第17話 再襲撃

 傷が癒えたエクレルは自らの鍛錬のため、『龍の爪痕』内で素振りでもしようと外に出た。あれだけの深い傷だったのが、今は嘘のように完治している。アラマンの治療魔法のおかげだ。ここまでの高度な魔法を使える人間がいることにエクレルは驚いていた。


 外に出るとそこでは爪痕内の住人たちが剣の訓練をしていた。剣士と呼ばれる人たちだ。魔法ではなく、剣を武器に戦う。


 エクレルは、ここでは迷い込んでくる動物や魔獣を狩るときしか剣を振るうことがないと聞いた。その割には、先日の戦いでのカルロたちの剣の腕は目を見張るものがあった。彼らの強さにはまだまだ秘密がありそうだと、訓練の様子をじっと観察する。エストーレ王国では剣士として恥ずかしくない力を身に着けていたつもりだが、世の中にはまだまだ上がいることを思い知らされた。今目の前で訓練をしてる剣士たちの腕も皆相当なものに見える。


 エクレルが剣士たちに交じって素振りをしたいと思っていたら、シュリから声をかけられた。シュリは小柄で普段はとても大人しいのだが、戦いになると俊敏に動いて、素早く相手を斬り付ける。先日の戦いでも黒の騎士団の刺客に対して優位に戦っていたと聞いていた。


「どうしたの? 傷はもう大丈夫?」

「もう大丈夫です。本当にアラマンさんの魔法は凄いですよね。今日は治療でなまった体を鍛え直そうと、訓練に混ぜて欲しいなと思っていたところです」

「まだ駄目だよ。見た目が治ったように見えても、体の内臓近くは完治してないから、ちょっと無理をするとまた流血しちゃうよ」

「そうなんですか? 僕には治ったように思うんですが」

「エクレルの傷は深かったみたいだし、一度魔法で治療したところがまた開いたんでしょ。そうなると治りは極端に悪くなるからね」

「そういうものですか。それでは無理せず今日もゆっくりさせて頂きます」

「もし、よかったら爪痕内を案内してあげるよ。部屋にいても退屈でしょ?」


 シュリから魅力的な提案を受けた。そろそろ寝ているだけの生活に退屈していたところだ。


「いいんですか? ありがとうございます」

「いいよ、ちょうど訓練も終わる頃だし。それと、私にも敬語はやめてよね。私も一応フロワと同い年なんだから」

「そうか、分かった。ありがとう、シュリ。あっ、ところでフロワは?」

「フロワ? フロワはちょっと、特別訓練中、かな?」


 フロワのことを聞くと、シュリは途端に空を見ながら要領を得なくなった。


「特別訓練?」

「まあ、話すと長いし、また今度ね」

「そうか、分かった。じゃあ、とりあえず案内をお願いしていいかな?」

「了解、準備するからちょっと待っててね」


 シュリに案内されながら、エクレルは爪痕内のことについていろいろ聞いてみた。自分が来てしまったことで、ここの人たちに迷惑をかけてしまっていたことを気にしていたのだが、みんなあまり気にしていないようだったので、少し気が楽になった。


 龍神教が攻めてくる可能性があることについても、準備はしているが、基本的にみんなどっしり構えている印象だ。シュリが言うには、


「ドラゴンが攻めてくるわけじゃないんだし、何とかなるでしょ」


 とのことだ。こちらに魔法が使える人間がいるため、基本的には心配することはないだろう。だが、大人数で攻めてきたときはどうなるだろうか。また、こないだのようにゾール紙を使ってくるとやっかいだ。ここはエストーレ王国の領外だ。龍神教がゾール紙を使っても問題にはならない。むしろゾール紙を処分するためにふんだんに使ってくるのではないか。このことに関してはミサリアさんに報告しておかなければ。エクレルは急に心配になってきた。


「ねえ、エクレル、ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど」

「シュリ、せっかくのところ、ごめん。急いでミサリアさんに伝えなきゃいけないことを思い出しちゃった。ちょっと報告に行ってくるね。」

「えっ、あ、うん。分かった。気を付けてね。今アラマン先生たちと会議中かも」

「分かった。ありがとう!」


 そう言うとエクレルは走って行ってしまった。


「ちぇ、せっかくお城の生活がどんなのか聞いてみたかったのに……」


 エクレルはミサリアのところへと急いだ。龍神教がいつこちらに来るかは分からないが、情報は早めに伝えておいた方がいい。


「あら、エクレル。どうしたの? もうそんなに動いても大丈夫なの?」


 ちょうど、ミサリアが自宅でアラマンと数名の幹部らしき人たちと会議をしていたところだった。


「はい、アラマンさんの治療のおかげです。ありがとうございました。」

「それでも、重たい剣を持って素振りなんてしたら駄目よ。また傷が開くからね」

「はい、それさっきシュリにも注意されました。気を付けます。それで、今日は伝えておきたい情報があって来ました。」

「なにかしら、エクレルの情報なら何でも歓迎よ」

「はい、そ……」


 話そうとしたとき、急に扉が開いて、息を切らした伝令係が入ってきた。


「会議中すみません。急ぎの伝令です」

「何かあったのかしら?」

「はい。今、森周辺の斥候から連絡が入りました。森の北の方から敵と思われる集団がこちらに近づいてきているとのことです。明後日にはこちらに到着するかと思われます」


 奴らの動きが思ってた以上に速いことに、エクレルは驚いた。


「もう? 思ったより向こうさんの準備が早いわね。それで人数は?」

「はい、恐らく総勢百人かと」

「あら、結構来たわね。それだけ向こうも本気というところかしら」

「はっ、そこまでは分かりませんが、相手は黒い服装をしたものと、白っぽい鎧のようなものを身に着けているものがいたそうです」


 その身なりの集団は、エクレルには心当たりがあった。


「白い…‥それは白の騎士団ですね」

「白の騎士団って、エクレルは知ってるの? こないだの奴らは黒の騎士団だったっけ?」

「はい、黒の騎士団は主に裏で汚れ仕事をする連中です。白の騎士団はいわゆる正規兵ですね。ということは、ここのことが白の騎士団まで伝わったということですね」


「そいつらは強いの?」

「はい、強いです。一人一人は黒の騎士団の方が強いですが、彼らは集団戦法の訓練を受けてますから。こないだのようにはいかないかと思います。あと、今回はゾール紙を大量に投入してくる可能性があります」

