第12話 龍神教
「まだ殿下の行方は分かっていないのか?」
「はい、ボニファス大司教様。アマリスの小隊を使って追跡中ですが、まだ報告は上がってきておりません」
「そうか。アコーニットへ増援を送るよう指示を出しておくのだ」
「はっ、既に増援の要請はしておりますが、アコーニットからは『今国の内部がごたごたしていて忙しい。それどころではない』と」
「まあ、政変からまだ数か月だからな。こちらの体制もやっと整ったところだ。しばらく様子を見よう。ところで、来月の式典の準備はどうなっている?」
「はっ、準備は滞りなく」
「そうか。頼んだぞ。その式典で我ら龍神教が王族に変わり政を行うことの宣言と、王族たちへの処罰を発表するのだからな。殿下の身柄もその時までに確保するのだ」
「はっ、心してかかります」
定例の会議は解散となった。誰もいなくなった会議室でボニファスは舌打ちをした。エクレルがまだ見つかっていないだと。ファニール王の最後の抵抗か。王族をすべて捕らえて、罪をでっち上げ、我ら龍神教の正統性を主張することでこの政変は完結する。その為には、エクレルの身柄の確保が絶対だ。手がかりが入り次第、どんな手を使ってでも捕まえてみせる。そして、魔法などと穢れた力に飲み込まれてしまった国を、自分たちの手で正しい道へ導かなければならない。
その頃『龍の爪痕』では、食事をしならが皆で和やかに過ごしていた。
「エクレルさんって、その、エストーレ王国の王子様なんですよね?」
「エクレルでいいですよ、ヨナさん。それに僕は今はもう王子ではありませんから。一介の剣士の一人です」
「そんな、元とはいえ王子様ですから、そんな言葉使いじゃ……」
「気にしないでください。ここはエストーレ王国の領地でも何でもありません。あなたたちが国に対して敬意を向ける必要もありませんから」
「そうよ、私なんて『あんた』呼ばわりでタメ口だわ」
サーシャは鼻息を大きくしてしる。
「サーシャの言うことはどうでも良いとして、気軽な間柄として接して下さい」
「分かった。よろしく、エクレル。エクレルも敬語はなし、だからね」
ヨナに乗っかろうとフロワとウィステリアも手を挙げた。
「わ、私も、よろしくね、エクレル」
「私も乗っかるわ。エクレル、よろしくね」
「よろしく、ヨナ、フロワ、そしてウィステリア」
「何か、私の扱いが雑じゃない?」
サーシャだけが何となく腑に落ちない顔をしていた。
エクレルが食事をする間、お互いのことについて話し合った。お互いのことと言っても国や魔法のことではなく、あくまで個人的なことを。好きな食べ物や、得意なこと、苦手なものについて。そんな話をしていると皆がエクレルとも打ち解けてきた。エクレルはどうやらいい奴のようだ。爪跡の面々は認識を同じにした。
「エクレル君、そろそろ話の続きをしてもいいかしら」
「はい、ミサリアさん。食事までご馳走になり、ありがとうございました」
「いいのよ、私たちも外の情報が欲しいの。かれこれ二百五十年くらいここから出たことがないからね」
「二百五十年間一度も……ですか?」
「そう、一度も。私たちはあなた達と違ってここでずっと暮らしてきたの。ドラゴンから身を守るためにね」
「そうでしたか。僕たちもここに人間が住んでいるとは全然知りませんでした。恐らく、ここの人たちのように、ドラゴンに見つかることなく生き延びているヒト族はまだいそうですね」
「そうかも知れないわね。あなたたちの国でもいろんなヒト族が暮らしているのでしょう?」
「そうです。でもダークエルフ族のようなエルフ族だけです。もちろんこちらに合流しなかったエルフ族もいますので、その人たちはこの地のどこかにいるはずです」
「人間だと初めてってことかしら?」
「はい、人間が僕たち以外に生き延びていたという情報はありませんでしたから」
「そう。――ところで、ロクミル草のことだけど。あれを集めて何に使うつもりなのかしら? その、例のゾール紙を量産したいの?」
「いえ、量産ではなく、まずは気配を消すための魔法を付与したゾール紙を作りたいと思っています。あとは数枚の攻撃魔法を作れるだけ作れたらいいと思っています」
「気配を消す魔法なら、ヨナが使えるじゃん」
なぜかウィステリアが鼻を高くしてる。
「えっ。そうなんですか! サーシャ! 何でそれを僕に言わないんだ」
