事に森を抜けることを目標に歩いた。ヨナたちには見渡す限りのすべてが新鮮だった。森の木々や鳥のさえずり、小さい虫もたくさんいる。こんなに自然が豊かだとは夢にも思わなかった。こんな世界なら何日でも旅ができると思った。


 しかし、一日歩いても同じ景色。さらに二日目も同じような景色が続いた。二日目の日が傾き始めたところで、ウィステリアが業を煮やしてサーシャに訊ねた。


「ねぇ、サーシャ。この森はあとどのくらいで抜けられそうなの?」

「うーん、実は私この森は初めてなんだ。でも何とかなるよ」

「ちょっと待って、あんた今『初めて』って言った?」

「うん、言ったよ。だってこの森に来たときは気を失っていて、エクレルに背負われていたんだからね」


 何やら自信満々で胸を張って答えるから、妙に説得力があるように感じるが、要は何も知らないと言っているだけなのだ。


「あのねぇ、あんたがこの旅の道案内なんじゃないの?」

「まあ、何とかなるよ。森を抜けさえすれば、エストーレ王国まではすぐだから」

「だ・か・ら。その森を抜けるまでの道はどうしたらいいのって言ってるのよ」


「ヨナ、さっき森の上に出たとき、この森の大きさを見なかったか?」


 カルロもちょっと不安になってヨナに訊ねた。


「えっと、すみません、ちゃんと見てなかったです。でもそんなには大きくななかったような気がします。森の向こうの草原も見えましたから」

「もう一度上から確認してもらえないか? その方が早そうだ」


「それは、だめ!」


 急にサーシャから止められたので、ウィステリアが怪訝そうに聞き返す。


「なんでよ。カルロさんの言う通り、ちゃんと確認した方がいいと思うわ」

「さっきは言わなかったけど、この辺りは空を飛ぶ怖い魔獣がいるんだよ。私もエクレルもあいつにやられてこの森に逃げてきたんだから。ヨナがさっき襲われなかったのは奇跡よ、奇跡」


「その魔獣なら見たことがあるな。嘴が長い割に羽が小さくて、変な形をしているやつのことか?」


 どうやらカルロには心当たりがあるみたいだ。


「そうそう、その羽の中に鋭い爪が生えててね。そいつに襲われて大変だったんだよ」

「あいつは朝は出てこないが、日が傾き始めると出てくるんだ。そうか、あいつとは一度やりあってみたかったんだ。ヨナ、せっかくだ。そいつと腕試しといこうか」


 ヨナは『もうですか?』という表情でカルロを見た。


「ああ、いいだろう? そろそろ日も落ちる時間だ。飯の前に腹ごしらえしよう。さらに、そいつの肉が美味かったら儲けもんだな」

「そうですね、分かりました」


 サーシャがカルロを止めようと必死になる。


「ちょっと、危ないって。カルロさん、あいつ空から急降下してこっちを襲ってくるんだからね。刺されたら致命傷になるし、爪に掴まれてしまったら、上空に連れていかれてそれこそお陀仏だよ」

「心配するな、ここは森の中だ。森の中までは襲ってこないだろう? ヨナと俺で上に出る。ヨナがそいつを引き寄せてくれたら、後は俺で何とかする」

「何とかって、その何とかが難しいのよ。ウィステリアも黙ってないで何とか言ってやってよ」


 ウィステリアもヨナと同じく少し小腹が空いてきたところなので、カルロの意見には賛成のようだ。


「大丈夫じゃないかな。カルロさんだし。いろんな魔獣を相手してるから、何とかなると思うよ」

「オオ、神ヨ。コノモノタチハ、バカナノデスカ」

「心配しなくても大丈夫よ。カルロさんが『何とかなる』って言ってるんだから。まあ見てて」


 ヨナは早速風魔法で上空に出た。カルロはウィステリアの風魔法で、手ごろな足場に使えそうな木まで運んでもらった。ヨナは上空を舞いながら辺りの様子を眺める。しばらくすると、オットー山脈のほうから超高速で飛んでくる魔獣が見えた。