「それはどうしてかしら?」


 エクレルは先程考えた理由を説明した。


「なるほどね、ゾール紙持ちの白の騎士団とこないだのやつらか」

「はい、ちょっとやっかいかも知れません」


 アラマンはその白の騎士団とやらの情報を集めなければと思った。


「今回は爪痕の外で迎え撃つつもりだ。爪痕の外は深い森になっている。集団戦法とやらがどれだけ凄いか分からないが、森の中だと我々魔法士の的になって終わりではないのか?」

「相手は白の騎士団です。相手を倒すためなら手段を選ばない連中ですから、注意しておいたほうがいいかと思います」

「そうだな。分かった。エクレルの言う通りだ。白の騎士団に対し、どんなことが想定されるか教えてくれ」

「はいっ」


 エクレルは自分の持っている情報すべてを、この戦いのために活かして欲しい。そんな気持ちで作戦会議に臨んだ。










 出発して二日目。やっとオットー山脈の森が見えてきた。


「おい、ロズド」

「ん? 何だ? ナーシス」

「こないだの勢いはどうした? あいつの弱みを握ってやるんじゃなかったのか?」


 結局ブランニットの弱みを握ることができず、森へ到着してしまった。先ほどの作戦会議ではこちらの情報が抜かれるだけ抜かれて、結局ロズド隊は後方待機となってしまった。


「仕方ねぇよ。だってあいつガード硬いんだよ。でも絶対何か秘密があると思うんだよなぁ」

「だよなぁ、じゃないよ。私たちは後方待機になってしまったじゃないか。このままではアコーニット様に何と報告したらいいか」


 ナーシスはブランニットだけでなく、ロズドに対してもかなり怒っている。


「いいじゃねぇかよ。白の騎士団が仕事をしてくれたら、こっちはやることがないから、楽じゃねえか」

「アコーニット様はそれでもいいとおっしゃると言うのか?」

「そうは言わねえよ。でも、あのおっさんがジルのおっさんに手柄を譲る気はないと思う。この体制になったのも何か考えがあるんだろな」

「そうだとしたら、……私たちは後方でじっくり戦いを見守らせてもらおうか。我々は黒の騎士団だ。私たちの仕事をしよう」

「ああ、それでいいだろう。ブランニットのおっさんの『穢れた魔法使いの里を根絶やしにしてやる』って言ってる時の目は相当ヤバかったぜ。あまり水を差さずに見守ろう」



 ブランニットは、陣中のテントの中で、意識を明日の戦いに集中させていた。今回の襲撃は絶対に成功させて、汚名を返上しなければならない。先のフランコフ領制圧作戦では、多くの領民を殺してしまい、国民からの不信感を買ってしまったことだけでなく、領主の娘という重要人物を取り逃がしてしまった。


 この失態を取り戻すべく、フランコフ領主のジエコフの取り調べを担当した。しかし、ジエコフは強情で何をしても吐かなかった。そんなジエコフに苛立って、剣で斬りつけてしまい、ジエコフはその傷が原因で死んでしまった。


 そんな中、ジルから最後の通告を受けた。


「ブランニット、急いで部下を連れて出発の準備をするんだ。後から命令書を書いてやる。そしてアマリスのロズド隊を上手く利用して、殿下とお前が逃がした少女を捕らえてこい。生死は問わない。これに失敗したらお前の将来はないと思え」


 ブランニットは絶対に失敗するわけにはいかなかった。ジルに直訴し、火炎魔法のゾール紙を大量に使う許可を貰った。


 フランコフ領制圧作戦からの失敗続きで、人一倍自尊心が高いブランニットは屈辱的な日々を送っていた。孤児出身のブランニットにとっては騎士団が唯一の居場所だった。どんな苦しくて汚い任務もこなしてきた。そして隊を任されるようになった。部下からの信頼も得て、自分ならできるんだ、自分は強いんだ、という自負が彼をさらなる高みへと向かわせようとしていた。自分は将来、人の上に立って、多くの者を導く指導者になるべくして生まれてきたのだ、と。


 だが、そうはっきりと描いていた未来が、脆くも崩れ去ってしまった。すべてはあの少女のせいだ。ブランニットは自分の失敗の原因を、自分の将来を摘み取った原因を、他に求めようとしていた。そうしなければ、自分を保つことができなかった。


 その焦りが、ジエコフを意図せず殺してしまったことにも気づいていなかった。今ブランニットの怨嗟の矛先はすべてあの少女に向かっていた。さらには、あの少女を匿っている集落に向けられていた。しかもその集落の住人には、魔法を使う者がいるという情報もある。


 魔法を使う者であれば、龍神教の名のもとに『穢れた者』として心置きなく制裁を加えることができる。しかもその集落はエストーレ王国の外だ。国民の目はない。ブランニットはすべての想いを、積年の恨みに変えて『龍の爪痕』にぶつけようとしていた。


「さあ、殲滅作戦を開始するぞ。魔法使い共を蹂躙してやる」


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