「いや、言う暇なかったし。っていうかあんたがゾール紙で何するかなんてまで詳しく聞いてないんだからね」
「いや、ちゃんと言ったぞ。お前が忘れてしまっただけじゃないのか?」
「あー、はいはい。そこまで」
ミサリアはまたしても手を叩いて会話を止めた。賑やかでいいのだが、ミサリアとしては話が進まないのは困る。
「で? そのゾール紙を作った後はどうするつもりだったの?」
「国に帰って家族を救出しに行きます。そして国を取り戻します」
「救出かぁ。今は幽閉されてるんだっけ?」
「はい、龍神教のやつらに」
「龍神教? それがあなたの敵ってこと?」
「はい、先程来た奴らもその龍神教の手先です。黒の騎士団アマリスの連中だと思います」
エクレルの話をまとめると、エストーレ王国には大きく二つの派閥があったそうだ。国王派と龍神教派だ。
龍神教はドラゴンこそが神だと崇める宗教集団で、初代国王フォンド・エストーレが創始者だ。フォンドはドラゴンが驚異の存在である限り、いつまで経っても人々は恐怖から解放されないと考え、そのドラゴンこそが神の存在であると説いた。
神はかつての人間に対して怒っていた、だが人間は滅亡しかけ、反省し隠れ住んだことで許してもらったのだ。今ドラゴンが襲ってこないのは我々が許されたからなのだ。だから我々は奢りたかぶることなく、いつまでもドラゴンを神と崇め続けなければならないと。
だが、その考えが浸透していくにつれて、いつしかドラゴンを神と崇め続けさえすれば、神に祈り続けていさえすれば、ドラゴンは人を襲うことがないんだ。神を信じていれば自分たちはいつまでも平和に暮らせるんだ、という考えに変わってしまった。
その考えは国民の多くに支持され、龍神教は力を蓄えていった。エクレルの父はそれに危機感を抱いていた。ドラゴンから身を守る術が祈るしかないなど、国防面で脆弱過ぎると。国防のため、新たな対応策を考える必要があると考え、魔法の開発に力を入れた。
当初はその考えに賛同する者は少なかったが、その後ゾール紙が開発され、その力が公表されると、国内の貴族の中でも国王の考えに賛同する者が多く現れ始めた。
龍神教の人間たちは、これを初代国王の教えに背く愚かな行為だと糾弾した。そんな開発を進めていることを神が知ってしまえば、この国は直ちにドラゴンによって攻め滅ぼされてしまうだろう、と。
それ以降、国王派と龍神教派は水面下での争いが激化していった。国王はゾール紙の開発を進め、龍神教は国王の排斥を計画していった。そしてその計画は遂に実行された。
「ふーん、そんなことがあったんだ」
サーシャはまるで他人事のような口ぶりだ。
「『そんなことがあったんだ』じゃないだろ、サーシャ。何度も説明したじゃないか」
「難しくて分からないんだよね。ねぇ、フロワもそう思わない?」
「いや、何となく分かるけど……っていうか思ってたより単純で分かりやすかったかな」
「ひええー、ひょっとしてフロワって天才なのかしら」
「あんたがアホなだけでしょ」
「あー、アホって言った。アホって言ったやつがアホなのよ。分かる?ウィステリアさん」
「はいはーい。そこまで」
ミサリアが恒例の拍手で会話を止めた。エクレルの話は大体理解できた。完全に対岸の火事だったら、こちらは関与する必要はないと思っていたが、そうもいかなくなった。龍神教の存在がやっかいだ。彼らは魔法を排除しようとしている。それはすなわち爪痕の魔法士たちもその排除の対象になってしまうことではないか。まだそうと決まったわけではないが、先程の戦闘で彼らはこちらの存在を知ってしまった。このまま放ってはおかないだろう。こちらとしても何か対策を練っておかなければ。
「族長、向こうの話は大体分かりました。こちらで対策も練る必要がありますが、一つ重要なことを聞き忘れていませんか?」
「そうね、それはまたあとで話し合いましょ。ところで聞き忘れていることって何かしら?」
「えっと、私の方から聞いてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ」
するとアラマンはサーシャに向かって質問をした。
「サーシャよ、それでお前は一体何者なのだ?」
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