「来ました!」

「そうか、よし、そのままこっちに降りてこい」

「はいっ」


 ヨナは降りながら結構焦った。思ったよりその魔獣の速度が速かったからだ。追いつかれそうになって肝を冷やしたとき、颯爽と跳躍するカルロとすれ違った。すれ違ったとほぼ同時に魔獣の断末魔が聞こえてきた。カルロはその魔獣を一撃で倒してしまった。


「ええ! 信じられないんですけど」


 カルロが魔獣の死体を持って降りてくるのを見て、サーシャが口をぽかんと明けたままで呟いた。


「カルロさんなら、このくらい朝飯前よね」


 魔獣は爪ではなく嘴で攻撃を仕掛けてきてた。カルロはその攻撃を、体を捻って間一髪でかわし、その捻った回転の力を利用して魔獣の首に切りつけたらしい。それが致命傷になり、魔獣はそのまま落下して木の枝に引っかかったようだ。


「ああ、でも危なかった。思ったより早かったからな。でも一直線に飛んで来ただけだったから何とかなった」

「はい、参りました。これからはカルロさんの『何とかなる』って言葉を信用することにします」


 サーシャは呆れつつも両手を挙げた。


「あんたの『何とかなる』の信用は地に落ちたけどね」

「うっさいわね」


 ウィステリアの言葉に対しては、その両手を振り下ろさざるを得なかった。


「さあ、今日はもう仕舞だ。食事も手に入ったことだし、野営の準備をしよう」


 カルロの号令でヨナたちは野営の準備を始めた。野営といっても座るところと、火を炊くところを準備するだけである。燃料の木はたくさんあるし、火はウィステリアの魔法があるため困ることはない。


 カルロとヨナで先程倒した魔獣を捌く。一部は今から食べるが、残りの部位は勿体ないので、燻製にして旅で持ち歩くことにした。


 食事を囲みながら、ウィステリアがヨナに訊ねる。


「ねぇ、ヨナ。さっき上空に出てどうだった? 森はあとどのくらいで抜けられそう?」

「あっ、えっと、実は、さっき見た感じだと、今はちょっと方向がずれてるみたい。『龍の爪痕』から東に歩いてきたつもりが、かなり南に寄ってたんだよね。」


 案の定、行き先が少しズレていたらしい。


「サーシャ! ほら、あんたやっぱり。もしかして方向音痴?」

「ええ? おかしいな。こっちであってると思ったんだけど」

「あんたはまず反省することを覚えなさい!」


 サーシャはまったく懲りていない様子だ。


「とりあえず、森を抜けるまではヨナに道案内をしてもらおう。大体どっちに行ったらいいか分かるか?」

「はい、何となくですが、分かります」


「ふん、どうせ私なんか何の役に立ちませんよーだ」

 

 サーシャが若干ふてくされている。


「サーシャ、大丈夫だよ。森から出たら道は分かるんだよね? そこからは頼りにしてるよ」

「まっかせてよ。この私を誰だと思っているの。私がいれば何とかなるわ」


 この場にいる全員の不安が増したのは言うまでもない。










 その頃、エストーレ王国の城外で慌ただしく出立の準備をしている集団があった。


「なあ、ナーシス。何であいつらが付いてくるんだ?」

「そんなの知らない。私だって今の今まで知らなかったんだから」


 ロズド隊は『龍の爪痕』から国に帰還し、すぐにアコーニットに報告に行った。アコーニットは報告を聞くなり、急いで再度襲撃に行く準備をしろと命令してきた。出発は二日後とのこと。


 ゾール紙を使ってしまったことや、エクレルを連れて帰ることができなかったことに関しては、お咎めがなかったが、ここまで準備を急ぐのには少し違和感を感じていた。そうは言っても、二人にはアコーニットに理由を聞いても話してくれないのは分かっている。


 二人はその足で、パッカス、パスズ、カーラを呼びに行った。三人は疲れ果てていたため、命令を聞いた瞬間、一瞬目の光が消えたのをナーシスは見逃さなかった。無理もない。ナーシスも傷が全然癒えていない。一日はゆっくり休めるが、それでは十分に体力が元に戻らない。平気なのは体力馬鹿のロズドくらいである。


 出発の日になって、城外で準備をしていると、急に白の騎士団百名がこちらに合流してきた。ジル団長の命令書付きだったので、ナーシスたちも拒否するわけにはいかなかった。白の騎士団は組織の上では黒の騎士団より上の立場なのである。


 だが、二つの騎士団は総じて仲が悪い。もともと組織上相性が良くないのもあるが、白の騎士団はやれ騎士道だ、やれ規則がといろいろとうるさい。対して、黒の騎士団は上下関係こそはあるものの、細かい規則はない。秘密裏に相手を捕らえるか殺すかだけのことに特化した集団なので、その分自由で動きやすい。


 白の騎士団の隊長が挨拶をしてきた。


「お初にお目にかかる。私は白の騎士団で今回の遠征の隊長を務めるブランニットと言う。以後、隊長と呼ぶように。お前たちがロズドとナーシスだな。今回の遠征は私が上官だ。以後は私の指示に従ってもらうぞ」

「はあ、何言ってんだ? そんなことアコーニットのおっさんからは聞いてないぞ。そっちの命令に従う道理はねえな」


 明らかに上から目線の態度にさっそくロズドが噛み付く。


「お前、上官命令が聞けないのか? ジル団長の命令に背くと後で懲罰ものだぞ」

「へっ、知るかよ。アコーニットのおっさんは絶対にこんな命令はしてこねえ。どうせそっちの団長が無理やり命令書を出してきたんだろうが」

「な、なに。貴様。その言葉もう後には戻らんぞ」

「いいぜ、あとで煮るなり焼くなり好きにしろよ。あと、お前たちはこれからどこに向かったらいいか全然分かってないよな? 俺たちが案内してやるから、後ろから大人しく付いて来るんだな」

「き、貴様っ」


 ロズドとの話がまったく嚙み合わず、ブランニットは完全に機嫌を損ねてしまった。


「ブランニット隊長、一旦落ち着いてください。私たちが現場までちゃんと道案内をいたします。もちろん隊長の指示には従います。ただ、現場に着いた後の作戦会議は我々も参加させて頂けないでしょうか? 私たちは彼らと一度交戦をしています。我々の情報があった方がより良い作戦が立てられるのではないかと思います。」

「ふん、貴様は少しは話が分かるようだな。それでいい。まずは我々を道案内しろ」


 ナーシスの取り成しでブランニットは少し機嫌を直して、その場を後にした。


「ロズド! お前は馬鹿か。あんなこと言ったら、後で本当に処罰されるぞ。どう見ても、あのブランニットとかいう隊長は見掛け倒しで口だけの奴じゃないか。あんなやつのために懲罰を受けることはない」

「気にするな。どうせ現場に着くまでは、こっちが主導権を握れるんだ。道中にあいつの弱みを見つけて脅してやれば、問題ないぜ」

「お前は本当に大馬鹿だな。……だが、今回は私もその案に乗らせてもらう」


 我慢強いナーシスも、今回ばかりはあのブランニットのことで腹を立てていた。 


「おお! ナーシス、お前も分かるようになったじゃねえか。よし、少し北に迂回してのんびり行こうぜ。その方がたくさん脅しの証拠を掴めるかも知れないしな」

「いや、それは流石にまずいだろ」

「いや、それで行く。そう決めた。ここでは俺が隊長だろ? 従ってもらうぜ」

「……一瞬でもお前のことを見直した私が馬鹿だったよ」


 ナーシスは、旅立ったあとにカーラから、北に迂回してゆっくり進むよう強行したのは、疲れている自分たちの隊のため、そしてナーシスの傷を心配してのことだと聞かされて、再度ロズドを見直したのであった。


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